33話 サラと竜神さま

 マリは、完成したばかりの温泉宿にサンドラを招待した。


「はぁ~、疲れがお湯に溶けていくようです」


 彼女は、肩まで湯につかり大きな欠伸あくびをする。


「水を浴びたりお湯でしぼったタオルで体を拭くことはしていましたが、お湯につかるという発想はありませんでした。最高の贅沢ですね」


「街中でやればそうですが、これは湧き出している天然のお湯ですから」


 マリは、コマリを抱いて湯に入っている。


「お湯は只でも、この建物はどうしたのです?」


「ガルさんとコマリに作ってもらいました。わたしも手伝ったんですよ、ちょっぴりですけど」


 作っているときのことを話して聞かせる。


「それは楽しそうです―――それでマリ、サラは連れて来てあげないのですか?」


「連れて来たいのですが、ここにはコマリの助けがないと来れません」


「サラだけのけ者にしたら可哀想ですよ」


「でも……」


 マリは怖かったのだ。コマリが竜なのをサラが受け入れなかったらどうしよう。そう考えると身がすくんでしまう。


「サラは家族です。ずっと隠しおおせるものでもないでしょう」


「わかりました。そのときはサンドラさんも協力してくださいね」




 決心してみたものの、どうすればいいか具体的なアイデアが浮かんでこない。


(口で説明するのが手っ取り早いんだけど)


 この案はすぐに却下した。竜になったコマリの圧倒的な威圧感は、言葉では絶対に伝わらない。話を聞いて理解するのと、実物を見て納得するのは別のことだ。


(普通は竜を見た途端に逃げだすよね。大好きなサラお姉ちゃんに逃げられたら、コマリのトラウマにならないかしら)


 マリは、ふーっと息を吐きサラを見た。彼女はコマリと遊んでいて、今はコマリが頬ずりしている。


「こら、コマリ。くすぐったいったら」


 サラは声を立てて笑う。


(わたしがこんなに悩んでるのに、この子たちは呑気なものねぇ)




 ガルに相談してみる。


「コマリがよい竜だと印象付けることだ。村が山賊に襲われ、それを助けるってのはどうだ?」


 マリは想像してみた。逃げ惑う哀れな山賊を、コマリが襲う姿が脳裏に浮かぶ。広範囲なブレスで全員を蒸発させるか、一人づつレーザーブレスで撃ち抜くか、または巨体で踏み潰すか、どちらにせよコマリのイメージは最悪だ。


「それじゃサラが山賊に同情しちゃいます!」




 サンドラにも聞いてみる。


「普通に会わせるのがいちばんですよ」


「そうするとショックが大きいから苦労しているんです」


「竜のコマリを見て驚かない者などこの世にいません。衝撃を受けたサラを支えてあげるのが、マリの役目でしょう」


 それは耳に痛い正論だった。


「それに今回はマリ一人ではありません。わたしもサラの力になれます」


 結局、いいアイデアが浮かばず、サンドラの案を採用することになった。


「まず、竜の姿をサラに見せましょう。仮に怯えても、その竜がコマリだと気がつかなければ二人の関係は壊れません。それを何度か繰り返し、慣れたころで竜の正体がコマリだと明かせばいいのです」


 それが一番まともだろう。マリは覚悟を決め、サラと竜のコマリを引き合わせることにしたのだ。



 ◇*◇*◇



 マリとサラがいるところは荒涼とした大地で、コマリを竜に変身させるのに使っている場所だ。


「お姉さま、こんな荒野に来て何をなさるおつもりですか?」


「サラ、よく聞きなさい。世の中には試練というものが必ずあります」


「は、はぁ……」


「どんなに驚くことがあっても、気を強く持って受け入れるのですよ。素直な心であるがままを見れば、そこには真実があります」


「きょうのお姉さまは、まるで神殿の説教師さまのようです」


「さぁ、サラ。深呼吸をして」


「は、はい」


 サラは素直に深呼吸をする。落ち着いた彼女を見て、マリは心の中でコマリを呼んだのだ。




 やがて二人の耳に、バサッ、バサッという羽ばたき音が聞こえ、黄金の竜が目の前に舞い降りた。その威風堂々とした姿は日の光りを浴びてさんぜんと輝き、この世のものとは思えない神秘さをかもしだしている。


 マリがサラの様子をそっとうかがえば、体をこわばらせ茫然と立ち尽くしていた。怯えているのだろう、目から一筋の涙が流れ出ている。


 彼女は失敗を悟り、サラの心をケアをしようとした―――その時だ。


「お姉さま!」


「はい?」


「やはりお姉さまは、神さまの御使みつかいであらせられたのですね!」


「え?」


「最初にお顔を拝見したときから感じていたのです。このお美しい方はこの世の人ではない、神さまが遣わされたのではないかと」


「サ、サラ? あなたいったい……」


「わたしの想像は当たっていました。今、わたしの目の前に神さまがご降臨されたのですから」


 彼女は両膝をつき、黄金の竜に向かい祈りを捧げた。それは敬虔けいけんな乙女の姿だ。


 マリはホッと胸をなでおろす。サラが逃げ出すという最悪のケースは回避できた。しかし、これはこれで困った状況だ。


(サラを新興宗教の信者にしたいわけじゃないんだけど)


 しかし、今は何を言っても聞いてもらえないような気がする。


 マリが考えあぐねていると、黄金の竜がサラに大きな顔を近づけた。二人は近い距離で互いに互いの顔を見つめ合っている。竜が大きな首をかしげると、サラも意味がわからず小首をかしげる。そして、竜はさらに顔を近づけ彼女に頬ずりしたのだ。


「神さま、止めてください。くすぐったいです」


 クスクスと笑ったサラだが、その瞬間に何かを悟った―――じっと竜を見つめ、こうたずねたのだ。


「もしかしたら、コマリですかぁ?」


 それを聞いた黄金の竜は「クウォォオ」と嬉しそうに唸ったのである。

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