161話 天空に浮かぶ島

 ホワイトゴーレムにさらわれたマリは、空間の門をくぐってある館の中庭に連れて来られた。そこは、花々に囲まれた美しい庭園で中央にテーブルが置いてある。近づいてみれば美味しそうな料理が並べられているのだ。


「えっ? わたしに食べろっていうの?」


 白いゴーレムはうなずく。


「食べもので釣ろうなんて安直すぎない」


 文句を言いつつマリは椅子に座り、だまされたと思って一口食べてみた。


「お、美味しい! この料理はあなたが作ったのかしら?」


 彼女がたずねると、ゴーレムは首を横に振りある方角を見た。そこには、優雅に歩いて来る一人の女エルフがいたのだ。そのエルフは長い金髪に白磁のような白い肌を持ち、上品な薄紫のドレスを身にまとっている。そして、こぼれるような笑顔で話しかけてきた。


「どうですか、聖女さま? わたしの料理は。お口に合えばいいのですが」


 そう言いつつ、マリと同じテーブルの椅子に腰を下ろす。


「とても美味しいです。ルーンシアの王宮料理も素晴らしいですが、この料理はまろやかで……そうですね、年代物のワインのような味わいです」


「まぁ、嬉しい! 最高の誉め言葉ですわ。この料理は一万年以上も受け継がれています。長い時間をかけて雑味を取り除いたのですよ」


 料理を食べ終えたマリは女エルフを見た。


「そろそろ、わたしをここに招待した理由をお聞きしましょうか?」


「その前に、乱暴にお連れしたことをおわびしなければいけません」


 そして深々と頭を下げる。


「いえ。ゴーレムにさらわれたときは驚きましたが、扱いはとても丁寧でした。こうして食事の給仕までしてくれましたし」


 マリが笑うと女エルフも微笑む。


「まずは自己紹介しましょう。わたしはペネムと申します。ペネム・ラ・ヘヴン。ふつつかながらこの地の代表をしています」


「ラ・ヘヴン? ここは天界ですか」


「はい。ニーナマリアさまが名付けてくださいました。わたしたち天使族の国なら天界が相応しいだろうと」


 天使族、その言葉を聞きマリは改めてペネムを見た。彼女はエルフそっくりだが、耳は人間と同じでとがった長耳ではない。


「ペネムさんはセラフィムだったのですね」


「聖女さまはセラフィムをご存知でしたか。わたしたちは希少種族で知られていないはずですが」


「偶然ですが同じ種族の知り合いがいます」


 マリが話しているのは魔王サタンのことだ。


「地上に残っているセラフィムがいるのですね。困りました。わたしたちは全員が天界に住まないといけません。それが掟です」


「その点は大丈夫です。その方はもうアルデシアにいません」


「亡くなられたのですか?」


「少し違いますが、似たようなものです」


 サタンは、コマリが開けた次元の門をくぐって日本へ移住した。セラフィムの掟も異次元までは及ばないだろう。


「そういえばその人から『大崩壊のときに天使族は滅亡した』と教えてもらいましたが、そうではなかったのですね」


「天使族がこの島に来たのは大崩壊の少し前で、その方は知らなかったのでしょう。以前の領地は消失しましたし、滅びたと勘違いされたのだと思います」


「ここは島だったのですか。それにしては潮の香りがしません」


 ペネムは笑いながらマリの手を引っ張った。そして、しばらく歩くと島の周辺部に着いたのだ。しかし、そこから見えたのは海ではない。彼女たちの目の前には雲海が広がっていたのである。


 そう、天界は空に浮かぶ島だったのだ。



 ◇*◇*◇



 その日の夜、マリはペネムの館に泊まり、翌朝、彼女に案内されて島を見学することにした。


 島の首都、ヘヴンシティーは小さく地味な印象だが、細かく観察するとルーン帝国の技術があちこちに使われている。それと圧倒的に花が多い。街中に花壇があり、色とりどりの花が咲き乱れているのだ。


「凄い! どこもかしこも花だらけですね」


「花が多いのはニーナマリアさまがお好きだったからです。この島には警備用のホワイトゴーレムが二百体いますが、いつもは暇なので、彼らが花壇の手入れをしています」


「まさに天界ですね。こんなに美しい場所で暮らせるペネムさんが羨ましい」


「そう言ってもらえると嬉しいですけど、わたしはどこへでも行ける聖女さまが羨ましいです。

 ―――あら、ごめんなさい。つい愚痴をこぼしてしまいました」


 そんな話をしながら、マリとペネムは小さな館の前に到着した。


「この中に最長老さまがいらっしゃいます。聖女さまとの会談を希望しているので、会っていただけませんでしょうか?」


「そうですね。美味しい料理のお礼もあります。お会いましょう」


 そして二人は館の中に入って行ったのである。

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