144話 迷走するクーデター事件

 サースロン城塞から北へ百キロほど行くとその基地はあった。サイノスという、一万の兵が駐留する軍需物資の貯蔵施設である。


 深夜、マリたちは基地のすぐ近くにやって来た。


「お祖母ばあさまの情報では、あそこに闇結晶を使った高性能魔導杖が保管されているのですね」


「そうじゃ。サースロン候は近々クーデター軍を起こす。そのため、サイノスに軍需物資を集めておるらしい」


 マリとマリナカリーンが小声で話し合う。


「で、俺たちはどうする? 具体的に何を調べればいいんだ」


 エリックがたずねた。


「目的は二つ。一つは高性能魔導杖の保管場所と本数を確認する。もう一つは、闇の魔導士会の合成魔王がこの基地にいるかどうかじゃ」


「師匠、合成魔王はわしとハリルで探そう」


 ファムがマリナカリーンに向かって言う。


「うむ、そちらは頼む。わしとアロルン、マリとエリックは、それぞれ別行動で魔導杖を探す。夜が明けたら一度ここに戻って情報を整理する。

 ―――よいな、それでは行動開始じゃ!」


 六人は二人ずつの三組に分かれ基地に侵入したのだった。




 それから五時間ほど経ち朝日が昇りはじめた。彼らは調査を終え元の場所に再集合した。


「おかしい! 高性能魔導杖が見つからぬ!!」


「こちらもです、お祖母さま。どこを探しても、高性能魔導杖どころか普通の杖さえ見つかりません」


「わしらも同じじゃ。基地にいる人間の顔を片っ端から調べた。兵舎にまで忍び込み確認して回ったが、合成魔王の姿はない」


「司令官や側近まで確認したけど、見覚えのある顔は一つもありませんでした」


 ファムとハリルも収穫がないようだ。


「というか、軍需物資そのものがあまりなかったですねー。クーデターを企んでいるのなら、ここが前線への補給基地になります。大量の食料がないと変ですよー」


 首をかしげるアローラを見て、マリナカリーンが話しはじめた。


「もう一度考え直してみよう。サースロン候がクーデターを起こすなら、奇襲による首都の制圧じゃ。サイノスが補給基地になり戦争の準備が整えられていなければならない。だが、その気配がまったくない」


「クーデターの情報は間違いないのですか?」


 マリがたずねる。


「かなり広範囲で集めた複数の情報だ。それぞれの内容も一致しているし間違いないと思っていたが……」


「エリック。もしかしたら、わしらはハメられたのかもしれん。闇結晶流通ルートの異変、高性能魔導杖の噂、サースロン候のクーデター……話ができすぎておる」


「俺たちは体よく踊らされたということか」


「おそらくそうじゃろう。嗅ぎまわる者が多ければ多いほど、噂は真実味を増すからな」


「でも、お祖母さま。いったい誰が、何の目的でそんな噂を流したのでしょう?」


 マリがそこまで話したときだ!


 ガァ~ン、ゴォ~ン! ガァ~ン、ゴォ~ン!

 サイノス基地の鐘がいっせいに鳴りだした!


「何が起こった!?」


 マリナカリーンの声で、エリック、ファム、ハリルが偵察に向かう。


 それからしばらくして状況が判明した。十万の中央政府軍がサイノス基地に押し寄せて来たのである。 



 ◇*◇*◇



 その日の内にサイノス基地は陥落し、中央政府軍はさらに南に進軍した。そして四日後には、サースロン城塞の北一キロの地点に布陣したのだ。


 軍を動かしたのは中央政府だけではない。西部ルーンランド連合、東部湾岸連合もそれぞれ五万の軍を動かし、サースロン城塞を目指して進軍している。


 そして、中央政府軍が声明を発した―――


 サースロン候は、政府転覆を企み新兵器を開発していた。それは闇結晶を用いた新型の魔導杖で、中央政府軍はサイノス軍事基地を急襲して証拠を押さえた。基地には十キロもの闇結晶と数百本の高性能魔導杖が保管されていて、それは政府を転覆させうる戦力である。よって、サースロン侯をクーデター首謀者と断定し逮捕する。


 ―――と。




 サースロン城塞に戻ったマリたちは、緊急会議を開いた。


「これは陰謀じゃ! あの基地には闇結晶も高性能魔導杖もなかった。サースロン侯を謀反人に仕立て上げた犯人がおる!!」


 マリナカリーンの口調は厳しい。


「お祖母さま。この計画を裏で操っているのは闇の魔導士会でしょう。十キロもの闇結晶と高性能魔導杖を用意できるのは彼らだけです。中央政府軍の中に彼らの仲間がいるのでは」


「その可能性はあるが確証がない。闇結晶十キロは用意しようと思えば不可能ではないからな。それに、押収された魔導杖が本当に高性能かどうかもわからぬ。中央政府軍の手に渡ったとしたら確かめようがないのじゃ」


「お師匠さまの言う通りです。彼らを犯人と決めつけるには根拠が足りません」


 マリはうなだれる。


「とにかく! あれこれ詮索する前に、これからどうするかを考えなければいけないだろう」


「エリックさんの意見に賛成です。対策しないと内乱になってしまいます」


 エリックとハリルの言葉を聞き、マリは懸命に考える。


「コマリを呼び寄せ、わたしたちが調停してはどうでしょう? 帝国は竜神教徒が多い土地です。内乱は防げると思います」


「それは止めた方がよい。竜神はルーンシア王国の象徴じゃ。迂闊に介入すれば王国まで巻き込んだ戦争になりかねん」


「わたしも反対ですねー。陰謀の全容がわからないのに首を突っ込むのは危険すぎます。下手をすれば、わたしたちまで謀反人にされかねないですよー」


「アローラの言う通りだ。とにかく、サースロン侯がどう出るのかわからなければ手の打ちようがない。しばらく様子を見よう」


 エリックの言葉で、マリたちは事態を見守ることにした。しかしそれは間違いだったのである。

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