123話 マリ、日本政府と交渉する

 茫然とするマリを見て、倉田二尉が微笑んだ。


「驚かれるのも無理ありません。私の魂の半分はアルデシア人なのです」


「マリアンヌ。彼は神聖ルーン帝国の臣民で、名前はアレル・セントリル。私と同じ竜の民だ」


 レスリーが説明すると、倉田が同時通訳で秋山三佐に耳打ちする。


「自衛隊に連行されたとき、彼が通訳してくれ本当に助かった。どうしてアルデシア語を話せるのか聞いたら、ルーン帝国大崩壊のとき、魂の転移現象に巻き込まれて日本に行ったのだそうだ」


 マリは状況を理解した。サタンの魂は、大崩壊の影響で日本からアルデシアにやって来た。アレルの場合は逆で、アルデシアから日本に魂を飛ばされたのだろう。


「倉田二尉にお聞きします。アレルさんの魂が日本に行ったのはいつですか?」


「今から十七年前でした」


 サタンの転生と同じ年だ。


「当時の竜神さまは誰でしょう?」


「ニーナマリアさまです」


「レスリー、倉田二尉にニーナマリアさまのことを話した?」


「いや、話してない」


 これで確定した。倉田に宿っているのはルーン帝国人の魂だ。


「秋山三佐、驚きました。アルデシアから日本に転移した魂があったのですね」


「そうです。マリアンヌさんに当時のことを説明しましょう」




 十七年前、埼玉県にある自衛隊基地で、数十名の隊員が同時に倒れるという事件が起きた。幸い意識は戻ったものの、全員が妙なことを言いだしたのだ。


 アルデシアという異世界があり、そこの住民の魂が頭の中に入ってきた、と。


 普通なら精神疾患で処理されるが、そのときは人数が多いため調査が行われた。その結果、彼らが得た知識や言語は、未知の世界のものと証明されたのである。


 異世界が存在するという確証を得たものの、それ以上研究は進まなかった。そして時が流れ、忘れ去られようとしていたころゴールドドラゴンが出現したのだ。




「あのゴールドドラゴンは、竜神さま、と呼ばれる存在ですね」


「はい、その節はご迷惑をおかけしました」


 秩父夜祭のことを思い出し、マリは冷や汗を流しながら頭を下げた。


「構いません。被害は皆無でしたから。それにあの竜は大人気で、私の娘も大ファンです。ぬいぐるみを買ってやったらそれはもう喜んで……」


 子煩悩なのか、秋山は嬉しそうに話し続ける。


「あの……話が脱線していますが」


「んんっ! 失礼。もっと重要なことを聞かなくてはいけませんでした」


 マリに指摘され、彼はいつもの表情に戻った。


「マリアンヌさん。ゲートについてですが、あなた方が開けられたのですか?」


「いいえ、違います。門の出現に、わたしたちも困惑していています」


「開けた者に心当たりは?」


「ありません。現在、アルデシア中を捜索しているところです」


「破壊することはできませんか?」


「次元の門は巨大なエネルギーの塊です。暴走したらアルデシアは壊滅し、日本にも被害が及ぶでしょう」


「閉じることも破壊することもできない、というわけですか」


 秋山は目を閉じ長い時間考えていた。


「残念ですが、ゲートについてこれ以上の話し合いはできません。これは高度な国防問題で、私の権限を越えています」


「それではどうすれば?」


「政府高官と相談し改めて交渉の席を設けます」


「わかりました。それでは三日後の午前中、再びここを訪れましょう」


「それで結構です。今日はお疲れさまでした」


 互いに別れの挨拶をして、マリが部屋を出ようとしたときだ。


「マリアンヌ、私はここに残ろう。次元の門を監視する必要があるし、人質がいたほうが日本政府も安心できる」


 レスリーの発言を倉田が通訳する。


「マリアンヌさん。私からもお願いします。現地の協力者がいるとありがたい」


「マリさま、僕も残ります。レスリーさんの護衛が必要ですから」


「わかったわ―――三佐、二人のことをよろしくお願いします」


「ええ、責任を持って預かりしましょう」


 こうしてレスリーが基地に残り、ハリルが護衛することになったのだ。


 

 ◇*◇*◇



 このあと一週間に渡り、マリと日本政府の交渉が続けられた。それと並行して、基地周辺のモンスター駆除が行われたのだ。


「ハリル! 二匹そちらへ行った」


「任せて、ファム!」


 ファムとハリルが魔の森を疾走し、次々とモンスターが倒されて行く。そんな光景を、マリは秋山と一緒に眺めていた。


「凄い! 彼らは本当に人間ですか?」


 秋山が驚愕してたずねる。


「人間です。仕掛けがありますけど」


「仕掛け?」


「彼らの超人的な能力は魔力のおかげです」


 マリは微笑み、レスリーの横にいるユーリに合図する。すると彼は上空に衝撃波を放ち、飛行するモンスターを撃ち落とした。


「身体能力だけではありません。ご覧のように、魔力を応用すれば遠距離攻撃もできるのです」


 落下するモンスターを見ながら説明する。




 駆除が終わり、ファムとハリルが戻って来た。


「マリよ、だいたいこんなものかの。モンスターの死骸が散らばっておるから、奴らも用心して近づいて来ないじゃろう」


「ありがとう、ファム。それにハリルくんとユーリくんも」


 マリに続き、秋山も礼をいう。


「皆さん、助かりました。これで安全に基地の建設ができます」


「礼には及びません。魔の森のモンスターが日本に行ったら、次元の門を開けたアルデシアの責任になります。わたしたちが駆除するのは当然ですわ」


 マリが言うように、今回の駆除は彼女の方から申し出た。責任問題もあるがそれ以上に、アルデシアの力を見せつけ日本をけん制したかったのだ。


「それで、マリアンヌさん。このお礼を兼ねて、政府が皆さんを日本に招待したいそうです。国賓として遇しますから、よろしければ受けていただけませんか」


 この申し出をマリは予想していた。彼女が自分たちの力を見せたように、日本政府も近代兵器の威力を見せておきたい。そのための招待だ。


「はい、喜んでお受けしましょう」


 こうして、マリの日本訪問が決まったのだ。

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