21話 マリ、二日酔いになる

 前夜祭ではしゃぎすぎたマリは酷い二日酔いになり、翌朝になってもベッドから起き上がることができなかった。


「マリさま、大丈夫ですか?」


 ハリルが水を張った桶でタオルを絞り、彼女の額に乗せる。


「気持ち悪い……」


「飲みすぎるからですよ」


「それより、どうするの? そろそろ予定の時間になるわ」


 マリの予想が正しければ、今日の昼、この城塞であるイベントが起きるはずだ。


「酔い覚ましの魔法は使えないんですか?」


「使えない」


 ゲームの世界には酔っ払いなどおらず、そんな魔法をマリは知らなかった。


「ソフィーアさま。僕が神殿まで走って、神官さまを派遣してくれるようお願いしましょうか?」


「それはダメよ。こんなに酷い二日酔いの姿を見られたら、聖女さまの権威に傷が付いてしまう」


「ですねー」


 うなされるマリのそばで、ソフィとハリルは仲良くため息をついたのだ。




 時刻が12時なったとき、つんざくような悲鳴が街中に響き渡った!


「きゃあ――――――っ!」


「何だ、あれはっ!?」


「逃げろ――――――っ!」


 住民の叫び声が聞こえてくる。


「マリ、頑張ってステータス上昇魔法だけでもかけて! 今回の敵はアンデッドじゃないんでしょう。あなたがいなくても何とかなるから」


「う、うん」


 マリは両手を広げ舞うように―――

 うげぇ~っ―――吐いた!


「もうっ、何やってるのよ!」


「マリさま、頑張ってください」


 吐いて楽になったのか、彼女はなんとか魔法をかけ終わる。


「ハリル、行くわよ!」


「はい、ソフィーアさま!」


 床に倒れたマリをベッドに戻し、二人は騒ぎのする方へ走って行ったのだ。




 広場に着くとそこにはいた!

 背丈が四メートルもある一つ目の巨人が!


 そいつは額から一本の角をはやし大きな棍棒こんぼうを背負っていた。服装は立派で丈の短いローブを着ている。その巨人が塔につかまるように登っていて、集まった騎士や群衆を見下ろしているのだ。


「ハリル、あいつを塔から撃ち落とせる?」


「ダメです、人質を取っています!」


 見れば、長い黒髪の女を抱えている。女は気絶しているのかまったく動かない。


「大丈夫。彼女が死んでも、マリの蘇生魔法で生き返らせることができるわ」


「そうですね、わかりました」


 ハリルが詠唱をしようとした、その時だ。


「待て小僧、俺の話を聞け!」


 一つ目の巨人が呼びかけてきた。


「俺がこの女を食えば一瞬で消化する。お前たちは溶けた女を蘇生できるのか?」


 ソフィにはその答えがわからない。


「ソフィーアさま、脅しだと思いますが万一があります。様子を見ましょう」




 そうこうしている内に群衆は遠ざけられ、騎士たちが塔を包囲した。そして、巨人とソフィ、ハリル、騎士のあいだでにらみ合いが続いたのだ。


「どうした? なぜ聖女はやって来ない!」


 巨人は痺れを切らして怒鳴りだした。しかも、名指しでマリが出てくるのを要求している。


「出て来ないならこの女を食ってしまうぞ」


「ま、待って! 今は来れないのよ」


 ソフィが慌てて返事をする。


「嘘をつくな! 俺には気配でわかる。聖女はすぐ近くにいるだろう!」


「近くにいても来れないんだって!」


「なぜだ?」


 彼女は悩んだ。下手な嘘を続ければ人質の命にかかわるだろう。


「聖女さまは二日酔いで寝てるのよっ!」


 巨人と騎士の間に気まずい沈黙が流れた。


「わかった、そういうことなら仕方がない。この女は預かる。助けたかったら聖女一人で北の森までやって来い」


 そう言い残し、巨人は包囲を破って北の方角へ走り去ったのだ。



 ◇*◇*◇



 ソフィは宿屋へ戻るとマリを背負い、巨人が指定した森へ向かい走りだした。その途中、マリは何度も吐く。


「ソフィーアさま。マリさまの二日酔はバレちゃいましたから、面子にこだわらず治療してくればよかったですね」


「あ、そうか。気が回らなかったわ。でも、今から戻ったら時間がかかりすぎるし、今回の作戦にマリの力は必要ないでしょう。このままでいいんじゃない」


 そんな話をしつつ彼らは街道を北へ走る。

 そうしていると清らかな森の中に入った。


「あいつはどこにいるんだろう?」


 辺りを見渡していると、「ソフィーアさま、あれを!」とハリルが指差した。見れば、そこには狼煙のろしが上がっている。


「まさか、探しやすいように目印を用意してくれたの?」


 ソフィは、半信半疑で煙が上がっている場所に向かった。すると、そこには一つ目の巨人が悠然と待っていたのだ。




「約束通り聖女さまが来たわよ! さぁ、人質を返して」


 ソフィが怒鳴ると巨人が言い返す。


「俺は、一人で来いと言ったはずだが」


「この状態で一人で来れるわけないでしょう!」


 見れば、マリはソフィに背負われたまま気絶している。巨人は、だらしなくのびた彼女を見て大きなため息をついた。


「わかった、三人で来たことは見逃そう。ただ、お前たちをこのまま返すわけにはいかない。帰りたければ、俺さまと勝負して勝つことだな」


 ソフィは口の端をあげニヤリと笑う。


「望むところよ! あなたに勝ち、マリの酔いが醒めたら、さらわれた女と一緒に帰ることにしましょう」


「それができるかな、女騎士よ? まあ、やり合えばすぐにわかることだ。ほら、女はそこの木の陰にいる。俺に勝てたら連れて帰るがいい」


 巨人の指さす方角を見れば、女が怯えた表情でしゃがみこんでいる。それを確認すると、ソフィも手ごろな草原くさはらにマリを降ろした。


「準備は整ったようね。では始めましょうか」


 ソフィは剣の鯉口を切り、ハリルは杖を構えて戦闘体勢を取った。


「ほお、聖女の魔法で強化してあるのか。だが、強化術を使えるのはお前たちだけではないぞ」


 ふん! 巨人が気合を入れると、オーラの光りが全身を包み込み筋肉が盛り上がった。その威圧感は先ほどとは比べものにならない。


 ジリ、ジリ、と両者の間合いが詰まっていく。そして、森全体が異様な緊張感に包まれたのである!

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