124話 日本の休日
日本時間の3月1日。マリは日本を訪問した。
魔の森の自衛隊基地から次元の門をくぐって武蔵野に出ると、厳重な警戒態勢がしかれていた。戦車が隊列を組み、上空を戦闘ヘリが飛んでいる。
国賓の出迎えとは思えない物々しさだが、それには理由があった。彼女に続いて巨大な黄金の竜が門から現れたのだ。それは竜体になったコマリで、今回の日本訪問に同行するのである。
巨大な竜と戦車隊。それは子供のころに見た怪獣映画そっくりで、あの有名な怪獣のテーマが聞こえてきそうだ。
マリが苦笑いしながら迎えの車に乗り込むと、入間の自衛隊基地に向かって走りだした。それを追って竜がズンズンと歩き、そのうしろから戦車隊が続く。
やがて車は国道に出た。沿道には信じられない数の野次馬がいる。警察が規制しているのだが、それを無視して押し寄せているらしい。また、道路沿いのビルの屋上には数えきれないほどの取材陣がいて、世紀の一瞬を報道しようと待ち構えていた。それは生中継で全世界に配信され、過去最高の視聴率を記録することになるだろう。
「視聴者の皆さま! 信じられない光景が目の前で起きています。竜です! 武蔵野の大地を巨大な竜が歩いています!」
「はい、は~い。田中でーす。わたしの目の前にあのゴールドドラゴンがいます!
―――ドラゴンちゃ~~ん!!
―――あっ、手を振っています。わたしの呼びかけに返事をしてくれました」
「この竜は竜神と呼ばれ、人間と同等の知性があるそうです。そのせいでしょう、沿道の人々の声援に応えています」
「竜といえば恐怖の象徴ですよねー。しかーし、竜神さまにそんな雰囲気は少しもありません! 愛嬌があってものすごーく可愛いです。犬が笑うところを見たことがありますが、竜神さまも間違いなく笑っています」
各局が放映する番組を、マリは車に備え付けられたTVで見ていた。そこにはカメラに目線を切り、ニヤけた顔のコマリがアップで映っている。
「もう! しまりのある顔をするよう、あれだけ言い聞かせたのに!」
そして頭を抱え込んでしまった。
「ハハハハ、怖い顔をするよりいいではありませんか。おかげで竜神さまは大人気です。招待した日本政府も鼻が高い。支持率が跳ね上がると政治家も大喜びですよ」
同乗している秋山三佐が楽しそうに笑う。
「マリアンヌさん。竜神さまを派遣してくださり本当に感謝しています」
「いえ、いえ。アルデシアと日本の友好のためですから、これくらいは」
マリは笑顔で応じるが、本音をいえばコマリを同行させたくなかった。このような騒ぎになるのがわかり切っていたからだ。それでも連れて来たのは、マリナカリーンのこの一言だ。
『マリアンヌよ、日本でおぬしに何かあったらコマリがどうすると思う? 次元の門を開け、殴り込むに決まっておるじゃろう』
これを聞いて彼女は方針を変えたのである。
(仕方ないか。わたしを襲撃するテロリストがいるかもしれないし、コマリに護衛させるのがいちばん安全よね)
そんなことを考えていると、車が自衛隊基地に到着した。そこで歓迎セレモニーが行われたのだが、コマリは式典に慣れているのか実に堂々としている。首相や来賓と握手して見せる余裕ぶりだ。
しかし、
(黙って立っていると威厳があるけど、人に接すると別人格になるのよね。いったい誰に似たんだか)
マリはため息をつくが、ソフィやクリスが聞いたら笑い転げただろう。
すべての行事が終わり、マリは飛行場の一角にある芝生の上で横になった。彼女に寄り添うように竜も体を丸めている。国賓は迎賓館に泊まるのが普通だが、コマリが竜のままなのでこうなってしまった。
「ごめんね、コマリ。日本にいるあいだ、あなたを子供の姿に戻したくないのよ。誘拐されたら大変だもの。それに野宿だってわりと楽しいでしょう」
「クオォ―――」
甘えるように竜が唸る。そして二人で星空を見上げながら、その夜は眠りについたのだった。
◇*◇*◇
翌朝、マリはヘリコプターに乗って富士の自衛隊演習場へ向かった。そのあとを翼を広げた黄金の竜が飛行している。
目的地では、レスリー、ファム、ハリル、ユーリが待っていた。彼らは別行動で東京見物をしていたのだ。通訳として倉田二尉がつき添っている。
総合火力演習は訪問のメインイベントで、日本政府は自衛隊の戦力を誇示し、アルデシアが日本に攻めて来ないようけん制したいのだ。
やがて演習が始まり全員で見学した。戦車砲が的に当たって炸裂し、戦闘ヘリから激しい機銃掃射が行われる。
「これは凄いね、ファム」
「ああ、アルデシアが日本と戦争したら間違いなく負けるじゃろう」
「先生、僕たちなんか簡単に滅ぼされてします」
「そうですね、ユーリ。私も日本の戦力がこれほどとは知りませんでした」
四人とも、現代兵器の威力の凄まじさに度肝を抜かれたようだ。
「レスリーさん、もっと凄い兵器がたくさんあります。核爆弾という兵器はルーン帝国大崩壊並みの破壊力があるのです」
倉田二尉が追い打ちをかける。
「でもみんな、安心して。現代兵器のほとんどがアルデシアで使えないから。魔の森の基地でも、自衛隊はこれらの兵器を使ってなかったでしょう」
「そう言われればそうじゃな」
「どうしてだろうね?」
「おそらく魔力の影響でしょう。爆発エネルギーを魔力が吸収しているのだと思います。それにしても、これらの武器がアルデシアで使えなくて本当によかった。もしそうでなかったら、と考えるとゾッとします」
レスリーの言葉にマリも同感だった。
(でも、こちらの世界では使えるのよね。そのせいでたくさんの人が死んでるし)
ため息をつきながら彼女はコマリを見上げた。砲撃に怯えているのではないかと心配したのだが、落ち着いているようで安心する。
すべての日程が終了し、マリたちは入間の基地に戻った。竜のコマリと一緒に芝生の上でくつろいでいると、秋山三佐がやって来た。彼は車いすを押していて、それには七歳くらいの女の子が座っている。
「あの……マリアンヌさん。職権濫用のようで申しわけないのですが、竜神さまと一緒にこの子の写真を撮らせてもらえませんか?」
「もしかして、三佐の娘さんですか?」
「はい、香織といいます。竜神さまの大ファンで一緒に写真に写りたいと」
マリは快く応じ写真を何枚も撮った。
「香織ちゃん、足が悪いの?」
「うん。難しい病気で、だんだん筋肉が動かなくなっていくんだって」
それを聞いた彼女は秋山を見た。彼の瞳には深い悲しみが宿っている。
「そっかー、それは大変だね。そうだ、お姉さんが竜神さまのおまじないをしてあげる。とってもよく効くんだよー」
そしてヒールを使う。
神聖魔力の光が彼女を包み込んだ。
「竜神さまがすぐそばにいるから、もう効いてるかもしれないわ。立ってみて、香織ちゃん」
半信半疑の香織だが、マリの言われるままに立とうとする。
「えっ、どうして? もう立てないってお医者さまが言ったのに。パパ、わたし立てるよ」
「竜神さまのおかげだ。お礼をいいなさい」
香織はペコリ頭を下げる。そんな彼女に、黄金の竜は頬ずりするのだった。
翌日、マリたちは武蔵野の次元の門を通過してアルデシアに帰還した。
「マリよ、よかったのか? ヒールを見せて。このことが知られたら治療の依頼が殺到するじゃろう」
「使うつもりはなかったんだけどね。でも、どうしようもないじゃない」
「相変わらず甘いの、おぬしは」
ため息をつくマリをファムがからかう。
「ファムー、ママをいじめちゃだめ! あれはコマリがたのんだの、だからママがなおしてあげたの」
これは本当だ。香織を治すかどうかマリは迷った。そのとき、コマリの気持ちが彼女の心に流れ込んできたのだ。
「そうね、コマリ。あなたの声がママにはちゃんと聞こえたわ」
日本に行ったことで、二人の絆が深まったのかもしれない。その証拠に、マリが笑うとコマリもこぼれるような笑顔になったのである。
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