67話 聖魔戦争と聖女の仲間たち

 会談を中座したマリは、宿舎として用意された貴賓室に戻った。部屋へ入るとコマリがパタパタとかけ寄って来る。


「ママー、ぐあいがわるいの?」


 ふさぎ込む彼女を見て、コマリがたずねた。


「大丈夫ですか、お姉さま?」


 サラも心配そうだ。


「ええ、平気よ。少し嫌なことがあっただけ。二人がそばにいてくれれば、すぐによくなるから」


 マリはコマリを抱き上げ髪を優しくなでる。

 そして、先ほどの話をもう一度考えてみた。


(聖魔戦争か……聖女とダークヴァンパイアのあいだに何かあると感じていたけど、そんな凄惨せいさんな過去があったのね)


 彼女は魔王ブーエルの副官の一人、ガリエルを思い浮かべた。彼は聖女を激しく憎み、そして怯えていたのだ。


(過去のわたしは、どれだけ酷いことをしたのだろう?)


 記憶がないことが返って辛い。

 そんなことを考えつつコマリをみれば、頬に一筋の涙が流れている。


(わたしの気持ちが伝わっちゃったのね)


 マリは、その涙を指でそっとぬぐったのだ。




 マリのあとを追ったサンドラだが、途中でファムに引き止められた。


「サンドラよ、今はそっとしておいてやれ」


「ですが……」


「おぬしの気持ちは痛いほどわかる。だが、これはマリ自身で解決しなければならない問題じゃ」


 その言葉で落ち着きを取り戻したのか、彼女は近くのベンチに腰を下ろした。そして、ぽつりぽつりと話しだす。


「コマリが暴竜になったとき、聖女は激しい怒りで正気を失いました。そんな彼女から、わたしは逃げ出したのです」


「無理もなかろう。おぬしはヴァンパイア族じゃ。闇落ちしているとはいえ、同胞が殺されるのを見るのは耐えられまい」


「それでも一緒にいるべきでした。ファムとエリックはずっと聖女のそばにいたのに、わたしだけそうしなかった」


 エリックは伝説に登場する聖女の騎士だ。


「そのことを後悔しておるのじゃな」


「はい」


 サンドラの頬に大粒の涙が流れる。


「おぬしが言うように、わしとエリックは聖女につき従った。だが、それが悲惨な結果を生んでしまったのじゃ」


 ファムの目は遠い過去を見つめる。


「狂った聖女は聖魔戦争を起こした。それでも従うのが臣下の務めだと考えておったが、ある日エリックがこうつぶやいたのよ」


『ファム、俺たちがいるから聖女の暴走が止まらないんじゃないか?』


「それを聞いてわしも納得した。なまじ強い部下がいるから愚行を止められない。そう考え二人で聖女のもとを去ったのじゃ。

 ―――その結果、聖魔戦争は終わった」


 そしてこう付け足す。


「あのとき、どうするのが正解だったかなど誰にもわからぬ。だから一人で落ち込むでない。責任を果たせなかったのは、みな同じじゃ」


 サンドラはうなだれるのを止め前を向いた。


「そうですね、過去を悔いても仕方ありません。大切なのは、今のマリを支えてあげることです」


「うむ。わしも昔のようにマリの下で働くとするかの。あやつは危なっかしくて仕方ない。助けが必要じゃろう」


「ありがとう、ファム。マリもきっと喜びます」



 ◇*◇*◇



 会談から二日経った。


 マリはまだ部屋に籠ったままだが、出された食事はきちんと食べている。安心したファムは、気持ちを切り替えマレル港に向かった。共和国軍の侵攻まであと数日だ。マリのことも気になるが、今は戦争に集中しなくてはならない。


 港に着くと係留された軍船の甲板かんぱんで、ナラフが部下たちと忙しく働いていた。


「どうじゃ、ナラフ。島を防衛できそうか?」


「ファムよ、俺を誰だと思っている。不敗の獅子王だぞ。共和国軍とは何度も戦ってきたが、一度たりとも負けたことがない」


 ナラフが言うように、共和国本土とマレル島はこの四百年で十数回の戦争をしているが、すべて彼の勝利で終わっている。


「おぬしなら大丈夫じゃろう。それに今回はわしも加勢する」


「それはありがたい。お前は本当に強いからな。俺が試合で勝てなかったのは、ファムとエリックくらいだ。

 ―――そういえば、あいつはどうしている?」


「消息不明じゃ」


 ファムとエリックの二人は、聖女のもとを離れたあとマレル島に身を寄せていた。そういうわけで、ナラフはエリックとも親しい。


「あやつは真面目すぎる。聖魔戦争の贖罪しょくざいをするのだと言って、放浪の旅に出たまま行方がつかめぬ。聖女もじゃが、聖なる立場と言うのは難儀なものよ」


「お前も一応、聖なる立場なのだがな」


 ナラフの指摘に、ファムはバツが悪そうに目を逸らしたのだ。




 二人で昔話をしていると、伝令が駆け足でやって来た。


「急報! 共和国軍が奇妙な動きをしています」


「奇妙? 侵攻が早まったのか!」


「逆です。彼らは戦争準備を止めました。ルーシー港には兵がおりません」


 ナラフは腕を組み考え込んだ。


「どう思う、ファム?」


「わからぬ―――だが、共和国にとってマレル島を攻めるより重大な事件が起きたのじゃろう。それを調べるのが先決じゃな」


「そうだな。すぐに調査させよう」


 共和国軍の不審な行動は、このあと思わぬ展開をして行くことになるのだ。

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