32話 温泉宿を建てましょう!

 暴竜は、マリの魔法でアンデッドから黄金の竜に戻った。その竜が化身している女の子はコマリと名付けられ、マリと一緒に暮らしている。


 新年早々、彼女は休暇を使ってアルデシア山脈を訪れた。コマリをトレーニングをするためで、ガルも一緒だ。


「養女とはいえコマリはわたしの娘です。立派な竜に育てたいですからね」


「いい心がけだ。手伝うから何でも言ってくれ」


「ありがとう、ガルさん」


「それで、どんな訓練をするんだ?」


「まず、わたしがお手本を見せます」


 マリは一メートル四方の板を取り出した。板にはロープが付けられ長さは十メートルある。そしてロープの片方の端を体に結び付けると、彼女は全力で走りだした。もちろんステータス上昇魔法を使っている。


「コマリ! ガオオォ―――ッ!!」


 それを聞いたコマリも駆けだした。そして地面をポンと蹴ると空中で竜に変身し、羽ばたきながらマリを追いかけるのだ。


 マリは板を引きずりジグザグに走る。


「ブレス!!」


 すると、コマリは板めがけてレーザーのようなブレスを撃った―――しかし上手く当たらない。


「もっとよく狙いなさい! そんなんじゃ的に当たらないでしょう」


 彼女は連射速度を上げ、次々とレーザーブレスを放ちはじめた。光の筋が降り注ぐ大地を、マリは器用に走り回っている。


「ほら、攻撃が単調だから読まれるのよ! もっと考えて」


 コマリは的当てに何度も挑戦し、ようやく数発当てることができた。


「止め!!」


 ブレスが止み、マリはガルの所へ戻った。コマリもバサバサと羽音を響かせながら帰って来る。そして、地面直前で子供の姿になったのだ。


「よ~し、今日は五発も当たったねぇ」


 抱き上げて褒めてやれば、コマリは両手を振って大喜びしている。


「マリ、いつもこんなことをやってるのか?」


「はい、コマリと遊ぶのは命がけです」


「面白そうだな。今度は俺がやろう」


「そうお願いしようと思って、的の板はたくさん用意しているのですよ。もう、わたし一人じゃコマリの体力についていけなくて」


 ガルはロープを体に巻きながら言う。


「コマリに撃たれたりしないだろうな?」


「大丈夫です。この子はブレスの名手ですから、絶対人には当てません」


 準備が整いガルは的を引きずりだした。


「コマリ、今度はガルさんが遊んでくれるって」


 喜ぶコマリをマリは上空へ放り上げる。彼女は空中で竜になり、ガルを追いかけだしたのだ。




 ―――それから数時間経った。


「ガルさんのおかげでコマリも大喜びです」


「しかし、ブレスが何度も当たりかけたぞ。名手じゃなかったのか?」


「あれはじゃれてるんですよ。嬉しいとああやって紙一重で狙うんです。とっても楽しいっていう自己表現ですね。甘噛あまがみみたいなものです」


「笑えるような、笑えんような……よくわからんな」


「最初は、どうすればいいかわからなくて色々やってみました。これがいちばん喜ぶし、おかげで止まってる的なら百発百中です」


 マリはコマリが自慢で仕方ないらしく、彼女の髪をなでながら満面の笑みだ。


「しかし安心した。マリがホンワカしてるのでコマリの将来が心配だったんだ。これだけ熱心に指導しているなら問題ない」


 マリとガルが教育談議に花を咲かせていると、コマリが不意に辺りを見渡した。そしてクンクンと鼻を効かせる。


「コマリ、何か見つけた?」


「モンスターでもいるんじゃないか?」


「いえ、この辺りにはいないはずです」


「とりあえず、匂いのする方へ行ってみよう」




 三人は、コマリの指さす方へ向かい林の中へ分け入った。しばらく歩き開けた場所に出ると、そこはゴツゴツした岩場で、その一角に穴が開き水が吹き出している場所がある。


「これ、コマリがブレスで開けた穴ですね。出てるのは水じゃなくてお湯です」


 流れた方を見ると窪みがあって、そこにはもうお湯が溜まっている。


「やっぱり温泉です。かすかですが硫黄臭がしますから」


 手を突っこむと温度はちょうどよさげで、窪みの深さも手ごろだ。

 マリは、ジトっとした目でガルを見た。


「わかった、わかった。のぞいたりせんから思う存分湯につかればいいだろう。俺は先にテントに戻っているからな」


 マリは周囲を警戒し、ガルがいないのを確認すると服を脱いだ。そしてお湯につかるとじつに気持ちがいい。コマリを呼びよせ彼女の服も脱がせ、抱きかかえてお湯につかったのだ。


「はぁ~、気持ちがいいねぇ~」


「いいねぇ~」


 コマリも温泉が気に入ったようだ。いや、気に入るというレベルを超えて狂喜している。マリがお湯から出ようとすると激しく嫌がるのだ。それから一時間近くお湯につかり、コマリはようやく満足してくれたのである。


 マリは、のぼせてふらつきながらガルのいるテントまで戻った。


「おう、晩飯ができてるぞ」


「ガルさんもお湯につかったらどうですか? 気持ちいいですよ」


「そうさせてもらう。それより飯だ、体を動かしたんで腹が減った」


 三人で食事を済ませ、ガルは温泉に向かって歩き出した。するとコマリもついて行く。二度風呂する気なのだ。よほど温泉が気に入ったのだろう。


 こうしてコマリの訓練は中止され、その代わりに温泉が湧きだす場所に宿を建てることになったのである。



 ◇*◇*◇



 マリたちは、ミスリーに戻ると大工道具を用意した。建築資材は森で調達する。コマリがブレスで巨木を倒し、そのまま角材や板材に仕上げるのだ。射撃で鍛えた彼女のレーザーブレスは、ミリ単位の正確さで木材を加工できるのである。


 それらを一つ目の巨人になったガルが組み上げていく。二人のコンビネーションは抜群で、みるみるうちに建物ができ上っていくのだ。


 そして十日目、ついに温泉宿が落成した!


 湖近くの高台に建てられた宿は、最新の技術と大金を惜しみなく投入してあり、自作とは思えない出来栄えだ。湯につかり美しい湖畔を一望する贅沢さは、いちど味わうと病みつきになってしまう。


 完成した温泉宿を見てマリはニコニコだ。これから日帰りでいつでも温泉を楽しむことができる。そう考えると頬が自然に緩んでしまうのだ。


 彼女以上に締まりのないのがコマリで、その表情は母娘おやこだけにそっくりだった。

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