31話 ヴァンパイアの一族

 マリの館に二人の居候が転がり込んで来た。ガルとサンドラだ。


 ガルは、ガルガンティスという一つ目の巨人で神族と呼ばれる種族だ。神聖魔力を使い、巨人と人間の体を入れ替えることができる。サンドラはヴァンパアだが、アンデッド化したダークヴァンパイアとは違うらしい。




 暮れも押し迫ったある日、マリは居間の暖炉の前でガルとサンドラに話しかけた。


「聖女について、お二人は詳しいのですよね? よかったら教えてくれませんか」


「う~ん、どうするかな」


 ガルは腕組みして考える。


「前にも言ったように、俺も詳しいことは知らんのだ。よくわかってないことを憶測で話すには内容が重大すぎる」


「ご主人の言うとおりです。今はまだ話さない方がいいでしょう」


「そうですか……」


 聖女と暴竜、それにコマリについて、二人に聞けば何かわかると思ったのだが事情があるらしい。期待した答えは得られなかった。


「でも、それ以外のことなら話せますよ」


「どんなことです?」


「そうですね、ヴァンパイア族のこととか」


 自分のことはともかく、サラのためにそれは聞いておかなくてはならない。


「ヴァンパイアは古語で『吸う者』という意味なのです」


「もしかして血を吸うとか」


「血を吸う? マリは何を言ってるのです。ブーエルだってそんな真似はしません。吸収するのは魔力で自然に取り込まれます」


 サンドラの話をまとめるとこうだ―――


 ヴァンパイア族は人間と変わらない。ただ一点だけ違っていて、魔力を吸収し長い寿命を得ることができる。一族の多くが山岳地帯に住み神聖魔力を取り込みながら暮らしていたが、一部の者が闇魔力に手を出し闇落ちしてしまった。ダークヴァンパイアとなり里を出た者は三万人。魔王ブーエルもその一人だ。


「ヴァンパイア族は闇魔力と相性がよく、吸収すれば強い力と不老を得ることができます。そのため闇落ちを望む者が後を絶ちません」


「そうしなかった人もいたのですね。サンドラさんみたいな」


「わたしは姫で恵まれていました。聖女と親交があり、彼女の神聖魔力のおかげで若さを保てたのです。なので闇の力を求めずに済みました」


「わたしの側にいれば、サラも年を取らないのですか?」


「取らないわけではありませんが、ゆっくりとしか成長しないと思います」


「だいたいの事情は呑みこめました」


 うなずくマリにサンドラがたずねる。


「マリは、これからダークヴァンパイアを狩るつもりですか?」


「ブーエルはそうします。コマリと神国に手を出そうとした報いは受けてもらわなくてはなりません」


「ブーエルは仕方ありません。ただ……」


「ただ?」


「言い難いのですが、ダークヴァンパイアも様々なのです。闇落ちしたことを後悔している者もたくさんいます」


「害のないダークヴァンパイアがいたとして、わたしに見分けがつきます?」


「悪意のない者はマリに敵対しないでしょう。注意深く相手を見れば、すぐにわかると思います」


「安心してください。ブーエルにくみする者は容赦しませんが、それ以外のダークヴァンパイアには手を出しません」


「本当ですか?」


「ええ、サラのお母さまが闇落ちしているかも知れないですからね。たとえそうなっていても、彼女の家族は殺せません」


「マリは優しいですね。でも、その点なら心配は要りません。闇落ちがあったのは三百年前の一度きりですから。十年前にサラを産んだヴァンパイアが闇落ちしている可能性はないでしょう」


「ブーエルは、今も人を闇落ちさせてますけど」


「あれは闇落ちではなく下級な術です。わたしの一族がそんなものに染まることなどありません。コマリは三百年前に闇落ちしましたが、ブーエルごときにそんな真似ができると思いますか?」


「サンドラ、おしゃべりがすぎるぞ」


 ガルに注意された彼女は、自分の迂闊うかつさに気がつき頭を下げた。


「つい余計なことまで言ってしまいました。今の話は忘れてください」


 コマリのことは核心に関わる問題らしい。マリはもっと聞きたかったが、サンドラの話はこれで終わってしまったのだ。



 ◇*◇*◇



 ガルとサンドラはすぐにマリの館に馴染んだ。コマリはガルが気に入ったらしく、一緒に遊んでいることが多い。サラは同族のサンドラに興味津々しんしんで、暇を見つけては二人でおしゃべりをしている。


「あ、あの……」


「何ですか、サラ?」


「サンドラさまは、いつまでこの館に滞在できるのですか?」


「マリが許してくれるなら、いつまでだっていますよ。わたしも久しぶりに同族に出会えて、このまま別れたくありません」


 それを聞いたサラは、こぼれるような笑顔だ。


「実はわたし、この赤い髪のせいで両親に捨てられたと思っていました」


「そんなこと、あるはずないでしょう」


「はい。わたしの一族が赤い髪だとわかり、それが間違いだと気がつきました。サンドラさまのおかげです」


 そして深々と頭を下げる。


「そういえば、一族の他の方々はどこに住んでいるのですか?」


「昔はエルサイラ地方の森に里がありましたが、今はもう誰も住んでいません。散り散りに暮らしています。そうですね、王国に知り合いがいますから、いずれサラにも紹介してあげましょう」


 エルサイラの森は、マリが最初にガルとサンドラに出会ったあの場所だ。


「ありがとうございます。でも、わたしはお姉さまのそばを離れられません。紹介していただいても会いに行けそうもないです」


「サラはマリが好きなのね」


「大好きです!」


「サラを見ていると昔の自分を思い出します。わたしも大好きな人がいたんですよ。ちょうどサラがマリを好きみたいな」


「その方はどうされているのですか?」


「生き別れたままです。最近になって手掛かりがつかめましたけど」


「ごめんなさい、無神経なことを聞いて」


「いいのです。こういった話をサラとできることが嬉しいですから」


 サンドラはサラの髪を優しくなでる。


「サラはマリの役に立ちたいですか?」


「もちろんです」


「でも、マリはサラができることなら自分でできるでしょう」


 サラは顔を曇らせた。そうなのだ、彼女にできることはマリならもっと上手にできてしまう。


「以前、お姉さまは酔い覚ましの魔法を知りませんでした。わたしが教えて差し上げたのです」


「それは、よいことをしましたね」


 二日酔いのマリを思い浮かべ、サンドラは吹き出しそうになった。


「ただ、それで満足していてはダメです」


「でも、どうしていいかわからなくて」


「わたしは、マリの知らない魔法をたくさん知っています。それをサラに教えてあげましょう」


「よろしいのですか?」


「はい」


「嬉しいです! サンドラさま」




 その日からサラの魔法修業が始まった。サンドラの魔法レパートリーは驚くほど広く、彼女はどんどんマスターしていく。特に赤い髪の一族が使う伝統魔法は、一度教えてもらっただけで使えるようになった。それは睡眠魔法と魅了魔法だ。


 サンドラは思う。やがてこの子もマリと一緒に旅をするだろう。自分が先代の聖女と旅したように。その時が来るまで、できるだけ多くの魔法を伝授しておくのがわたしの務めだ。


 でも、それが少しでも先になるように、そう願わずにはいられなかった。

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