30話 おかしなおかしな二人組
ミスリー城の貴賓室で暮らしていたとき、マリとサラは別々の寝室だった。だが、新居ではコマリがそれを許してくれない。
「ママとおねーちゃんといっしょにねるー!」
そう言って聞かず、仲良く三人で寝ることになったのだ。
「仕方ないわねー、コマリは」
「ほんとうにコマリは甘えん坊ですね」
マリとサラはそう言うが、むしろニコニコしてるのはこの二人だ。
その日もマリが目を覚ますと、となりでサラとコマリが可愛い寝息を立てている。そんな幸せにいつまでもひたっていたい彼女だが、そういう訳にもいかなかった。年越しの準備をしなくてはならず、けっこう忙しい。
日が昇り、朝食を済ませた三人は街へ買い物に出かけた。年末だけあって
「お姉さま。すいぶんお買い物しましたが、お支払いは大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ほら、秋からたくさんの使節団がミスリーに来たでしょう。あれは聖女の降臨祝いで
二人でそんな話をしていると、喧騒な雰囲気が伝わってきた。何やら酒場の方から怒鳴り声が聞こえてくる。
「あんた! これだけ飲み食いしておいて金が足りないじゃ済まないだろ」
「いや、本当に悪かった。足りるつもりだったんだが金の計算は苦手でな」
見れば、冒険者風の男が酒場の前で店主に謝っていた。体の大きな男で実に堂々としている。顔立ちも渋く、銀髪を後ろで束ねたカッコいいオジサマだ。
その横には連れだろうか、美しい女が一緒に謝っている。彼女の髪はウェーブのかかったロングヘアーで燃えるように赤い。赤い髪なんてサラ以外に見たことがなく、マリは強く興味をひかれた。そして「あっ!」と叫んでしまったのだ。
「サンドラさん!」
マリは二人にかけ寄り深々と頭を下げた。そのあと酒場の主人に事情を聴く。
そして、サンドラたちの食事代を立て替えると二人をひと気のない場所まで連れて行き、そこで改めて再会を祝ったのだ。
「お久しぶりです、サンドラさん。サイラスではお世話になりました」
「聖女がいてくれて助かりました。ご主人が派手に飲んだり食べたりしたので、お金が足りなくなったのですよ」
「ご、ご主人?」
マリは連れの大きな冒険者を見る。
「よう、聖女」
「もしかして、ガルガンティスなの?」
その日は買い物を止め館へ戻ることにした。もちろんガルガンティスとサンドラも一緒だ。そして二人を応接室へ案内する。
「さすが聖女だ。人の世界では豪勢な暮らしをしているな」
「あの、ガルガンティス……さん」
「ん? どうした、さん付けなどして。ガルガンティスで構わんぞ」
「人の姿だと呼び捨てはちょっと……というか、人間になれたのですね」
「俺も神だ。これくらいのことはできる」
「神、だったのですか?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「ええ、知りませんでした」
「聖女のくせにこんなことも知らんとは、本当にお前は愉快なヤツだ」
「そうですね、ご主人。聖女は愉快です」
二人は大声で笑い合う。
「それとサンドラさん、前にお会いしたときは黒い髪だったじゃありませんか」
「あのときは目立つと
「そういえばサンドラよ。さっきの娘はお前の同族なのか」
どうやら、サラのことを話してるらしい。
「はい、そうでしょう。わたしたち以外に赤い髪の種族はいません」
それを聞いたマリは、驚いて問い返す。
「あ、あの……もしかして、サンドラさんも神なんて言わないですよね?」
「ええ、違いますよ。神なんてそうそういるものではありません」
「よかった。サラが神だったらどうしようかと思いました」
「わたしは神でなくヴァンパイアです」
それは神以上に衝撃だった。ヴァンパイアとはスケルトン襲撃事件から敵対しているのだ。マリは両手で頭を抱えうずくまってしまう。
「どうした、聖女?」
「ああ、聖女が何を悩んでいるかわかりました。それは勘違いです。わたしはブーエルと同じではありません」
「でも、ヴァンパイアです、って?」
「ブーエルは闇落ちしたアンデッドでしょう。わたしはそうではなく、
「そんなことも知らなかったのか! やっぱり面白いヤツだ」
「そうですね、ご主人」
二人はまた大声で笑う。
「こいつは残り少ないヴァンパイアの姫だ。俺が先代の聖女から預かっている」
マリは急展開に心がついていかず、ただただ混乱するばかりだ。
「サラはヴァンパイア、コマリは竜……」
「なんだ、それは知ってたのか。あまりに無知だから、あの子が竜とは知らず一緒に暮らしてるかと思ったぞ」
「ご主人、わたしもそう思いました」
二人はまたまた愉快そうに笑う。
「いや~、お前と話すと楽しい」
「本当ですね」
マリは思考力の限界を超え、ソファに座ったまま気を失ってしまった。それを見た二人はさすがに慌てたのだ。
「ご主人が酷くからかうから、聖女の魂が抜けたではありませんか」
「からかったのはサンドラも同じだろう」
サンドラは、マリが気絶したことを知らせに行く。サラは驚いたものの、メイドに手伝ってもらいマリを寝室へ運び寝かせたのだ。
「事情がわかりませんが、お二人はお姉さまがお世話になった方だと聞いています。今夜はぜひ泊まってください」
「ありがとう、そうさせてもらいます」
丁寧に礼を言うサンドラを、サラはしばらく見つめていた。
「あ、あの……」
「何ですか?」
「間違っていたらすみません。もしや、あなたはわたしの母ではありませんか?」
「残念ですが違います」
「そうですか。変なことを申し上げました」
サラは、頭を深く下げ非礼をわびた。
「赤い髪は珍しいですから、そう考えても無理ありません。わたしの一族は少なくみな赤い髪です。あなたのお母さまも同族でしょう」
「母のことをご存知でないでしょうか?」
「今は思い当たりません。ごめんなさい。でも、
「お願いします」
サラは礼を言い、二人を客間に案内した。
「ご主人、やはり聖女のところは楽しい」
「ああ、俺もだ。何か仕事をもらい、ここに居着くとするか」
「それがいいでしょう、わたしからも聖女にお願いしてみます」
こうして二人は眠り、そのころマリはベッドで盛大にうなされていたのである。
翌日―――
「お姉さま、お姉さま」
「う~ん」
「もう、お昼です。起きてください」
サラが揺すると、マリは寝ぼけながらも目を覚ました。
「あ、サラ」
「体調はどうですか?」
「快調よ。でも変な夢を見ちゃった、奇妙な二人組が押しかけてくる夢なの」
彼女は微笑みながらも顔が引きつる。
「ガルさまとサンドラさまのことですか?」
「ガルさま? あ、ガルガンティスだから……」
マリはようやく我に返った。
「サラ! 二人は?」
「朝食を終えられ、コマリと遊んでいます」
マリは飛び起きると居間に向かった。そこにはガルガンティスに抱きつくコマリの姿があり、その横には微笑むサンドラもいる。
「ガルガンティスさん!」
「よぉ、聖女。いまお目覚めか」
「あんなに寝るなんて、疲れていたのですね」
そして、再び二人を応接室に連れていく。
「サラには何もしゃべってないでしょうね」
「ええ。サラの母がわたしの同族であると教えましたが、ヴァンパイアとは言っていません」
「そうだぞ。俺たちだってペラペラと重要なことはしゃべらん」
マリはホッと胸をなでおろした。
「助かります。ガルガンティスさん、サンドラさん」
「俺のことはガルと呼んでくれ。ガル・スタンフォードだ」
「わたしはサンドラ・アリザベールです」
「そうサラに自己紹介したのですね。いいでしょう、これからはガルさん、サンドラさんと呼ばせてもらいます」
「お前のことはどう呼べばいい? つい昔の調子で聖女と呼んでしまうが、ここでは聖女の呼び捨てが不敬らしい」
「マリ、と呼び捨てでお願いします」
「ではマリ、じつはお願いが……」
「呼び方に
「そういう察しのいいところは先代の聖女そっくりだな」
「そうですね、察しがよくて助かります」
二人は楽しそうに笑い、今回はマリも一緒に笑うのだった。
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