69話 ダークヴァンパイアの介入

 マレル島のナラフとファムは、ルーシーの動向を注意深く見守っていた。


「ファムよ、共和国から使者が来た」


「何と言っておる?」


「ルーシー城の反乱鎮圧に力を貸して欲しい、だそうだ」


 ナラフの話を聞いたファムは、共和国の対応の変わりようにあきれ返った。


「バカバカしい! つい先日まで、あやつらはマレル島に侵攻しようとしておったのじゃぞ。援軍を要請するなど厚かましいにも程がある!」


「そう言うな、連合国の参戦で共和国も戦力が不足しているのだ。ルーシーの反乱は俺たちに任せ、少しでも多くの兵を迎撃に回したいのだろう」


「それで、ナラフよ。要請を受けるのか?」


「ああ、共和国が侵略されるは見過ごせない。それに、要請しているがルナン侯なのだ。これは秘密だが、侯爵は俺の盟友でな」


 彼女は、はぁ~、とため息を吐いた。


「共和国に協力者がいると言っておったが、そんな大物じゃったか」


「ルナン侯爵家とはかれこれ三百年の付き合いになる。俺がマレル島を防衛できたのは、彼らの協力が大きいのだ」


「そういう事情なら仕方あるまい」


 こうしてナラフは、ルーシー城塞へ援軍を送ることに決めたのだ。




 その日の午後、共和国とは別の使者がナラフ宮殿を訪れた。


「獅子王さま、お初にお目にかかります。私は連合国軍師、シルバー・フォックスと申します。お見知りおきを」


 シルバーは、名前のとおり見事な銀髪を持った中年の騎士で、二人の男が同行している。


「私の後ろに控えておりますのが―――」


 彼がそう言ったとき、ファムが続きを遮った。


「紹介は不要じゃ。その二人はよく知っておる。右の者はラスカー、左はセングレスであろう」


「覚えていたか、聖女の犬め!」


 ラスカーと呼ばれた男は、もの凄い形相でファムをにらみつけた。その眼は赤く輝き、周囲に闇魔力のオーラがあふれ出る。


 そう、彼らはダークヴァンパイアだ。


「ああ、覚えておる。少し前じゃが、おぬしたちの話題で盛り上がったのよ。ちょうどよい、ここには聖女もおる。誰か呼んで参れ」


 ナラフの部下が退室すると、しばらくしてマリが入って来た。


「ファム、何か用ですか?」


「いやなに、古いなじみが訪ねて来たものでな。ラスカーとセングレスじゃ」


「ラスカーさんにセングレスさんですね。初めまして、マリといいます」


 丁寧に頭を下げた彼女を見て、ダークヴァンパイアたちが怒り狂った!


「しらじらしいぞ、聖女! 我らを愚弄ぐろうするにも程があろう。先王と仲間の無念、ここで晴らさせてもらう!!」


 次の瞬間、彼らは本性を現した!!

 魔獣の姿になり、マリに襲いかかる!


 しかし、セングレスはその場で灰へと変わり果てた。ファムが抜刀からの一閃で切り捨てたのだ。


「動くな、ラスカー! 動けば同じ運命じゃ」


 魔導刀の切っ先を向けられたラスカーは、身動きすらできない。


「控えよ、ラスカー!」


 シルバーの一喝でラスカーは戦闘態勢を解いた。


「師子王さまもファム殿を止めて下さい。我々は戦いに来たのではない」


 それを聞きナラフはうなずいた。


「ファム、お前も刀を収めるのだ」


 その言葉でファムが魔導刀をさやに戻し、そして、ラスカーが人の姿に戻ったときだった。

 マリはまたしても意識を失ったのだ。




 そこは、死臭ただよう戦場だった。

 二人の鬼神が敵をほふっている。


(あれはファム? もう一人は確か……)


(聖女の騎士エリック・シュナイゼルです)


(ああ、思い出しました。わたしは、エリックとファムにアンデッドの殲滅せんめつを命じたのです)


(あなたは、十万を超えるアンデッドを滅ぼしたのですよ)


(やはりそうだったのですか。相手がアンデッドとはいえ、わたしは怒りを抑えきれず、多くの者を滅ぼしたのですね)


(悔やまれますか?)


(はい)


(あなたが多くのアンデッドを滅ぼしたのは事実ですが、真実は少し違います)


(真実?)


(ええ。虐殺の一方で、聖女はダークヴァンパイアたちを保護しています。竜神さまへの対応を巡り、彼らの意見が二つに分かれました。仲間割れをした彼らのうち、平和を望む者たちを安全な場所にかくまったのです)


(そうだったのですか)


(避けて通れない戦いはあります。決して恥じ入ることはありません)


(ありがとう。少し気持ちが安らぎました)


 そして不思議な声は消えて行く。




 マリは、目を覚ましゆっくり起き上がった。


「ラスカー、先ほどは誰だかわからず失礼しましたね。セングレスのおかげで思い出すことができました」


 彼女が見据えると、ラスカーは恐怖のあまり後ずさりする。


「申しわけありません、聖女さま。仲間の無礼、どうかお許しください」


「あなたは?」


「私は、連合国軍師のシルバー・フォックスと申します。獅子王さまと交渉に参りました」


「わかりました―――ナラフ、わたしも交渉の席についていいかしら?」


「構わない。マリも聞いておいた方がよさそうな話だからな」


 こうしてマリの立ち合いのもと、ナラフとシルバーの話し合いが始まったのだ。




「シルバーよ、今は時間が惜しい。用件は何だ、俺にどうして欲しい?」


「では簡潔に申し上げましょう。今回の連合国と共和国の戦争、我々の味方をしていただきたい」


「見返りは?」


「獅子王さまのマレル島支配を保証します。これは連合国盟主、ゼビウス・メイスン閣下の確約です」


「それでは割に合わん。共和国もマレル島の自治権を認めている」


「そうでしょうか? 共和国は獅子王さまを排除しようと、何度もマレル島へ侵攻しているではありませんか」


「それは一部のバカ貴族がやったことだ。共和国民の多くが俺に好意的で、総力で島を攻めたことは一度もない」


 ナラフは厳しい口調でつけ加えた。


「この際だからハッキリ言っておく。俺は共和国の繁栄を願っている。連合国の侵略に加担する気はない。ましてや、ダークヴァンパイアと共謀するような連中と組めるはずがなかろう」


 意外な言葉に驚きを隠せないシルバーだが、やがて不気味に笑いだした。


「フハハハッ! ここまで腑抜ふぬけた魔王がいるとは思わなかったぞ!」


 その様子を見ていたマリが口を開いた。


「シルバーさん、訂正してください。ナラフは魔王でなく獅子王です」


「これは聖女さま。ずいぶんナラフに好意的ですな。所詮、力で島を乗っ取った魔族ではありませんか。どうしてそこまで肩入れするのです?」


「あなたは島の歴史を知らないのですか?」


「ええ。よければ後学こうがくのため教えてください」


 マリは落ち着いた口調で話しだした。


「マレル島の歴史は戦禍の歴史でした。産出する金を巡って諸侯が争い、島の住民の多くが巻き込まれたのです」


 そこにフラリと現れたのがナラフだ。とある貧しい村の用心棒に雇われたと歴史書にしるされている。体を張って村人を守る彼の周囲には、意気に感じた冒険者が集まりだした。ファムもその一人だ。やがて、彼らは勢力を増し島を統一したのである。


「ファムの紹介で、わたしはナラフと知り合いました。そして、マレル島と共和国の仲裁をしたのです。彼は大切な盟友です。肩入れするのは当然でしょう」


「なるほど。聖女がナラフの仲間だと報告を受けていたが、そんな経緯があるとは知らなかった」


 それを聞いて、ファムが魔導刀に手をかけた。


「シルバーよ、わがあるじを呼び捨てか。本性が出たようじゃな。ラスカー共々、ここで切り捨ててくれるわ」


「ククク……ここでお前たちと戦ってもよいが、聖女にナラフ、ファムが相手では分が悪い。ここは引き上げるとしよう」


「このまま帰すと思うか!」


 ファムが抜刀すると同時に、シルバーはある物を投げてよこした。それは白銀に輝くペンダントだ。


「聖女よ、それが何かわかるか?」


 マリはペンダントを見るが、覚えがない。


「マリ! それは母上さま、マリーローラさまのペンダントじゃ」


 ファムが驚いて叫んだ。


「そうだ。前の聖女、マリーローラの持ち物よ。

 ―――いいか、よく聞け。母親の身柄は俺たちが預かっている。命を助けたければ余計なことをするな。な~に、共和国を占領したら返してやる」


 シルバーは後ろを向き、ラスカーと共に歩き出した。そして、去り際にこう忠告したのだ。


「お前たちは見張られている。島から一歩でも出ればマリーローラを殺す!」


 二人の後姿を眺めながら、マリは母のペンダントを握りしめるのだった。

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