156話 ルーラン侯、暗殺未遂事件!

 その日の夜、マリとウェグは宿所として用意された貴賓室にいた。


「どう思う? ウェグは」


「どう思うって、ホワイトゴーレムを皇帝に引き渡すかどうか、ってことか?」


「そうそう」


「俺なら手放さないな。一族を守るために使う」


「持ってることが戦乱を呼び込むとしても?」


「ああ、政府に引き渡しても平和になるとは限らない。むしろ、ゴーレムを封じた奴らが攻めて来る可能性すらある」


 彼の言うのはもっともだし、マリもそう思う。しかし、ゴーレムを手放さなければ確実に戦争になるのだ。


「可哀想に。年端も行かない子供が、こんな大きな決断を迫られるなんて」


「仕方ないさ。人の上に立つ者の宿命だ。

 ―――それより、マリ。悪いが俺は自分の部屋に戻る。明日も早いのだろう」


「うん。お休みなさい」


 そして、ウェグが部屋の扉を開けて廊下に出ようとした時だった。


「きゃああぁぁ――――――ぁあっ!!」


 つんざくような悲鳴が城内に響いた!

 マリとウェグは悲鳴のした方に走りだす。

 それは侯爵の私室がある方角だ。


 二人が現場に着くと、すでに多くの騎士が集まっていた。部屋は返り血で真っ赤に染まり、アムルが床に倒れている。


「犯人は!?」


「残念ですが取り逃がしました! 窓から逃走したと思われます」


 マリは開け放たれた窓を見た。


「ウェグ、お願い!」


「わかった、任せろっ!!」


 そして、彼は窓から飛び出して行ったのだ。




 それから十分ほど経ち、ウェグが犯人を捕まえて戻って来た。そして衛兵に身柄を引き渡す。


「こいつで間違いない。侯爵の血の匂いをプンプンさせている」


 全員が注目すれば、それは黒装束を身にまとった怪しげな男だ。


「それより侯爵は?」


「大丈夫よ。わたしの蘇生魔法で無事に生き返ることができたわ」


 ベッドの上には女官に介抱されるアムルがいたのである。



 ◇*◇*◇



 翌日になり、捕らえられた暗殺者が白状した。マリはサンドラをルーラン城へ呼び寄せ、魅了魔法を使って洗いざらい吐かせたのだ。


 この件でルーンランド最高会議が開かれた。


「閣下の命を狙ったのは帝国暗殺部隊の一員で、中央政府の命令だということがわかりました」


 侯爵と彼の重臣たちを前に、マリは取り調べの結果を報告する。


「やはりそうでしたか。盟主閣下はゴーレムに命令できる唯一のお方です。排除すればルーンランドの戦力を削げる。政府はそう考えたのでしょう」


 話しているのはルーラン領の宰相だ。


「ですが、これで方針は定まりました。主を手にかけようとした愚行には、懲罰で応じなければなりません!」


「宰相閣下に賛成だ! このままではルーンランドが舐められてしまう。我々の意地を見せてやりましょう!」


「戦いをしかけて来たのは政府です。戦争もやむを得ない!」


 部屋中に怒号が響き渡る。


「侯爵閣下、ルーンランド連合は戦争準備に取りかかります。よろしいですな」


 宰相の問いにアムルは小さくうなずいた。しかしまだ少年の顔には、消しようのない憂いがあったのである。




 その日の夜、マリは寝室を抜け出して城の裏庭に向かった。そこには大小さまざまのホワイトゴーレムが並んでいる。


「美しいゴーレムね」


 白磁の体には傷一つない。それは、月明かりを浴びて妖艶に輝いていた。


「ゴーレムがお好きですか?」


 声をかけられ振り向くと、そこにいたのはルーラン侯アムルだ。


「盟主閣下、ここにいらしたのですか」


「ええ、ゴーレムが見たくなって。聖女さま、私がここにいるのは内緒にしてください。部下がうるさいので」


「はい、閣下」


 マリは少年を見て微笑む。


「あの……閣下は止めてもらえませんか。聖女さまは私より偉いのですから」


「では、『アムル』と呼んで構いませんか?」


「そっちの方が嬉しいです」


「それでは、アムル。わたしのことは『マリ』と呼び捨てにしてくださいね」


「さすがにそれは……」


「あら、人に頼んでおいて、ご自身は頼みを聞いてくださらないと?」


 アムルは顔を真っ赤にした。


「わかりました……でもマリは意地悪ですね」




 二人は白いゴーレムを眺めながら話をした。


「アムルは、このゴーレムを戦争に使いたくないのではありませんか?」


「はい。でも、このままでは中央政府軍と戦うことになるでしょう。味方の犠牲を減らせるなら、この子たちもわかってくれると思います」


「この子たち?」


「ええっと……じつは、すべてのゴーレムに名前をつけたのです。

 ―――オルフェウス、シルバーナ、ユリトル、アナハイム、フェンリル……」


 それから十分あまり、アムルは次々と名前を口にした。すると、呼ばれたゴーレムは嬉しそうにうなずくのだ。


「アムルはもう立派なゴーレムマスターね」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 恥ずかしそうな少年を見て、マリは微笑む。


「わたしたち竜族は、戦争に加担することを厳しく戒められています。ですが今回に限り、あなたのために力を貸してあげましょう」


「いいのですか?」


「はい、できる限りのことをするつもりです」


「ありがとうございます」


 アムルが片膝をつくと、立ち並ぶゴーレムも一斉にひざまずいたのである。

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