44話 ウェアウルフ騒動!

 ミアの異変に気がついたマリは、彼女をそっと店の外に連れ出した。


「どうしたの、ミア?」


「もしかしたらなんだけど、お兄ちゃんが西の森にいるかもしれない」


「デートで西の森へ行くの?」


「森には入らないけど近くの小川が綺麗で、あたいとお兄ちゃん、ナナとでよく遊びに行くんだ。そこへ行ってるかも」


「わかった、わたしが様子を見に行ってあげる」


 マリは、子供たちのところへ戻ると食事のお金を渡し、急用ができたことを詫びて西の森へ向かおうとした。


「あたいも一緒に行く。マリだけじゃ場所がわからないでしょう」


 ミアの申し出に悩むが時間が惜しい、連れて行くことにする。


「ミア、これから起こることを誰にもしゃべらないでね」


「いいけど……どうして?」


「理由はすぐわかるわ。それより約束できる?」


「うん、竜神さまに誓って」


 マリはステータス上昇魔法と気配断ち結界を使い、ミアを背負って西の森へ向かった。走っていると二人の前に多くのウェアウルフが現れる。


「大きな音を立ててはダメよ」


 マリは群れに飛び込んだ。しかし、二人を気にとめるウェアウルフはいない。


「マリ、これって?」


「これは気配断ち結界といって、モンスターに囲まれたときに使う魔法なの。大きな音を立てない限り攻撃されないわ」


 やがてウェアウルフの軍勢を突破した。


「どうやら抜けたみたいね。これから二人を探すわよ。道案内をお願い」




 このあとミアが話していた小川を目指して進んだのだが、そこに着く前にニールとナナの遺体を見つけてしまった。二人の体には深い爪痕が残っている。


 ミアは兄の亡骸なきがらにかけ寄り泣きだした。


「大丈夫。二人は助けることができるから」


「本当?」


「お兄ちゃんを助けたい、って強く願いなさい。そして、わたしの言うとおりに祈るの。そうすれば、竜神さまが二人をお救いくださるわ」


 うなずくミアに蘇生魔法の手ほどきをする。


(魔力を注ぎはじめて一週間経つ。今なら補助は要らないわね)


 彼女は言われたとおりに祈り、体から蘇生の光りがあふれ出た。マリはその光の量を見て驚く。


(手応えはサラ以上だわ。この子は蘇生魔法と相性がいい!)


 光りはニールの体に吸いこまれ、しばらくすると息を吹き返した。


「あれ……ここは? 何でミアがいるんだ」


 事情が呑み込めないニールに、ミアはしがみついて泣きじゃくる。


「今はナナを助けてあげるのが先でしょう」


 マリにさとされると、彼女は大きく首を縦に振りナナの蘇生に取りかかった。程なくしてナナも息を吹き返したのだ。


「ミア、あなたが使ったのは蘇生魔法です。これは竜神さまの魔法で人に知られてはいけません。今日のように使わなければならないことがあるでしょう、そのときは使いなさい。ただ、決して見せびらかしてはダメですよ」


「はい、聖女さま。言いつけは必ず守ります」


 幼くてもミアは神官で、蘇生魔法が聖女の魔法だと知っているらしい。


「ミア、ニール、ナナ、このことは秘密にしてくださいね」


 三人はゆっくりと首を縦に振った。


「わたしはウェアウルフの様子を見てきます。あなたたちはここで身を隠していなさい」


 三人を茂みに隠すと、マリはウェアウルフの軍勢を背後から追いかける。


「ちょうどいい機会だし、共和国の冒険者の実力を見せてもらいましょう」



 ◇*◇*◇



 マリが追いつけば、すでに激しい戦いが始まっていた。冒険者は三百人ほど、そして同数のウェアウルフと戦っている。


「大人の冒険者でもウェアウルフと一対一で戦うのは厳しい。全員が高ランクの冒険者なんだ」


 マリは魔術師の動きに注目した。その動きは華麗で、舞うように接近するとウェアウルフがガクリと崩れるのだ。


「子供たちと同じね。攻撃魔法を至近距離で使って体の内部を破壊してる」


 熱心に見ていると、白銀のウェアウルフが冒険者たちの前に立ちはだかった!

 背丈が三メートル近くあり、威圧感が他のウェアウルフと完全に違う。


「キタ―――っ!! ウェアウルフの族長ウェングだ! 魔王に匹敵するし、身体能力はブーエルより遥かに上だわ」


 マリは、ゲームの世界にいたウェングを詳しく知っている。ブーエルがそうだったように、ウェングの強さも彼女が想像しているとおりだろう。


 咆哮を上げるウェングに対して、冒険者は十人で取り囲んだ。しかし、ウェングのスピードは彼らを上回っていて攻撃がまったく当たらない。


「やっぱりウェングだわ。あの速さには苦労させられたのよ。懐かしいなぁ。ウェングー、頑張れー!」


 マリはもうどちらの味方かわからない。


 ウェングの登場で劣勢に立たされた冒険者だが、やがて増援が三人、馬に乗ってやって来た。彼らは黄金の胸当てをつけ、かなり派手なで立ちだ。そして、ウェングを三人で取り囲んだ。


「三人だけで? さすがに無理でしょう」


 しかし、マリの予想に反して勝負は伯仲している。ウェングも意表を突かれたのか、楽に勝てないとわかると逃げだした。


「あいつはすぐ逃げるからね。こんなところもゲームそっくり」




 ウェングに逃げられた三人の冒険者は、集まって相談する。


「クリフ、なぜウェングを追わない?」


「ウェングが本気で逃げたら追いつけん。狩るなら罠を仕掛けないとダメだ」


「ウェイン、俺もクリフに賛成だ。それに俺たちは見張られていた。手の内をさらけ出すのは不味い」


「本当か、マーク!?」


「やっぱりクリフも気がついてなかったか」


「ああ、俺は魔術師だからな。気配の察知は得意じゃない」


「いや、あれは誰にもわからんさ。俺は盗賊スキルを持っているが、それですら何かいる、と感知するのが精一杯だった」


「どこのスパイだ?」


「さぁね。北のルーンシア王国に東のガルリッツァ連合国、俺たちの回りは敵ばかりだからな」


「スパイの件は軍師閣下に報告しておこう」


 こうして黄金の胸当てをつけた三人、クリフ、マーク、ウェインはルーシーへ引き上げたのだ。

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