22話 一つ目の巨人、ガルガンティス

 ソフィと一つ目の巨人、二人の闘気が最高潮に達した時だ!


「ぐえぇ~っ、ぐえぇ~~っ」


 小汚い音が緊張した空気を打ち破った。見やれば、マリが四つん這いになり盛大に吐いている。それを見た巨人はあきれ返り、ため息をついた。


「やる気が失せた。お前らはとっとと帰れ」


 立ち去ろうとする巨人の後姿を見て、ソフィの気が緩んだ。そして、それを見逃す相手ではない。振り返って突進すると、棍棒こんぼうで大地をはたいて煙幕を立てたのだ!


 ソフィは防御姿勢を取るが、なんと棍棒は真後ろから襲ってきた。あらぬ方向からの攻撃に耐えきれず、彼女は派手に吹き飛び気絶してしまう。ハリルはとっさに呪文を唱えるが、次の瞬間、彼も地面に倒れてしまった。うつ伏したその後ろには、さらわれたはずの女が立っていたのである!


「サンドラよ、上手く小僧を倒せたようだな」


「はい、ご主人。睡眠魔法をかけました。しばらく目を覚ましません」


 人質の女はサンドラといい、最初から巨人の仲間だったようだ。


「騙してたのね! 卑怯よっ!!」


 マリが吐き気を堪えながら叫ぶ!


「ようやく元気になったか」


 そう言いながら巨人が近づいて来ると、


「ぐえぇ、ぐえぇぇ~っ!」


 無理して大声を出したせいか、彼女は再び吐きだした。


「サンドラ、何とかしてやれ。このままじゃ話もできん」


 サンドラがマリに魔法をかけると、あれだけ苦しかった二日酔いが嘘のように消えたのである。


「どういうことなの!? ガルガンティス」


 ガルガンティスと呼ばれた巨人は、ふぅ、とため息をつき説明する。


「それは酔い覚ましの魔法でな」


「そんなことを聞いてるんじゃない! なぜ街を襲ったのか聞いてるのよ」


 マリがにらみつける!

 その目をじっと見ていたガルガンティスだが、ふいにあることに気がついた。


「ん……お前は聖女でないのか?」


「いえ、この方は間違いなく聖女です」


 サンドラにそう言われ、彼は考え込んだ。


「よくわらんが、少なくとも以前の聖女の記憶は持っておらんようだな」


「聖女なのはうつわだけのようですね」


「外見だけは聖女だが、中身はずいぶん違う」


「そうです、聖女の気品が感じられません」


 ソフィやクリスに散々言われたマリの『見た目だけ聖女さま』だが、見ず知らずの他人から言われるとやたら腹が立った。


「好き勝手なこと言わないで! それにわたしに何の用があるのよ? からかうために呼び出した訳じゃないでしょう」


「いや、久しぶりに聖女の気配がしたものでな。懐かしさのあまり挨拶に行ったんだが―――意外な展開になった」


「はい、思わぬ展開になってしまいました」


「あなたたちだけには言われたくないっ!」


 マリは猛然と抗議する。


「まぁ、せっかく再会したんだし落ち着いて話し会おう。サンドラよ、話の邪魔をされたくない。先ほどの女騎士も眠らせておけ」


「かしこまりました」


 それから、マリ、ガルガンティス、サンドラの三人で話し合ったのだ。




 それから一時間―――


「ふ~ん、なるほど。だいたいの事情は呑み込めたわ。ガルガンティスは、三百年前の聖女に世話になってたのね」


「そうだ。しかし、せっかく再会できたのに中身がこれじゃガッカリだな」


「そうです、わたしもガッカリです」


 二人は仲良くため息をついた。


「ガッカリな中身で悪うございました!

 ―――っていうか、先代の聖女ってそんなに威厳があったの?」


「ああ、あれは凄かった。あの冷たい目で見下されるとゾクゾクしたものだ」


 ガルガンティスはマゾっ気でもあるんじゃない?

 マリはジト目で見返す。


(でも、この巨人をゾクゾクさせる聖女ってどんな感じなんだろう?)


 興味をひかれ頭の中でイメージしてみる。すると、驚くほどすんなり雰囲気が思い浮かぶのだ。


「ガルガンティス。わらわの前で無礼であろう、控えよ!」


「おおっ、そんな感じだ! 外見がそっくりなだけあって、言葉使い一つで雰囲気が出るなぁ。お前、聖女のものまねの才能があるぞ」


「そういうことであれば仕方ない、再会に花を添えてやろう」


「それはありがたい」


 それからマリは先代聖女のものまねを続け、彼は大いに喜んだのだ。




「ところで、ガルガンティス。そなた、暴竜のことをどこまで知っておる?」


「ああ、それを知りたいのか。あれは聖女とアンデッドの抗争の原因だ。俺は巨人族なんで手を出せなかった。というか、手を出すなと聖女に言われていたんだ。なので詳しいことは知らん」


「そうか、それは残念であった」


「だが、まったく知らない訳じゃないぞ」


 そのときサンドラが口をはさんだ。


「ご主人。ここにいるのは聖女でも、中身は以前の聖女ではありません。あまりペラペラと喋らない方がいいです」


「それもそうだな」


「え~っ、そこまで話しておいてそれはないでしょう!」


「ほら、化けの皮が剥がれました」


 言葉使いが元に戻ったマリを、彼女はうろんな目で見ている。


「しかし、本物でなくてもこいつは面白い」


「確かに面白いです。それは否定しません」


「面白くて悪かったですね!」


「いや、褒めてるんだぞ。そうだ、お前が持っている情報が正しいかどうか教えてやる。誤りを正してやる分には、本物の聖女も許してくれるだろう」


 マリは考えてみる。しかし、暴竜の情報なんてほとんど持っていない。


「そうだ、暴竜が封印されたのってアルデナ山のふもと?」


「ああ、そこで聖女は封印したと聞いてる」


「いま、そこには神殿が建ってる?」


「建ってますよ。聖女神殿と呼ばれています」


 予想したとおりだ。暴竜はアルデナ山のふもと聖女神殿に封印されている。


「助かったぞ、ガルガンティス。そなたの厚意に感謝せねばな」


 最後にもう一度、マリは本物の聖女のまねをして見せた。ガルガンティスは満足したようで、彼女にこう言ってくれたのだ。


「困ったことがあったらいつでも遊びに来い。たとえお前が聖女でないとしても、もう俺の友だ」


 そうして彼は森の中へ消えて行った。


「聖女、サイラスに戻りましょうか。わたしが話の辻褄つじつまを合わせてあげます」




 マリ、ソフィ、ハリルとサンドラは、サイラスに帰り事件の顛末を報告した。とは言っても、サンドラがでっちあげた嘘の話だ。しかし彼女の話術は実に巧みで、街の住民はいとも簡単に信じてしまう。


(サンドラさんは詐欺師になれるわね)


 マリの笑顔に冷や汗が流れた。


 ソフィは、ガルガンティスにおくれを取ったのがよほど悔しかったのか、討伐隊を組んで森へ行こうと言い張る。だが、それは却下した。サイラスの被害は皆無だし、今はおめでたいお祭りの最中なのだ。




 マリは、収穫祭の残りの日程を存分に楽しみサイラスを後にした。踊りの下手な聖女さま、二日酔いの聖女さま、そんな不名誉な評判が残ったが、それでもサイラスの人々は彼女を慕ってくれている。


 帰りを急ぐマリだが、街道からもう一度サイラス城塞を振り返った。


 ここでゲームと同じイベントが起きた。

 この世界はゲームとリンクしている。


 ガルガンティスが予想通り現れた以上、暴竜も同じように復活すると考えて間違いないだろう。これから暴竜討伐に備え、本格的に準備をしなければならない。


 マリは来たるべき未来を見据え、そう決意するのだった。

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