46話 ウェング討伐!
5月10日。ウェング討伐の日がやって来た!
マリは早朝から西の森へ行き辺りを探索する。討伐隊は何千人もいて、すぐに見つけることができた。
「かなり大規模ね。本気でウェングを狩るつもりなんだわ」
ウェングは手強いモンスターだが、圧倒的に強いというわけではない。ただ狩るのが難しく、マリもゲームの世界で苦労させられた相手だ。
まず、ウェングのアジトを見つけないとどうにもならない。しかも劣勢になると逃げるので、逃走ルートを想定して伏兵を配置しておかないと討伐できないのだ。
「討伐隊はそこまで用意周到かしら?」
マリは行動を開始する。森の中を走りウェングのアジトを発見した。そして、山の尾根から様子をうかがう。
ウェングは、一族と一緒に岩穴の近くで寛いでいた。注意深く見れば、彼の周りに小さなウェアウルフが三匹いる。今年の春に生まれたのか、まだ幼く可愛らしい。
それを見て、マリの気持ちは一気に萎えてしまった。大人のウェアウルフなら何匹狩っても心が痛まないが、相手が子供だと話がまるで違う。
「は~っ、子供なんて見つけるんじゃなかった」
彼女はウェングを逃がそうかと考えたが、すでに遅かった。周囲を見れば討伐隊の
「さすがね。ウェアウルフに気取られないなんてよほど熟練した斥侯だわ。やっぱり共和国の冒険者はレベルが高い」
マリはその場を離れ、ウェングの逃走ルートの偵察に向かった。ルートは一定していて、それを割り出せるかどうかが討伐成功の決め手になるのだ。
尾根づたいに移動して確認すれば、そこにも冒険者が配置されている。
「可哀想に、ウェングも年貢の納め時ね」
彼女は再びアジトを見渡せる場所へ戻った。包囲網は完成しつつあり、その中に黄金の三騎士がいる。そして、意外な人物が一緒にいたのだ。
「ハリルくん!」
ハリルは、暴竜討伐の褒賞としてイブルーシ共和国に魔術留学している。
「ルーシー魔術学園だっけ、そこの生徒が参加してるんだわ。あの子のことだし、討伐に参加していても不思議じゃない」
マリが言うように学園の生徒が二人、討伐に加わっていた。ハリルともう一人、ルイスという女の子で、二人は主席を争う友人である。
「ハリル、ルイス、準備はいいか? あと少しで突入する。ウェングには手を出すなよ。あれはお前たちでは歯が立たない」
「はい、先生」
「わかりました」
黄金の三騎士の一人、クリフの指示に二人は返事をする。
「クリフ。その子たちは、ここに残した方がいいんじゃないか。討伐が始まれば守ってやる余裕なんてなくなるぞ」
「大丈夫だマーク。こいつらは、俺が教えている学園の生徒でもずば抜けている。ウェアウルフ相手なら引けを取らないさ」
「いいか、もうじき突入のラッパが鳴る。そうしたら、俺たちの背中を見て全力で走れ。
普段は
「ウェインも子供たちが心配なのかよ」
マークは声を潜めながら大笑いしたのだ。
その時だった、包囲網の完成を知らせるラッパが山間にコダマしたのは!
パパパ、パパパ、パァ――――――!
パパパ、パァァァ――――――!!
マリの胸が高鳴る!
ウェングを見ると、少し慌てたもののすぐに遠吠えをはじめた。すると、岩穴から続々とウェアウルフが出てくる。総数は千匹以上だ。
討伐隊に目を移せば、二千人近い冒険者がウェングを目指し突撃していた。そしてそこには、懸命に走るハリルの姿がある。
ハリルは無我夢中で走った!
マリの魔法があれば風のように走れるが、今はそんなことを言っていられない。そもそも、彼女に頼らず一人前になりたいから魔術学園に入ったのだ。弱音を吐くわけにはいかないし、横には女友達のルイスもいる。
やがて、木々の間から開けた土地が見えてきた。そこにはウェアウルフの一群がいたのだ。
ハリルは一匹を目標に定め、変則的な動きをしながら隙をうかがう。ウェアウルフの一撃を冷静にかわし、懐に飛び込むと腹部に極小の炸裂魔法を叩き込んだ!
その一撃は内臓を破壊し、敵は崩れ落ちるように地面に倒れる。
「一匹目!」
彼は次の目標を探すが、そこには三匹が固まっていた。しかし、ためらいなく突っ込んで行ったのだ。
それを見ていたマリは拳を握りしめた!
「さすがに三匹一度は無理だって!」
ハリルは地面すれすれまで身を
「懐に飛び込む上手さはまるでソフィね。わたしがいないとき、こっそりハリルくんに教えていたんだわ」
ハリルは、五匹目を仕留めたところで冷静さを取り戻した。周囲を見渡せば、ルイスもすでに何匹か仕留めている。
「ルイスだけには負けられないや」
そんなことを考えつつも体は闘争を求め、次の標的に向かって走るのだ。
ウェングは黄金の三騎士と
(こいつらとは少し前に戦ったことがある、ヤバイ相手だ)
そう思いながらも逃走できない。いま逃げ出せば子供たちが全滅してしまう。彼は防御に徹し時間を稼ぐことにした。
だが、徐々に悪い予感が頭をもたげてくる。
(何かおかしい……こいつら、俺が時間稼ぎしているのを承知で付き合ってるんじゃないのか?)
疑惑の目で騎士たちを見ると、その中の一人が口の端を持ち上げて笑ったのだ。
(間違いない、逃走ルートに伏兵がいる!)
そう確信したウェングは、強引に戦場を離脱したのだ。
「ちっ、また逃がしたか!」
「マーク、功を焦るな。これで計画通りだ。ウェングが逃げた先にも
「おいおい、残党はもう残っちゃいないぜ。あの坊やたちが張り切りすぎて、俺たちの仕事をかっさらいやがった」
ウェインに言われて辺りを見れば、ハリルが最後のウェアウルフを倒したところだ。彼は激しく興奮していて、その目は闘争に酔いしれる冒険者のものだ。
「あいつの師匠はかなりの戦闘狂だな」
ウェインが大笑いする。
「言っとくが、俺は攻撃魔法を教えているだけで戦闘なんて教えちゃいないぞ」
クリフは不満げに抗議した。
「見りゃわかるさ。あれは狂犬の目だ。こりゃあ将来大物になるぜ!」
◇*◇*◇
討伐がはじまって4時間経ったころ、ウェングは森の中を
全身から激しく出血しすでに目が霞んでいる。悪い予感は当たり、逃走先には伏兵が数多く待ち構えていた。
妻と幼い子供たちは、全員が惨殺されているのをこの目で確かめた。怒りに震え戦ったが力では
しかし、命は尽きようとしている。
(ここは俺しか知らん場所だ。さすがにここまでは追って来ないだろう)
横たわって目を閉じ、迫りくる死を静かに受け入れようとした時だ。不意に人間の匂いがして、何者かがガサゴソと近づいてくる。
(くそっ! 最後の最後まで、俺を屈辱のなかで殺すつもりか!!)
心の中で吠えるが唸ることさえできない。
やがて、自分の近くでズサッっと音がして何かが置かれた。それが子供たちの
「人間よ、どうしてここまで残酷なことをする! 俺たちがそんなに憎いか? 答えろ!!」
「憎くはありません。ウェング、あなたは人間の武力が高まっているのを知っていたでしょう。なのに、なぜ戦いを挑んだのです?」
「ここは俺たちの縄張りだ、侵したのは人間ではないか。そいつらが同胞を殺すのを黙って見ていろと言うのか!」
「戦いに正邪はありません、負けた者が朽ちていくのです」
その言葉を聞き、ウェングはしばらく沈黙した。
「そうだな。俺は戦い、そして負けた……それだけのことかも知れん」
「負けを認め、ここから立ち去りますか? そうするのなら慈悲を授けますが」
「慈悲だと? 聖女にでもなったつもりか」
そこでウェングはふいに気がつき、改めて話している人間の匂いを嗅いだ。
「フハハハ、お前は聖女だったのか。この匂い、三百年前にも嗅いだ記憶がある」
「ウェング、どうするのです? ここから立ち去ると約束できますか」
「俺はもう疲れた、戦うことはできん。命があればここから立ち去ると誓おう」
そこでウェングの意識はなくなる―――
再び意識を取り戻したのは、三匹の子供たちに揺すられた時だった。
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