157話 帝国皇帝カルロス
アムルと約束したマリは、帝国首都スローニアを訪れた。そして、若き皇帝カルロス・スール・ザウリエン・ラ・スローンに会談を申し込んだのである。
ウェグと一緒に謁見の間に案内されると、そこには玉座に座った皇帝がいた。長い黒髪に琥珀色の瞳を持った猛々しい君主だ。
「聖女よ、今日は何用で参った?」
皇帝は重々しい口調で問うた。
「皇帝陛下。帝国で内戦が起きそうだと知り、その調停のため参りました」
「ルーンランドのことか? それで、どのような調停案を持って来たのだ」
「ルーンランド連合は陛下に対して『ゴーレムを戦争に使わない』と誓約したそうですが、間違いありませんか?」
「相違ない。確かにそう言っておった。だが、それを信じるほど愚かではないぞ」
「おっしゃるとおりです。言葉だけでは何の保証もありません」
マリは皇帝の目を見て言葉を続けた。
「ですが、その言葉を竜族が保証する、と言えばどうでしょう?」
「それでも信じられぬ。予は竜族をそこまで信用しておらぬからな」
「わかりました。それでは保証金を積みます」
「保証金だと? 帝国の安全保障をかけるのだ、安くないぞ」
「心得ています。神聖結晶を十キロ、帝国にお預けしましょう」
その言葉に部屋の全員が息を呑んだ!
神聖結晶は神聖魔力が結晶化したもので大変な価値がある。それを使ったアクセサリーを身につけていれば、寿命が数十年延びると言われているのだ。小さな結晶でさえ金貨千枚は下らない。十キロの結晶であれば金貨数十万枚に相当する。
「そ、それは誠か!?」
皇帝ですら声を震わせた。
「はい。この場に持参しています。
―――ウェグ、神聖結晶を皇帝陛下に」
ウェグが袋を差し出すと、皇帝は受け取り中身を確認した。それは間違いなく白銀に輝く神聖結晶だ。
「陛下、保証金を返却する必要はありません。竜族は戦争を回避できればそれでいいのです」
「早い話、この神聖結晶と引き換えにゴーレムを見逃せ、と言うのだな」
「そういうことです」
「わかった、ゴーレムを理由にルーンランドへ侵攻するのは止めよう」
マリはホッと胸をなでおろす。
そんな彼女を見て、皇帝は腹黒く笑ったのだ。
「だが、ゴーレムの他にも古代兵器があるやもしれん。予は、軍と一緒にそれを確かめに行く」
「それでは意味がありません!」
「意味がないとはどういうことだ? 戦争をしに行くのではない。他の兵器が遺跡にないか調べるだけだ。皇帝の視察に軍が同行するのは当然であろう」
「それは詭弁です! 中央政府がルーラン侯を暗殺しようとしたため、ルーンランドは殺気立っています。陛下が軍と共に行けば、戦争になるに決まっているではありませんか!」
「予がルーラン侯を暗殺しようとしただと? 証拠があるのだろうな!」
「暗殺者を捕らえ白状させました。その者はルーラン城に拘束されています」
「暗殺者など知らぬ! かような言いがかりは皇帝侮辱罪に当たる。衛兵、この者を捕らえよ!」
マリとウェグは兵士に取り囲まれた。そして地下牢へ連れて行かれたのだ。
二人が退室したあと、謁見の間には重い空気がたちこめていた。
「陛下、やりすぎではありませんか? 相手は聖女さまです。このことは問題になりかねません」
皇帝に諫言するのは帝国宰相だ。
「心配するでない。わが軍がルーンランドに向かえば、奴らは必ずゴーレムを使って応戦するだろう。そうなれば聖女は誓約を守らなかったことになる。その責を問うて処刑するまでよ」
「ですが、聖女さまは保証金を積み陛下はそれを受け取られた。責を問うことはできないかと」
「保証金? そんなものは知らんな。
―――誰か見た者はおるか?」
皇帝が見渡すと全員が首を横に振る。
「聖女も愚かな女よ。予を相手に交渉するなど百年早いわ!」
そして袋の中の神聖結晶を握りしめた。
「ふふふふ……これは授業料としてありがたく受け取っておこう」
皇帝の不気味な笑い声が部屋に響いたのだ。
マリとウェグは、衛兵に引き立てられ地下牢に連行された。その途中、彼女は小声でウェグ話しかける。
(しばらく牢屋に泊まることになるからね)
(わかった。夜中に城内を調べるつもりだな)
(そうよ。スローニア城なんてめったに見れないもの。この機会に一通り見ておきたいの)
そんな話をしつつ地下への階段を降りて行く。厳重な扉を何度かくぐり、二人は牢の中に押し込められた。
「なんだ! ここは!!」
入った途端、ウェグの叫びが牢獄の中に鳴り響いた! そこはもう悲惨な場所で、汚物と強烈な悪臭、それに大量の虫がうごめいている。
「マリ! 鼻が限界でこれ以上耐えられない! お前がなんと言おうと、俺はここから逃げるからなっ!!」
そう言いつつマリを見れば、部屋の隅にうずくまりゲーゲー吐いている。
「文句なんて言わないわよ! お願いだから早く脱出してちょうだい!!」
聖都に瞬間移動した二人は、温泉宿にかけ込み湯船に飛び込んだ。そして大量の石鹸を使い、体をゴシゴシと洗い続けたのである。
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