45話 ゴブリン狩りは基本です

 ウェアウルフ騒動の翌朝、マリと子供たちはいつものように狩りに出かけた。


「マリが見たっていう三人は、たぶん黄金の三騎士ですね」


「黄金の三騎士? 冒険者じゃなくって」


「はい。彼らは騎士で貴族です。もとはギルドの冒険者ですが、能力が高いので貴族に取り立てられました。騎士が本業ですが、今回のように手強いモンスターが現れると討伐に参加するんです」


「冒険者から貴族になる人っているの?」


「いるどころか多いですよ」


 マリは大きな荷物を背負って歩きながら、ニールとの話に夢中になっていた。


「あと有名な人だと、白銀の三騎士、漆黒の三騎士ですね。みんな冒険者から貴族になりました」


「凄い、九人も貴族になってるんだ」


 マリが感心していると怒鳴り声が聞こえた。


「マリ~っ! 遅いとお給金を払わないわよ」


 どうやらパーティーから遅れたようだ。ミアがこちらを向いてにらんでる。


「ごめんね~、すぐ追いつくから」


 マリは大声で返事をして、ニールと一緒に速足で追いついた。


「もう、仕事は真面目にやりなさい!」


「はい、はい」


 昨日の騒動で聖女とバレてしまったが、ミアはそんなことなどお構いなく、銅貨一枚でポーターとしてこき使うつもりらしい。




 今日は狩りの基本に立ち返り、東の草原でゴブリン狩りをする。


 ゴブリン狩りは奥が深い。はぐれた一匹を三~四人で狩るのが初心者の第一歩で、十匹以上を楽に狩れるようになればFランクを卒業してランクEだ。


 マリたちが草原につくと、そこは十歳くらいの子供でごった返していた。


「凄い数の子供ね~」


「ここがベースになるんです。ここからそれぞれのパーティーが散って行って、何かあると戻って助け合います。ゴブリン相手でも大けがしますからね」


「これだけの子供が狩りをすると、ゴブリンがあっという間にいなくなりそう」


「狩り尽くしても、しばらくすればもとの数に戻ります。別の群れがやって来るみたいですよ。どこか他の場所で繁殖してるんでしょうね」


「ほら、ほら、マリもお兄ちゃんもむだ話してないで働く働く」


 ミアの小言が再び飛んでくる。


「わかってるよ。それじゃマリ。僕たちはぐるっと一周して来ます」


「え? わたしはついて行かなくていいの」


「あたいたちはここで営業するのよ」


 ミアは草原にシーツを広げ、そこに荷物を置くようマリに指示した。聞けば、ここで臨時のヒール診療所を設けるそうだ。


「ケガをした子のために銅貨一枚でヒールをしてあげるの。すべてのパーティーに神官がいるとは限らないからね」


 その言葉にマリは満足そうにうなずいた。


「弱い者同士で助け合う。うんうん、狩りってこうでなくちゃいけないわ!」


「マリが何を喜んでいるのか知らないけど、けっこう退屈な仕事よ」




 しばらくすると子供が一人、仲間に背負われて来た。腹部を槍で刺されかなりの重傷だ。


「もう! あんたたち、だらしないわよ」


 ミアは傷を負った子供にヒールを使った。すると、見る見るうちに傷は塞がり完治したのだ。


(これはもう最高位神官クラスの治癒能力よね。蘇生魔法を覚えたくらいだから、それくらいの魔力はあるんだけど)


「ミア、以前よりヒールが上達してないか?」


「当たり前よ。人は日々成長してるんだから。あんたたちこそ早く一人前になりなさいよね!」


 子供たちは感謝して銅貨を払おうとしたが、ミアは断った。


「こんな早くにここに来るようじゃ、たいして稼いでないんでしょう。半人前からお金を取ったらあたいの名折れよ。銅貨を受け取って欲しかったら、たくさん狩ってここへ来なさい!」


「ありがとうな、ミア!」


 子供は嬉しそうに頭を下げる。銅貨一枚の価値は日本の千円にあたり、下町の貧しい子供には大切なお金だ。


 そのやり取りを見て、マリの胸に熱いものが込み上げてきた。ゲームの世界だが、彼女も初心者時代はお金がなく、狩場では助け合いながら倹約していた。神官職を選んでいちばん嬉しかったのは、助け合いで誰よりも活躍できることだ。


「どうしたの? ニタニタして気持ち悪い」


「ちょっと昔を思い出していたの―――そういえばミア、蘇生魔法をあまり使わないように言ったのを覚えてる?」


「ええ、覚えているわ。使わないようにするから安心して」


「たぶんミアは約束を守れないわ。子供がここで死んだら我慢ができずに使っちゃうでしょう」


「そ、それは………」


「ううん、責めてるわけじゃないの。わたしだって同じことをするから。でもミアが蘇生魔法を使えると知ったら、悪い大人が利用しようとするからね。そうならないよう、使うときは工夫しなさい」


「わかってるわ! もう、マリって心配性なんだからっ!!」


 ミアはむくれるが顔は真っ赤だ。


 マリたちは、一週間ほど東の草原でヒールの臨時営業を続けた。そのあいだに二人の子供が死んだのだが、ミアは彼らを蘇生した。固く口止めしたが子供の口だ、いずれ大人たちに伝わっていくだろう。


(でも、ミアなら大丈夫かな。この子はたくましいものね)



 ◇*◇*◇



 マリがルーシーへ来て一か月経った。

 狩りを終えたマリと子供たちは、いつものように冒険者ギルドの酒場へ向かう。


「5月なったばかりなのにルーシーは暑いわね」


 汗を拭きながらマリは料理を注文する。


「夏は地獄です。その代わり冬は暖かいですが」


 ニールが笑いながら教えてくれる。


「あたいたちも7~8月はお休みよ。とてもじゃないけど狩りなんてできないわ。

 ―――マリはどうするの?」


「前にも話したけど、来月には故郷へ帰るわ。ルーシーを発つは6月1日よ」


「それじゃ、あの日はルーシーにいるのね」


「ミア、なに? あの日って」


「10日に大きな狩りがあるのよ。ほら、ウェアウルフ騒動があったでしょう。それで、冒険者が総出で狩ることになったわ。ウェングも討伐するって」


「それ、本当なの!?」


「本当ですよ、マリ」


 ニールが言うと他の子供たちも首を縦に振る。


「見に行きたいのですが、危ないから子供はダメだそうです」


「わかったわ、わたしが代わりに見に行ってあげる。報告を楽しみにしててね」


 喜ぶ子供たちと固い約束をして、この日は解散したのだ。

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