70話 マリ、反撃を開始する!

 連合国軍師シルバーが去ったあと、マリは謁見の間で茫然ぼうぜんとしていた。


「大丈夫か?」


 ファムが心配そうに声をかける。


「ええ。でも一度に多くの記憶がよみがえって、少し混乱しているわ」


「そのようだな。マレル島と俺の過去についても詳しく知っていた」


 ナラフが言う。


「わたしは、マレル島の歴史に深く関わっていたのね。思い出せてよかった」


「それで、マリよ。マリーローラさまのことは思い出せんのか?」


「残念だけど、母の記憶はまだ戻ってないの」


 マリは、白銀のペンダントをじっと見つめる。


「マリの母上は連合国に捕まっている。どうやって助けるか考えなければならないだろう」


「ナラフの言うとおりじゃ。人質を取られていては身動きが取れん」


「でも居場所がわからない。シルバーという人物は用心深そうだわ。簡単に見つかるような場所には隠さないと思う」


 三人で悩んでいると来客が告げられた。

 やって来たのはウェグだ。


「ん? ナラフとファムを訪ねて来たんだが、マリもここにいたのか」


「ウェグこそどうしたのじゃ?」


「ルーシーが物騒で子供たちが心配してる。状況を知りたくて来たんだが」


 ナラフが今までのことを説明する。マリの母が人質になっていることも含めて。


「なんだ、そんなことか」


「あなたは母の居場所がわかるの?」


 ウェグはニヤリと笑い、マリに説明する。


「ああ、俺はマリーローラさまに会ったことがあるし匂いも覚えている。探すのは簡単だ。人質として利用するなら遠くには隠さないだろう」


「おおっ! ウェグがこんなに頼もしいとは知らなかったぞ」


「失礼よ、ファム。ウェグは、わたしの子分の中でも特に優秀なんだから」


 マリは自慢げに胸を張る。


「俺は子分じゃないと言ってるだろう!」


 ウェグの抗議を、彼女はいつものように笑い流した。


「まあそれはともかく、一人で探すので少し時間がかかる。大勢で探せば早いだろうが、ローラさまの匂いは俺しか知らないんだ」


「だったらいいものがある」


 マリは、先ほどのペンダントをウェグに渡した。


「母の持ち物よ。匂いが残っているはずだわ」


 ウェグは受け取り嗅いでみる。


「バッチリだ、これを借りるぞ。この匂いをもとに一族で探せば、明日の朝までにローラさまを救出できるだろう。幸い、マリからもらった気配断ち結界玉がある。誰にも怪しまれずに探すことができる」


「ありがとう、ウェグ。お母さまを見つけたら王国へ連れて行ってくれる。共和国は戦争中だし、あそこの方が安全だから」


「ああ、任せておけ!」


 ウェグは自信満々で部屋を出て行ったのだ。


 そして翌朝、彼から報せが届いた。ローラを保護しアルーンへ向かってると。



 ◇*◇*◇



「ねっ、言ったとおりでしょう! ウェグは頼りになるのだから」


 母の無事を知りよほど嬉しかったのだろう。マリは彼を褒めちぎる。


「それはそうと、マリよ。ようやく調子が戻ったようじゃな。聖魔戦争の話から落ち込んでいて、心配しておったのじゃ」


「ああ、本当に良かった」


「ファムもナラフも、心配してくれてありがとう。聖魔戦争の記憶も戻り、自分自身で納得することができたわ」


 マリの瞳は穏やかで、それを見たファムは胸をなでおろした。


「でも、これからが大変ね。連合国の侵攻をどうにかしないと」


 三人は大きな地図を広げ、これからのことを話し合う。


「今ごろ、連合国軍がティエン城塞に到着して攻防戦が始まっているころだ」


 ナラフがティエン街道の東を指で示した。


「攻める連合国軍は五万、共和国軍は三万。守れるとしてもギリギリじゃな」


「しかも、連合国軍の中にダークヴァンパイアがいる可能性が高い。俺は奴らについて詳しくないが、どれくらいの強さだ?」


「魔王級が数人いれば、ティエン城塞などひとたまりもない」


 ファムは腕を組み目を閉じる。


(ラスカーもセングレスも魔王級じゃ。間違いなく魔王級がおるじゃろう)


 そしてため息をついた。


「なあ、マリよ。コマリを使って連合国軍を蹴散らすことはできぬか?」


「それはできないわ。竜神は王国の象徴なの。コマリが介入すれば、王国が参戦するのと同じことになる。それに、あの子の戦闘力は桁違いよ。戦えばアルデシア中に衝撃を与えてしまう」


 竜神の力は現代の核兵器に等しい。いや、それ以上かもしれないのだ。その破壊力は人々に恐怖を植えつけ、竜神を擁する王国は孤立してしまうだろう。


「う~む、コマリは使えぬか。強すぎる力というのも厄介なものじゃな」


 ファムは難しい顔で考え込み、それを見たナラフがある提案をした。


「俺とお前で加勢に行くのはどうだ? ダークヴァンパイアさえ排除すれば、共和国軍は互角に戦える。明後日にはウェグが戻るし、あいつも連れて行けばいい」


「いや。ナラフもウェグも、ダークヴァンパイアとは相性が悪い。奴らの再生能力は異常で、力押しでは勝てないのじゃ」


「そうなのか? お前はセングレスを一太刀で滅ぼしただろう」


「それは、わしが聖女の英雄で高い神聖魔力を授かっておる―――」


 突然、ファムは言葉を切った。


「そうか、神聖魔力じゃ!」


「ああ、なるほど! ファムが何を言いたいのかわかったわ」


 マリも気がついたようだ。


「ナラフよ。マレル島侵攻に備え、マリが持って来た魔法玉じゃ。あれには聖女の神聖魔力が凝縮ぎょうしゅくされておる」


「ヒール玉が一万個、手付かずのままよ。それがあれば、普通の兵士でもダークヴァンパイアと戦えるわ」


「よしっ、これで方針は決まったな。あとは実行するだけだ」


 ナラフの言葉に、マリとファムは大きくうなずいたのだ。

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