68話 参戦するガルリッツァ連合国!

 共和国の異変をナラフが知る少し前のことだ。ルーシー城塞の一角では、軍師ケネスが頭を抱えていた。


「クリフ、状況はどうなっている?」


 彼は黄金の三騎士の一人、クリフに尋ねる。


「アスラン男爵と彼の兵がルーシー城に立て籠ったままです。三百人ほどですが、宰相閣下や重臣が人質に取られていて手を出せません」


「くそっ、この大事な時に反乱など起こしおって! 今、ナラフに本土を攻められたらどうしようもない」


 共和国軍がマレル島侵攻の準備を進めているとき、軍の一部にルーシー城を占拠されてしまった。宰相のエイベル侯をはじめ府要人の身柄を抑えられ、戦争どころではなくなったのだ。


「軍師閣下。反乱首謀者のアスラン男爵は、ナラフと示し合わせているのでしょうか?」


「そう考えるのが妥当だな」


 そのとき、二人の会話に別の声が加わった。


「いや、それはない。獅子王は誇り高い男だ。姑息こそくな手など使わないだろう」


 声の主を確認すると、ケネスとクリフは同時に立ち上がり敬礼した。


「これはルナン侯爵閣下!」


 ルナン侯は共和国貴族序列二位の大貴族だ。マレル島侵攻のため、領地から兵を率いてルーシー城塞に来ている。


「会議はいかがでしたか?」


「大貴族で話し合った結果、反乱鎮圧の総指揮を私が執ることになった。卿らは私の指揮下に入ってもらう」


「「はっ!」」


 カツンと靴を鳴らし、二人は再び敬礼する。


「ところで、閣下。今回の反乱にナラフが関わっていないとお考えのようですが、よろしければ理由を教えていただけませんか」


「いいだろう」


 侯爵が説明する。


「これは極秘事項だが、マレル島と共和国のあいだには協定があって、獅子王は本土を攻めないと確約しておるのだ。その協定書には聖女さまも署名しておられる」


 マレル島がナラフに統一されたとき、戦火が拡大しないよう聖女が仲裁した。本土に侵攻しないという条件で、彼女は島の自治権をナラフに与えたのだ。


「確かに、ナラフは本土を攻めたことがありませんでした。ですが先日、城を襲撃しています。協定は破棄されたと考えるべきでしょう」


「それには手違いがあってな」


「手違い……ですか?」


 ケネスとクリフは首をかしげた。


「獅子王に戦争の意思はなかった。彼の目的は、ハリルという王国領聖女自治区の留学生を保護することだったのだ」


「それは存じています。反逆罪で投獄したハリルをナラフが連れ去りました。しかしそれは、襲撃していい理由になりません」


「軍師閣下に同意します。戦闘が行われたのですから協定違反は明白です。それに、ハリルが王国領民でも共和国の法が適用されます」


 二人の反論を侯爵はやんわり否定する。


「彼がただの留学生ならそうだな」


「どういう意味でしょうか?」


「先日、自治区から請願書が届いた。ハリル・ディオンは聖女さまの臣下であり要人である。速やかな釈放を希望する、とな」


 驚くべき事実を知らされクリフは動揺する。


「ハリルが聖女さまの臣下!?」


「そうだ、竜神教の聖人に当たる。連絡が遅れたため釈放されず、やむを得ず獅子王が保護したのだ。その行為を非難することはできない」


「ではもしナラフが救出せず、我々が彼を処刑していたら?」


「聖女さまの権威がけがされたと王国が激怒しただろう。最悪、戦争になったかもしれん。結果としてだが、共和国は獅子王に救われたのだ」


「知らなかったとはいえ、危ないところでした」


 ケネスは安堵あんどのため息をつく。


「そういうわけで協定はまだ生きている。獅子王の本土進攻はない。その前提で、この事件の解決に注力してくれたまえ」


 三度目の敬礼をする二人を見て、ルナン侯は満足そうに笑った。


「それと、これからはナラフでなく獅子王と呼ぶように。部下にも徹底させておくのだぞ」


 そう言い残し、その場を後にしたのだった。



 ◇*◇*◇



 ルーシーでアスラン男爵が反乱を起こした!

 ナラフとファムは、この情報を当日の夕方に部下から聞いたのだ。


「ファムよ、共和国軍の一部が反乱を起こしたそうだ。そのためマレル島侵攻が中止になった」


「わしは共和国情勢にうといが、アスラン男爵とは何者じゃ?」


「若い軍人でエイベル侯の側近の一人だ。侯爵の信頼も厚く、警戒されることなく城の占拠に成功している」


「妙じゃな。そんな人物が反乱など起こしてどんな利益がある?」


「それがわからないから不気味なのだ」


 単独で反乱を起こしても権力を握ることはできないし、鎮圧されるのは火を見るより明らかだ。アスラン男爵は、どうしてこんな暴挙に出たのだろう?


 ナラフは大きな首を捻った。


「普通に考えれば陽動だろう。問題は誰の思惑で動いたか、ということだな」


「心当たりはないのか?」


「国内では思い当たらぬ。北のルーンシア王国か、東のガルリッツァ連合国か、いずれにしろ国外の勢力だろう」


 この予想は的中した。

 反乱の翌日、ガルリッツァ連合国がイブルーシ共和国に宣戦を布告したのだ。それと同時に、五万の連合国軍が共和国侵攻を開始したのである。



 ◇*◇*◇



 宣戦布告の報を、ルナン侯はルーシー城塞で受け取った。


「報告! 連合国軍が国境を越えティエン城塞に向かっています。数日後に城塞攻防戦が始まるでしょう」


「住民の被害は?」


「彼らは国境警備軍を突破、ティエン街道を西へ進んでいます。行軍速度を優先したためか、目立った略奪は起きていません」


 その報告に侯爵は胸をなでおろした。


「幸いでしたな、閣下」


 軍師ケネスもホッと一息つく。


「だが、ティエン城塞が落ちれば辺り一帯が荒らされるだろう」


「あの城塞は国防のかなめで三万の駐留軍がいます。簡単には落ちません」


「そうだな。それに、ルーシーから三万の軍を救援に向かわせた。ここからティエンまで十日ほどかかるが、間に合えば侵略軍を追い返せる」


「ティエン近くの領地からも援軍が向かっているはずです。それらの兵力が合流すれば確実に防衛できるでしょう」


 侯爵とケネスは、地図を見ながら防衛戦の打ち合わせをしている。


「しかし、今回は大失態だったな」


「深く考えないまま軍をルーシーに集結させてしまいました。連合国は、我々の行動を見て侵攻したのでしょう」


「ああ、アスラン男爵を抱き込み陽動までさせるという周到さだ。かなりの切れ者が指揮をしている」


 その言葉を聞き、ケネスは何やら考え込んだ。


「サザーランド卿、なにか気になることでも?」


「はい。敵の軍師が有能だとして、一連の動きを考え直してみたのです」


 彼は説明する。


「今回のマレル島侵攻は、城を襲撃した獅子王への報復ですが実際は違います。計画は二か月前に立てられました。彼の行動はそれを早めたにすぎません」


「エイベル侯が侵攻を決意したのは、雷撃の魔剣が完成したからだ」


「宰相閣下は、どうすれば獅子王に勝てるのか、そのことをずっと考えておられました。その切り札が雷撃の魔剣です」


 しかし魔剣開発は難航した。いにしえの技術を復活させる必要があるし、雷撃魔法が希少で再現が難しい。問題が山積みだったのだ。


「それを解決した人物を閣下はご存知ですか?」


「いや、そこまでは知らん」


「アスラン男爵なのです。彼がもたらした技術を使い魔剣が完成しました。機嫌をよくした宰相閣下は、男爵を側近に取り立てています」


「なるほど。男爵が魔剣を完成させマレル島侵攻を後押ししたのか。そして、侵攻のタイミングに合わせて反乱を起こした」


「そうです。男爵は、反乱を起こせばそれに乗じ、獅子王が本土に攻め込むと計算していたのでしょう。そうなれば連合国も共和国を攻めやすくなります。

 ―――協定のおかげで、最悪の事態にはなりませんでしたが」


 ここまで聞いて、ルナン侯はケネスが何を言いたいのか理解した。


「これほど緻密な作戦を立てるような人物なら、ティエン城塞攻略にも間違いなく秘策を用意しているだろうな」


「これは悪い予想ですが、ティエン城塞は援軍が到着するまで持ち堪えられないかもしれません」


 侯爵は難しい顔で考え、ある決断をした。


「サザーランド卿、私は兵を率いて領地に戻る。最終防衛線はティエン城塞でなく、西のルナン城塞になるだろう。この場は他の指揮官に任せ、卿も同行せよ」


「了解しました、閣下」


 こうして侯爵とケネスは、ティエン街道の要衝ようしょう、ルナンへ向かったのだ。

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