47話 冒険者、ウェグ・ウルフマン
5月下旬。マリのイブルーシ共和国滞在もそろそろ終わろうとしている。その日も彼女は、ミアと一緒にゴブリン平原でヒールの臨時診療所を開いていた。
「ねぇ、マリ。お兄ちゃんたちも強くなったし、狩りのレベルを上げようと思うんだけど、どう思う?」
「で、何を狩るつもりなの?」
「ここよりもう少し東にいるオークよ」
「オークねぇ」
オークの強さはウェアウルフと似たようなものだが、体力があるので倒すのに時間がかかる。
「アタッカーは五人でしょう。攻撃力が少し足りないかな」
「やっぱり無理?」
「無理じゃないけど危ないわ。わたしが付きっ切りでいられればいいけど、6月には故郷へ帰るしね」
悩ましかった。オークを狩れば防御の基本が学べるし、子供たちが成長するのは嬉しい。しかし危険な目には合わせたくないのだ。
その日は結論が出ずルーシーへ戻ることにした―――その帰り道、
「マリ、後ろを振り向いちゃダメよ」
「うん……で、なに?」
「つけられてるわ。不自然にならないよう後ろを見てみて」
そっと確認すると、目つきの悪い男が距離をおいて歩いている。
「たまたまじゃないの。何度も見てるから」
「気が付かなかったわ……それでいつ頃から?」
「最初に気づいたのは、五日ほど前ね」
冒険者ギルドで夕飯を食べているときも、その男は遠巻きに子供たちを見張っている。気になったマリは、そっと受付に行き怪しい男がいることを告げた。
「マリさん、あの方は新しい冒険者ですよ。目つきは悪いですが悪い方ではありません。勝手がわからないので、初心者向けの狩場にいるのだと思います」
(ああ、なるほど。初心者ならミアたちと出くわすことが多いか)
疑って悪かったな、とマリは思った。
「そうですか、安心しました。謝りたいので、あの方の名前を教えてください」
「はい。ウェグ・ウルフマンさんです」
受付嬢の言葉を聞いて、マリは笑顔のまま凍りついてしまったのだ。
子供たちが解散したあと、彼女はウェグがいるテーブルへ向かった。
「お久しぶり」
「久しくはないだろう、最後に会ってからまだ半月しか経ってない」
「あなた、人の姿になれたのね」
「ああ、俺もいちおう神だ」
どこかで聞いたセリフだな、と思う。
「どうして立ち去らなかったの?」
「約束通り、西の森からは退去したぞ」
マリは目まいがした。
「あなたが生きていると知れば、共和国が黙ってないわよ。命が惜しくないの!」
「ウェングが人の姿になれるなんて誰も知らないさ。俺でさえ、ここしばらく使ってないから忘れていたくらいだ」
「それなら名前をどうにかしなさいよ」
「金が必要で冒険者登録したんだが、とっさに名前を思いつかなかった。失敗したと思ったが、誰も俺をウェングだと考えないようだ。強大なモンスターにあやかっているのだろうと、みんな言っている」
「わかったわ。それで子供たちはどこ?」
ウェングには、生まれたばかりの三匹の子供がいたはずだ。
「知り合いのメスに預けてある。オスの俺がいても子育ての役に立たないからな」
全滅したんじゃなかったのか、マリはどことなくホッとした。
「でも、あなたなら腕も立つでしょう。どうして初心者向けの狩場にいたのよ」
「助けてもらった礼を言いたかったんだが、なかなか切り出せなくてな。近くで機会をうかがっていた」
可愛いところがあるじゃない、マリは彼の顔を見て微笑んだのだ。
「それでウェグ、これからどうするの? ルーシー城でも襲うつもり」
「もう戦うのは止めた。今は何となくぶらついてるだけだ」
「わかったわ。あなたの自由になさい」
「ああ、そうするさ」
◇*◇*◇
翌朝になり、いつものように子供たちが冒険者ギルドへ集まって来た。彼らの前でマリはある提案をする。
「そろそろ、レベルアップのためにオークを狩りましょう」
「でも、オークは手強いですよ。狩れないことはないけど危ないです」
ニールはリーダーだけあって慎重だ。
「わたしもそう思ってたけど、大人がサポートすれば大丈夫かな、と思う」
「用心棒を雇うのですね」
ナナが言った。
「そうよ。基本はあなたたちで狩るけど、危なくなったら助けてもらうようにすればいいの」
「そんな便利な大人っているの?」
疑うような目でミアがたずねる。
「たまたまいたのよ、暇そうな知り合いが」
マリは建物の中からウェグを連れて来た。
「紹介しましょう。冒険者のウェグ・ウルフマンさんです!」
それを聞いた子供たちは大声で笑いだした。
「ねぇ、おじさん。冒険者は偽名を使うことがあるけど、もっと考えなよ。この辺りじゃ誰もそんな名前は使わないって」
ニールはよほど可笑しかったのか、緊張もせず初対面のウェグに話しかけた。
「そうなのか? 勇ましい名前と思ったが」
ウェグも話を合わせる。
「確かに勇ましいけど……まぁ、いいか」
ウェグは大きな荷物を背負い、ゴブリン平原のさらに東、オークの狩場に子供たちと出かけた。
道中、マリは小声でウェグと話をする。
(頼みを聞いてくれたのは嬉しいけど、本当にいいの? あの子たちは、あなたの一族を狩っていたのよ)
(狩りは闘争だ。あの子たちは戦って勝ったんだろう。それなら俺は何も言わん)
(ありがとう、ウェグ。助かるわ)
10時ころオークの狩場に着いた。
「みんな、まずウェグおじさんがオークを狩ってみせます。用心棒の腕前がわからないと安心できないでしょう」
マリがウェグを見れば、彼は風のように走りだしオークを一刀で切り捨てた。それを見た子供たちは大歓声を上げ、その瞬間からウェグに対する態度が変わった。冒険者は強い人に敬意を払うのだ。
このあと、彼らは工夫しながらオークに立ち向かっている。ぎごちないが、何とか狩りになっているようだ。
その日の獲物はオーク四匹。ウェグが倒した分は彼の獲物になる。オークは単価が高く銀貨二枚だ。子供たちは大喜びでルーシーに
◇*◇*◇
5月31日。
子供たちとの楽しい日々はあっという間にすぎ去り、マリがルーシーを離れる日がやってきた。別れのとき彼女は大泣きしてしまう。
泣きじゃくるマリを、まだ六歳のミアやジムが頭をなでてなぐさめてくれた。本当は彼らの方が泣きたかったが、マリに先に泣かれてしまい、泣くに泣けなくなってしまったのだ。
「さようなら、ミア。さようなら、子供たち。さようなら、ルーシー。また戻って来るからね!」
こうしてマリはミスリーへ帰還したのである。
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