34話 コマリはごきげん!

 マリは、コマリの秘密をサラに打ち明けた。彼女は闇落ちして暴竜になっていたこと。それをマリが治療して黄金の竜に戻ったこと。その竜が化身しているのが彼女だということ―――などなど。


 サラは驚いたようだが、コマリを見るとニコリと笑い、抱き上げて頬ずりしてくれたのだ。それを見て、マリはホッと胸をなでおろしたのである。




 その日の夜、マリ、サラ、コマリはベッドの中で体を寄せ合っていた。コマリが寝静まると二人は小声で話し合う。


「お姉さま、やっぱりコマリは神さまなんじゃありませんか?」


「よくわからないけど、どうしてそう思うの?」


「神さまと瓜二つです。誰でもそう思いますよ」


「神さまの姿なんて、みんな知ってるの?」


「神殿の本堂には、光り輝く竜神さまのお姿が描かれています。お姉さまは見たことがないのですか?」


「ない」


 宗教に興味のないマリは、神殿の本堂など入ったことがなかった。


「はぁ~っ、お姉さまらしいです。とにかく、わたしは竜神さまのことを調べてみます。神殿に行けばたくさんの本があると思いますから」


 サラはやる気満々だが、マリには心配なことがあった。もしコマリが竜神だとしたら、この子にはどんな運命が訪れるのだろう?


(あまり愉快なことになりそうもないわね)


 マリは目を閉じ大きく息をもらした。


「何をお考えですか?」


「コマリのこと。心配しすぎかもしれないけど」


「そうですね。わたしも赤い髪のせいで腫れもの扱いされていましたから、お姉さまの気持ちはわかります。でも竜であれ、神さまであれ、コマリはわたしの可愛い妹です。寂しい思いはさせません」


 マリはサラを優しく抱き寄せた。


「サラが、わたしの家族で本当に良かった。この子のこと、お願いね」


「はい」


 二人の間には、スヤスヤと寝息を立てるコマリの姿があるのだった。



 ◇*◇*◇



 神殿―――正式名称を『アルデシア神殿協会』という。神聖魔法を統括する組織で竜神教の中心だ。大陸中に支部を持ち、本部は神国の首都ミスリーにある。


 サラは、コマリを抱いて神殿本部を訪れた。本堂にはホールがあり、正面の壁には竜神の巨大な姿が描かれている。


 その絵を眺めながらサラは思う。


(これは、どう見たってコマリよねぇ)


 同じ黄金の竜だからというのを通りこして、表情からかもしだす雰囲気まで、絵に描かれた竜神はコマリそっくりだ。


「サラではありませんか、最近はあまり顔を出さなかったのに珍しいですね」


 話しかけてきたのは司祭長だ。神官の世界では神聖魔力が高い女神官が数多く活躍しているが、神殿組織の要職はやはり男の神官が多い。


「これは司祭長さま」


 サラは深々とお辞儀をした。


「ご無沙汰ぶさたしております。聖女さまのお世話で忙しく、つい神殿のお勤めをおろそかにしてしまいました。申しわけありません」


「聖女さまのお側で新しい魔法を学ぶのがあなたの義務です。サラがお勤めをおろそかにしているなど誰も思っていません。

 ―――それで今日は何の用事ですか?」


「実は竜神さまのことを勉強したいと思い、本堂の大図書館を使わせていただきたくお願いにあがりました」


「確かにここに大図書館があるのですが……」


 司祭長は困った顔で言う。


「わたしでは使えないのでしょうか」


「そうではなく、竜神さまに関する書物がここにはないのです」


「ミスリーの神殿本部に……ですか?」


 意外な言葉にサラは思わず問い返した。


「竜神さまの書物や絵画はルーンシア王国の至宝で、王宮大図書館に秘蔵されています。竜神さまのことを知りたければアルーン城を訪ねなさい」


「わかりました、司祭長さま」


 サラは、もう一度お辞儀をして本堂をあとにしたのだ。




「竜神さまのことであれば、神殿へ行けばわかると思ったんだけど」


 思わぬ結果にサラは驚いて館へ帰った。

 そして、門をくぐり玄関に入ろうとしたらコマリがグズりだしたのだ。


「どうしたの、コマリ?」


「おねーちゃん、きょうもいく~!」


「えっ、今日もですか? 昨日行ったばかりでしょう」


「いく~、いく~」


 コマリはダダをこねて言うことを聞かない。


「仕方ありません。今日行ったら明日は絶対に行きませんよ。約束できますか?」


「あい!」


 コマリは元気に答えるが、その返事は昨日も聞いたような気がする。


 サラは手早く気配断ち結界を使い、コマリは館の庭で竜に戻った。以前は荒野まで行き変身していたのだが、サンドラから教わった強力な気配断ち結界を使えば庭でも平気だと気がついたのだ。


(やっぱり竜神さまと瓜二つね)


 黄金の竜になったコマリをしげしげと見つめ、サラは改めてそう思う。


 彼女が背中に飛び乗ると竜は空へ向かって羽ばたいた。その場でぐるっと旋回して方角を確認すると、そのままアルデシア山脈を目指したのだ。目的地はもちろん温泉である。




 温泉宿へ着くと、コマリは子供の姿に戻りかけ込んで行く。建物の中は結構な広さがあり、彼女が一人で入れる浴槽もある。サラが女湯に入れば、コマリはすでに小さな湯舟につかり、だらしなく表情を崩していた。


「コマリ、気持ちがいいからって締まりのない顔をしすぎです。それではお姉さまそっくりではありませんか」


 そう言いながらサラがお湯につかれば、これまた同じような顔になる。一緒に暮らしていると人は似通ってくるのだろう。


 そうしているとコマリがかけ寄って来た。一人用の湯舟も好きだが、やっぱり抱っこされてつかるのがいちばん好きなのだ。


「毎日これだとダメ人間になってしまいそう」


 そうつぶやきながら抱いてるコマリを見れば、顔に締まりがないのを通り越してお湯に溶けてしまう寸前だ。


 小さな竜神さまは、この日もご機嫌だったのである。

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