66話 聖女と獅子王

 ナラフがルーシー城を襲い多くの兵士が負傷した。その結果、マレル島と共和国の関係が一気に緊張したのだ。共和国は戦争の準備を始め、数万の軍がルーシーに集結しつつある。半月もすればマレル島への軍事侵攻が開始されるだろう。



 ◇*◇*◇



 そのころ、ハリルはファムの指導で剣術の修行に励んでいた。


「間違いなく戦争になる! 今のうちに腕を上げておくのじゃ」


 カキン! キン、キン、キシューン!


「その程度ではわしのしもべは務まらんぞ!」


「くそっ!」


 ハリルは上段から渾身の力で振り下ろす。その一撃は簡単にいなされるが、次の瞬間、逸らされた剣先が猛烈な勢いで切り上げられた。それと同時に電撃が放たれる。


「よしっ! 今のはいい攻撃じゃ。わしでなかったら食らっておろう」


 彼が持っているのは雷撃の魔剣だ。ルーシー城襲撃のときにファムが一本失敬してきた。


「打ち下ろしからの切り上げは、誰ぞに習っておるの。タイミングといい速さといい、素人のセンスではない」


「うん。ソフィーアさまから教った」


「ソフィーアか、新しい聖女の騎士じゃな。おぬしは魔術師のくせに剣術の才もあると思っておったが、そういうわけか」


「剣士として通用しそう?」


「並みの剣士となら、もう互角以上に打ち合えるじゃろう」




 訓練が終わり二人が休憩していると、ルイスが弁当を持ってやって来た。彼女の後ろにはナラフもいる。四人で昼食がはじまり話題は戦争のことになった。


「ファムよ、共和国軍のマレル島侵攻が十日後に決まったそうだ」


「そうか、いよいよじゃな」


「獅子王さま、僕を救出したせいで戦争になってしまいました。本当に申しわけありません」


 ハリルは深々と頭を下げる。


「それは違うぞ。そもそも、この戦いは避けられなかった。俺が得た情報だと、今回の侵攻が計画されたのは二か月前だ。お前の救出とは直接関係がない」


「そうなのですか。遅かれ早かれ、島は戦争に巻き込まれる運命だったのですね」


「そうだ。俺が城を襲撃したのはハリルを助けるためだが、それとは別に、戦争の主導権を握っておきたいという思惑があったのだ」


「獅子王さまは、そこまで考えて行動されてるのですか!」


 彼の目は感動で輝いている。


「ハリルよ、おぬしはチョロいの。ナラフはそんな殊勝しゅしょうなことなど考えておらん。暴れ回る口実が欲しかっただけじゃ」


「はっはっはっ。ファムよ、本当のことを言うでないわ」


 大声で笑い合う二人を見て、ハリルとルイスも笑うのだった。




 彼らが食事を終えたちょうどそのとき、空から黄金の竜が舞い降りて来た。


「獅子王さま! 竜神さまと聖女さまがお見えになられました」


 部下が叫ぶ声を聞くとナラフは立ち上がり、王宮へと急いだのだ。



 ◇*◇*◇



 ナラフとマリの会談がナラフ宮殿で行われることになった。ファムとサンドラが同席する。


「聖女よ。わが宮殿にようこそ」


「こちらこそ、突然の訪問を受け入れてもらい感謝します。それと、ハリルを助けてくれたことに礼を述べましょう」


「いや、礼を言わなくてはならないのはこちらの方だ。竜神の盾を貸してもらったことに感謝している。あれは本当に助かった」


「ナラフ、あの盾が欲しいですか?」


「欲しい! 喉から手が出るほどだ」


「では、差し上げましょう。わたしからの友情の証です」


「喜んで受け取ろう、わが友、聖女よ」


「できれば、マリ、と」


「わかった、マリ」


 二人は笑い合い、会談は和やかな雰囲気で始まったのだ。




「共和国と戦争になりそうだと聞きました。大丈夫なのですか?」


「心配には及ばんよ」


「加勢できればいいのですが、立場上、わたしは他国の紛争に介入できません。代わりにこれを持参しました」


 マリがナラフに渡したのは、膨大な数の魔法玉だ。ヒール玉が一万個、蘇生玉が千個、それに麻痺治療玉が五千個、それぞれ木箱に収められている。


「ウェグの話では、共和国は雷撃の魔剣を持っているそうですね。なので、急いで麻痺治療玉を作りました」


「助かる。これだけの魔法玉があれば、必ず島を防衛できるだろう」


 こうして、二人は固く握手を交わしたのだ。


「そういえば、マリよ。ファムに聞いたのだが記憶を失くしたそうだな」


「ええ、そうなのです」


「それでは三百年前、俺に会いに来た理由も覚えてないのか?」


 ナラフの質問に、同席していたサンドラの顔がひきつった。


「獅子王さま、その話題は避けていただけませんでしょうか」


「サンドラよ、もういいではないか。おぬしの心配もわかるが、聖魔戦争のことは避けて通れない問題じゃ」


 ファムの言葉にマリは首をかしげた。


「聖魔戦争……ですか?」


「そう、聖女とアンデッドの熾烈な戦いだった」


 ナラフが語る内容を聞いて、マリは驚愕したのだ!




 今から三百年前、ダークヴァンパイアの王ラキトル・ラノワは、ある計画を実行した。それは大規模な闇落ちを起こすもので、これが上手く行けば、彼は魔王を超える存在になることができる。この計画に不可欠なのが竜神だ。当時、まだ赤ん坊だったコマリが誘拐され闇落ちの儀式に利用されたのである。


 この結果、ラキトルは大魔王となり、数十万というアンデッド軍が誕生した。そしてコマリも暴竜になってしまったのだ。


 ラキトルは、大魔王の力を使い暴竜を支配しようとした。それは一時的に上手く行ったのだが、最後は暴走した暴竜に滅ぼされてしまう。制御を失った暴竜は暴れ続けた。それを静めたのが聖女で、聖女伝説はこの時期の物語である。




「聖女は暴竜となった竜神を保護して封印した。しかしその因縁はくすぶり続け、一年後に聖女とアンデッドの間で大規模な抗争が起きた。それが聖魔戦争だ。

 ―――その記憶もないのか?」


「はい」


「ならば戦争の実態も知るまい」


「よかったら教えてください」


 マリは身を乗り出すようにして尋ねた。


「聖女の説得もあり、俺を含めた魔王たちは中立を保った。孤立したダークヴァンパイアとアンデッド軍は一方的に虐殺されたのだ」


「わたしが殺したのですか!」


「聖女の神聖魔力にあらがえるアンデッドなどこの世界に存在しない。お前は、彼らを執拗しつように追い回して殺したそうだ」


 彼女はワナワナと体を震わせ、それに気がついたファムが優しくさとす。


「マリよ、気にするでない。わが子を惨い目に合わされたのじゃ。復讐しても誰にも責められぬ」


「ですが、わたしは聖女です」


 聖女はこの世界の調停者だ。私怨しえんで戦うことは固くいましめられている。


「マリ、すべて終わったことです」


「サンドラさんは知っていました? 聖魔戦争のこと」


 サンドラは悩んだ末に「はい」と答えた。


「そうですか。それで、過去の話をわたしにしてくれなかったのですね」


「ごめんなさい」


「いえ、怒ってないです。ただ、あまりのことに感情が追いつかなくて」


 マリはフラフラと立ち上がり、うつむいたまま会見室を後にしたのだ。


「獅子王さま、申しわけありません。中座する失礼をお許しください」


「気にするな、サンドラ」


 彼女はナラフに一礼すると、マリを追って部屋を出たのである。

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