35話 竜神と聖女とルーンシア王国

 サラの調査によれば、竜神はルーンシア王家と縁が深く、王宮にはたくさんの本や絵画が秘蔵されているらしい。


 マリは、コマリのことを調べにアルーン城を訪れたいが、今は魔王ブーエルに支配されていて行くことができない。どうしたものかと考えていたら、身近に王国の王族がいることに気がついたのだ。




 1月下旬。

 マリは、神国に亡命中のアルベルト殿下、フェリシア姫殿下に会うことにした。


「聖女さま、わざわざお越しいただき恐縮です」


 殿下は、マリを貴賓室へ招き入れると片膝をついた。その横では姫殿下も同じようにひざまずいている。


「聖女さま、まずは謝罪しましょう」


「謝罪……ですか?」


「はい。私と妹は、神国に対して罪深いことをしてしまいました」


 殿下と姫殿下は、魔王ブーエルの手先として神国に敵対した過去がある。


「ああ、そのことですか―――お気になさらないでください。家族を人質にされればわたしも同じことをします。むしろ、殿下や姫殿下が家族想いな方だとわかり、嬉しかったのですよ」


「寛大なお言葉、感謝します」


「聖女さま。わたしも兄と同じく感謝します」


 マリが両殿下を見れば、そこには美しさを絵に描いたような兄妹きょうだいの姿がある。


(ソフィやクリスも美人だけど、この二人、特にフェリシア姫殿下の美しさは豪華さが違うわね。光の姫って言われるわけだわ)


「聖女さま、わたしの顔に何かついていますでしょうか?」


 姫殿下がたずねる。


「申し訳ありません。お二人があまりに美しく、つい見蕩みとれてしまいました」


「まぁ! 聖女さまにそう言われるとさすがに照れてしまいます」


「姫殿下、わたしのことは『マリ』と呼んでいただけませんか?」


「わかりました、マリさま」


「できたら『さま』抜きでお願いします」


 姫殿下はしばらく考えていたが、やがてこう返事をした。


「わたしのことをフェリス、と呼び捨てにしていただけるならそうしましょう」


「わかりました、フェリス」


「ではわたしも。マリ」


 二人は互いに微笑み合う。


「マリとは気が合いそうです」


「フェリス、さすがに気安すすぎないか?」


 殿下が妹を注意する。


「いいえ、殿下。わたしはその方が嬉しいです。できたら殿下もそうお呼びくださいませんか」


 彼はためらっていたものの、マリの真剣な目を見て折れた。


「では、私のことはバートとお呼びください」


「はい、バートさま。今日は二人もお友だちができて幸せです」





 呼び方で距離が縮まったせいか、三人の会話は弾んだ。


「バートさま、フェリス、今日はお願いがあって参りました」


「それは断れません。それでどのような?」


「じつは竜神さまのことをお聞きしたいのです」


 それを聞いて殿下と姫殿下は首をかしげた。


「聖女さまであれば、私たちより竜神さまにお詳しいのでは?」


「えっと……そうですね、この際ですからきちんと話しておきましょう。わたしは伝説の聖女ではありません」


 マリは転生のことを説明した。二人は驚いたようだが、聞き終えると納得してくれたのだ。


「転生のことはわかりませんが、マリは聖女さまで間違いないと思いますわ。王宮には聖女さまの絵があって何度も見ています。見間違えることはありません」


「私も妹と同じ考えです。マリの神聖魔法は王国の公文書にしるされているものと同じですし、聖女さまで間違いないでしょう。もしかしたら、記憶を失くされているのでは?」


 マリは考える。ガルとサンドラも自分のことを聖女だと思っている。でも自分は日本から転生して来たマリで、それは事実だ。


(どういうことだろう? やはり大事なことを忘れているのかしら)


 思い出そうとするが何も浮かんでこない。


「んんっ……とりあえず、わたしのことは横に置いておきましょう」


「そうですね、竜神さまのことでした」


 殿下が話しだした―――


「王国は、始祖王さまが竜神さまと協力して統一したのです。その一部始終が王国建国記にしるされていますから、それを話しましょう」


 今から千年前、竜神がルーンシアの地に降臨した。そして、しもべに選んだのが王国の始祖王アーセナル・ルーンロード・エルラルだ。


 物語の大部分は、王が竜神の力を借り敵を打ち倒す話だ。しかし、最後のエピソードだけとても物悲しい。


 統一を成し遂げた王も老齢になりとこに伏した。しかし、黄金の竜はそばを離れようとせずずっと寄り添っていたのだ。そして王が没すると悲しみの咆哮を何度も上げ、アルデシア山脈に帰って行ったのである。


 この話を聞たマリの頬に、大粒の涙がポロポロとこぼれた。


「あれ? わたし、どうして泣いてるんだろう。

 ―――ごめんなさい」


「構いません。聖女さまが始祖王さまのために涙を流してくださった。王家の者として礼を言わなければ」


 マリは涙を拭きいとまの挨拶をする。


「殿下、姫殿下。今日は有意義な時間をすごせました。機会があれば、竜神さまと始祖王さまの絵をぜひ見せてください」


 こう言い残し彼女は退室したのだ。




「フェリス、聖女さまはロマンチストだな。あんなに涙を流されて」


「そうですね。でも、わたしはもっと別のことが気になりました」


「別の?」


「はい。マリは、帰り際に絵を見せて欲しいと言いましたよね」


「竜神さまのことを知りたいなら、王宮秘蔵の絵画はぜひとも見たいだろう。自慢になるが、あれは極めて貴重なものだ」


「お兄さま、わたしたちは亡命中です。絵を見せて欲しいと頼まれても叶えて上げられません」


「それはそうだな」


「それでもマリは、あえてその話をしました。わたしたちを、それができる立場に復帰させる意思があるということです。お兄さま、王宮に戻れる日は意外に早いもしれませんわ」


 フェリスは微笑む。それは妖艶ようえんというより魔性の笑みだった。


「わたし、マリが気に入りました」

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