19話 バラ色な師弟

 サラがマリの弟子になってしばらくしたころ、二人は一緒に神殿を訪れた。


「今日は大切な式典があるそうだけど、何の式だろう?」


「お姉さまは聞かれてないのですか? お姉さまとわたしの師弟式です」


「サラはもう立派な弟子だものね。蘇生魔法を使えるようになったし、そのお祝いをするのか」


 マリとサラが案内されたのは式典用の小さな部屋で、二人が入ると紙吹雪が舞い上がった。そして、部屋の奥にはクリスがいて笑顔で迎えてくれたのである。


「聖女さま、本日は誠におめでとうございます。サラ、あなたもおめでとう」


 マリとサラは仲よく頭をさげる。それを見たクリスは神殿聖典の朗読を始め、それに続いて二人に言葉をかけた。


「神のお導きで、マリ・ミドーとサラ・ハートは師弟になろうとしています。

 ―――なんじすこやかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、うやまい、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」


 サラは頬を赤く染めて答えるが、マリはその場で固まってしまった。


(なに? これってまるで結婚式じゃない)


 しかし、ここで異議を唱えればサラに恥をかかせてしまう。


「……誓います」


 とりあえずマリもそう答えたのだ。


 式が終わり、二人は大勢の人が祝福してくれる中をミスリー城まで歩いた。城の大広間には料理に飲み物、あらゆる菓子が用意されていて、それを見たマリは頭の中が真っ白になった。


 自分のあずかり知らないところでとんでもない事態が進行している―――そう気がついた時はもう手遅れだったのだ。




 披露宴の中、ソフィがお祝いにやって来た。


「おめでとう、マリ」


「ソフィは知ってたの?」


「知ってたって?」


「師弟式の意味よ」


「うん。女神官が師弟になるのは結婚と同じよ。処女を失くすと神聖魔力が半減して引退しないといけないから、それが嫌で婚期を逃すことが多いの。そういうわけで、女神官に限って同性婚が認められてるわ。

 ―――もしかして知らなかった?」


「知らなかった」


 ソフィは慌てて近寄り耳元でささやいた。


(いい、知らなかったなんて誰にも言っちゃダメよ! そうしないとサラちゃんが泣くから)


 サラを見れば、それは嬉しそうに皆の祝福を受けている。間違いでした、なんて言える雰囲気では絶対にない!


 目が合うと、彼女は頬を染め恥ずかしそうにうつむく。その可憐かれんな姿を見て、マリの胸には言いようのない幸福感があふれてきた。


「まぁ、いいか。これも何かの縁ね」


 開き直ったマリを見て、ソフィは苦笑いしたのである。




 これは余談だが、マリとサラの師弟関係が周囲に与えた影響は小さくなかった。たくさんの女神官が師弟制度の申込みに殺到し、神殿のあちこちで肩を並べて歩くカップルが誕生したのだ。


 そして、幼い見習い神官のあいだで師弟ごっこが大流行おおはやりした。もちろん、年下の子は年上の子を『お姉さま』と呼ぶのである。




「上手く行きましたね、宰相閣下」


「はい、姫巫女さま。これで、聖女さまも神国に落ち着いてくださるでしょう」


「聖女さまを手放すわけにはまいりません」


「魔王ブーエルが暴竜を狙っていると報告がありました。聖女さまには存分に働いていただかなくては」


「ソフィの話では、すでに暴竜討伐の準備をされているそうです」


「それは何より」


 マリとサラの師弟式は、クリスと宰相が仕組んだのだ。二人は笑いながら、これからマリをどう誘導しようか話し合うのだった。



 ◇*◇*◇



 クリスが話したように、マリは暴竜討伐の準備を始めていた。魔王ブーエルが暴竜を狙っているとわかった以上、見すごすことなどできない。


 マリは貴賓室の天井を見つめながら、討伐についてあれこれ考えていた。


「暴竜って、あの竜のことだよね」


 実は、マリがプレイしていたゲームの中にも同じような竜がいたのだ。それは巨大なアンデッドの竜で、討伐は不可能だろうと言われていた。それを最初に倒したのが彼女のパーティーである。


 マリは、転職クエストでエクストラスキル『アルデシアの聖女』を取得した。そのスキルに固有の魔法『聖女の恵み』が討伐の決め手になったのだ。


「クリスの話だと、三百年前も聖女の恵みで暴竜を封印したのよね。暴竜、聖女、聖女の恵み、この世界とゲームの世界は似すぎているわ」


 マリは思う―――暴竜を封印するためこの世界に転生したのだろうか? もしそうだとしたら、暴竜復活の場所も日時も彼女は知っているのだ。




 この件でマリは宰相と話し合った。


「聖女さま、間違いなくその日、その場所で暴竜が復活するのですか!?」


「いえ、これはまだ予想にすぎません」


 彼女は説明する。


「閣下、わたしは転生前の経験から暴竜は復活すると考えています。ですが、前の世界の出来事がこの世界でも起きるとは限りません」


 アルデシアはゲームの世界と酷似している。だからといって、ゲーム内のイベントが同じように起こるだろうか?


「わたしの予想が正しければ、暴竜復活の少し前に別の事件が起きます。それは収穫祭で発生するイベントで、もしそれが現実に起きれば、暴竜も同じように復活するでしょう」


 宰相は腕を組み厳しい顔をする。


「わかりました。収穫祭の期間中、聖女さまの公務は中止させます。その事件が起きる場所へ行かれ、予想が正しいかどうか確認してください」


「理解していただき感謝します」


 マリは礼を言い、執務室を後にしたのである。



 ◇*◇*◇



 その翌日、ハリルが城にやって来た。


「お久しぶり、ハリルくん。スケルトン襲撃事件以来ね」


「お久しぶりです、マリさま」


「少し見ないうちに、ずいぶん大人になったわ」


一昨日おととい、十一歳になりました。プレゼントをありがとうございます。ソフィーアさまから受け取りました」


 ハリルは新品の杖を掲げてみせた。魔力の高い高価な杖だが、マリは奮発したのである。ちなみに、彼が着ている新しいマントはソフィが贈ったものだ。


 三人は、ソフィの部屋で打ち合わせをした。


「ハリルくん、トレーニングは順調?」


「指示されたように、炸裂魔法の攻撃軸をずらす訓練を欠かさずやっています。魔力も順調に伸びていますし、炸裂魔法の衝撃波だけでモンスターを仕留めることができるようになりました」


「マリ、安心して。わたしの目から見てもハリルの仕上がりは順調だわ」


「でも、マリさま。どうして攻撃軸をわざわざずらすのです? 直撃させれば簡単に倒せるのに」


「そうね、そろそろ教えましょうか。攻撃軸をずらして衝撃波だけで攻撃するのは、狩ろうとしているモンスターに魔法の直撃がまったく効かないからよ」


 魔法の直撃が効かないモンスター。効きにくいものならハリルもいくつか知っていたが『まったく』となると一匹しかいない。


「暴竜、ですか?」


「よく知ってたわね。わたしたちは暴竜討伐を考えてるの」


「ハリル、怖かったら辞退していいのよ。安全は見込んでいるけど危険は排除できないし、死ぬことだってあるもの」


「辞退なんてしません! これは大きなチャンスです。必ず役に立ちますから、ぜひ参加させてください!」


「わかったわ。あなたの参加を、こちらからもお願いしましょう」


 マリはこれからの日程を説明した。


「了解しました。収穫祭前日の早朝、城の広場に集合すればいいのですね」


「ごめんね、せっかくのお祭りなのに仕事を押しつけたりして」


「構いません。むしろ嬉しいです。頑張りますから、よろしくお願いします」


 そう言って、ハリルは頭を下げるのだった。




 必要な説明を終え、二人はハリルを城門まで送り届けた。家に帰る彼の背中を見つめながら、ソフィがマリに話しかける。


「ね、ハリルはOKするって言ったでしょう」


「彼も冒険者だったってことね」


「そうだ、マリ。わたしは決めた!」


「決めたって、なにを?」


「あの子を弟子にする! マリだってサラが可愛いから弟子にしたんでしょう」


「それは否定しないけど、ハリルくんは魔術師よ。どうやってもその望みは叶わないからあきらめなさい」


「マリだけズルい!」


「何がズルいのよ。わたしの場合は正当な権利の行使です!」


 そんなバカなことを言い合いながら、二人は部屋へ戻るのだった。

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