20話 収穫祭のウフフな気分

 10月も下旬になり、季節は秋から冬へと少しずつ移り変わっている。


 ミスリーには、聖女降臨を祝う各国の使節団が訪れ始めていた。最初にやって来たのはルーンシア王国の使節団だ。神国のすぐ南にある大国で、国力は神国の十倍ほどある。


 王国の使節団を率いるのは第二王子のアルベルト殿下。二十三歳とまだ若く黄金の髪を持つ独身の王子で、ミスリーへ到着するやいなや、あらゆる女たちから黄色い歓声があがった人物だ。


 王子はすぐに宰相と会談を行った。


「よく参られました、殿下」


「貴国のもてなしはいつも見事です、宰相閣下」


「お聞き及びと思いますが、聖女さまは所用があり収穫祭のあいだミスリーを留守にします。謁見はその後になりますが、ご承知いただきたい」


「わかりました。聖女さまのこと以外にも、お話すべきことが山ほどあります。謁見は仕事のあとの楽しみにしておきましょう」


 会談は和やか進み、そろそろ核心に迫る話題が出はじめる。


「貴国へ対して行われたスケルトンの襲撃、憤りを禁じ得ません。王国に同様なことが起こらぬよう、詳しくお聞かせください」


「詳細は専門の者からお伝えしますが、私からも大まかに話しておきましょう」


 殿下は笑みを止め真剣な顔になる。


「ミスリーにおいて大規模なアンデッドの暗躍が確認されました。すでに、かなりの数のヴァンパイアを処分しております」


「スケルトンだけではなかったのですか?」


「襲撃したのはスケルトンでしたが、指揮をしていたのはヴァンパイアです」


「その根拠は? 実際に指揮しているところを見たのですか」


「指揮官と思われる女ヴァンパイアを捕らえております」


「それは興味深いですね」


 何やら殿下は長考する。


「何か気になることでも?」


「ええ……そうなのですが、この問題はあとで話しましょう。今はもっと重要な案件についてお聞きしたい」


「暴竜ですかな? 殿下」


「そうです。あれの復活はあるのでしょうか?」


「聖女さまのご降臨や姫巫女さまの予知夢、それらは暴竜復活を示唆しています。神国も注視していますが、その兆候はまだありません」


「暴竜について聖女さまは何と?」


「聖女さまはご存じないようです。呑気のんきな方で、冒険者になるためアルデシアに参られたと」


「はははっ、愉快な方です。ますますお会いしたくなった。それでは、暴竜の件はまだ何もわかっていないのですね」


「左様です、殿下」


 会談は、このあとも友好的に進められた。聖女との謁見は、彼女がミスリーへ帰る翌日に設定されたのだ。



 ◇*◇*◇



 日付は収穫祭の前日になった。祭は三日間行われ今日は前夜祭がある。


 マリ、ソフィ、ハリルの三人は、城の広場に旅支度で集合した。そして、ステータス上昇魔法を使い目的地へ向かったのだ。


 ミスリーから北東の方角に低くゆったりとした山があり、神聖サイラ山と呼ばれている。その山のふもとに広がるのがエルサイラ地方で、その中心がサイラスだ。アルデシア山脈の雪解け水が湧き出す土地で、醸造の盛んな街である。


 マリたちは昼にサイラス城塞に到着した。いつもであれば領主の館に滞在するのだが、今回は特別な任務があり、街の宿屋に泊まることにした。




「いらっしゃいませ、聖女さま。お部屋の準備が整っております」


 宿屋の主人に客室へ案内されれば、そこは貴族が使う豪華な部屋だ。


「あれ? 男の供回りがいるので二部屋予約したはずですが」


「一部屋予約するように、と手紙に書かれておりますが」


 見せてもらうと確かにそうしるされている。


「なにかの手違いでしょう。今からもう一部屋用意していただけますか」


「い、いえ……収穫祭で観光客が多く満室なのです。聖女さまの頼みとはいえこればかりは」


 マリが悩んでいるとソフィが口を開いた。


「マリ、この部屋には従者用の小部屋とベッドがあるわ。ハリルはそこで寝ればいいじゃない。わたしが護衛するんだし彼はまだ子供よ。誰も問題にしないって」


 ソフィの提案を聞きながら、マリはジト目で彼女を見返した。


(危ないのはハリルくんじゃなく、ソフィ、あなたなんだけどね)


 彼女のことは噂にうといマリでも知っている。騎士見習い時代に、神殿の美少女たちをなで切りにした武勇伝は有名だ。そのせいで、彼女はマリの護衛として同居の許可が下りないのである。


 そんなことを考えながら、マリは大きなベッドを見た。他に部屋がないなら彼女と一緒にここで寝るしかない。彼女はしばらく考えていたが、あきらめたのか宿屋の主人を下がらせたのである。




 それから三人で旅の荷物を整理した。作業が終わるとハリルは街の様子を見てきますと言って、部屋を出て行ったのだ。


「しっかりしているようでも、まだ子供ね。初めての街が珍しくて仕方ないのよ」


 ソフィの言葉にマリはため息をつく。


(それは違うって。あの子は気が利くもの。わたしとソフィが二人きりになれるようはからってくれたんだわ)


 心の中でつぶやいていると、ソフィがベッドの上でゴロンと仰向けになった。


「う~ん! 魔法の効果で疲れてないけど、こうしていると気持ちいいわ。ねぇ、マリも横になったら?」


 いたずらっぽく笑う彼女を見て、マリの心臓はドキドキと音を立てた。


 誘惑に負けちゃダメ、そう思いつつもマリはベッドに横たわってしまった。そしてソフィの手にそっと触れてみる。すると彼女もマリの手を握り返してきた。

 ―――二人は互いの指を絡ませ合う。


「ねぇ、ソフィ」


「なに?」


「わたしがサラを弟子にしたこと、怒ってる?」


「怒ってない」


「本当?」


「本当」


 ソフィは少し間を置いて言葉を足した。


「わたしね、ハリルが可愛いし大好きよ。でも、いやらしい目で彼を見たことは一度もないわ」


 それを聞いてマリは嬉しかった。彼女はサラを弟子にしたが、それは純粋な気持ちからでみだらな気持ちは少しもない。そのことを、ソフィにだけはわかって欲しかったのだ。


「ソフィ、前夜祭で踊るんでしょう。わたし踊れないんだ、教えてくれる?」


「踊れないの?」


「うん」


「そんなところはマリね。いいわ、前夜祭が始まるまで特訓してあげる」


 クスクス笑いながらソフィは起き上がった。そして、二人は手を取り合いダンスの練習に出かけたのだ。



 ◇*◇*◇



 夜になり前夜祭は大いに盛り上がった。広場は若い男女であふれ、自慢の踊りを披露している。


 マリは初心者にも関わらず、いちばん目立つ舞台に上った。しかし即席のステップで踊れるほどダンスは甘くなく、彼女が踊りだすと客席から笑い声が聞こえてくる。いつものマリなら、顔を真っ赤にして引き下がっただろう。でも、今夜はソフィがいる。彼女がいれば笑われようがけなされようが、そんなことはどうでもいい。


 マリは夢中で踊り続けた。そうしていると周りから拍手喝采が湧き起こり、それに応えて舞台の上から何度もお辞儀をしたのだ。


 踊り疲れたマリは、舞台から降りて街の有力者と歓談した。半ば仕事でやっていることだが、今夜の彼女はそれすら楽しいと感じる。


 利き酒の大会も開かれ、マリも参加した。優勝こそ逃したものの、彼女の味覚の確かさに称賛の声が湧きあがったのだ。


 飲みながら、笑いながら、夜は更けていく。


 舞台では、ソフィとハリルが見事なダンスを披露している。そして、マリの時とは違った意味で拍手喝采が湧き起こったのだ。彼女も二人に惜しみない拍手を送ったのである。


 楽しい、楽しい、本当に楽しい!

 マリは前夜祭を心ゆくまで楽しんだ。




 ―――翌朝、マリが二日酔いになったのは言うまでもない。

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