64話 逮捕されたハリル

 共和国軍の包囲網の中をウェグは駆け抜けていた。ことの起こりは数時間前、兵士が彼のいる宿屋に突入して来たのだ。


 どんな状況でもウェグなら簡単に脱出できる。しかし、ルイスが「逃げる必要なんてない」と言い張ったため脱出に手間取ってしまった。彼は手刀でルイスを気絶させると、そのまま彼女を抱きかかえて夜の闇へ紛れ込んだ。


「ハリルは逃げ遅れたか」


 安全な場所まで逃げ切り、彼はつぶやいた。


「ファムがしくじったのは間違いない。だが、俺まであいつの共犯にされるのは不味まずいな。ミアには迷惑をかけられん」


 ウェグとミアが親しいのは、冒険者仲間なら誰でも知っている。彼の素性を共和国軍に知られれば、彼女まで巻き込まれかねない。


「とりあえず、ルイスを押さえておけば俺の名前が漏れることはないだろう。ハリルなら大丈夫、俺のことはしゃべらんさ」


 しかし、これからどうする?

 ウェグは考えあぐねた。


「ルイスを隠せるところがあればいいが」


 そこまで考え、彼はある場所を思い出した。あまり厄介になりたくないが、安全な隠れ家を知っていたのだ。



 ◇*◇*◇



 少し時間が巻き戻る―――


 ファムのあとをアリスに追わせたクリフだが、彼女がいつまで経っても戻って来ない。痺れを切らせて探させると、港の倉庫街で死亡しているアリスと四人の兵士が見つかったのだ。


 クリフは、ファムから受け取った蘇生玉の一つを彼女に使った。


「アリス、大丈夫か?」


「ええ……でも油断した」


「お前ほどの手練てだれでも不覚をとる相手がいるんだな」


 そして部下に指示を出す。


「騎士団に通達しろ! ファムと名乗る少女を捜索して捕らえるんだ。魔術師風の黒装束で細身の刀を携帯している。ハリルとルイスという魔術学園の生徒が一緒にいるはずだ」


 それからしばらくして、宿屋でハリルが捕らえられた。そして反逆罪で牢に入れられたのだ。




「クリフ、事情を説明してくれ!」


「説明する必要はない!」


 ルーシー城の廊下で、マークはクリフに詰め寄りハリルのことで説明を求めた。


「せっかく生きて帰って来たんだ、なぜ牢へ入れる必要がある。しかも反逆罪だ。俺は納得がいかん。これから軍師閣下に会うんだろう。ハリルを釈放するよう頼んでくれ!」


「マーク、これは軍師閣下の判断じゃない。もっと上の意思だ」


「エイベル侯か!」


 エイベル侯は共和国の宰相で最高権力者だ。


「それでもハリルは俺の戦友だ。お前もそう言ってただろう」


「これ以上の問答は無用だ!」


 食い下がるマークを置き去りにして、クリフは軍師のいる執務室へ急いだのだ。




 軍師。それは共和国軍特殊作戦部のトップだ。現在、その職にあるのがケネス・ストラス・ド・サザーランド子爵。三十台半ばの男で切れ者だと評判が高い。


「軍師閣下、クリフ・サンデュ、参りました!」


 カツンと靴を鳴らしクリフが敬礼する。


「ご苦労だったな、クリフ。不老玉を四つ手に入れたのは大手柄だった。宰相閣下もことのほか喜んでおられる」


「感謝します。ですが、ハリルのことは再考してもらえませんでしょうか。反逆罪で牢に繋ぐのはやりすぎだと、部下が反発しています」


 それを聞いて、ケネスは苦渋の表情になった。


「何度も言うが、これは宰相閣下の決定だ。私の要請でもくつがえらない。ハリルを餌にしてファムを捕らえよと直々の命令なのだ」


「でしたらファムを捕らえた後で構いません。釈放してもらえませんか?」


「それも無理だろう。宰相閣下の命令で決まったことだ。誰も変更できない」


「それではハリルは?」


「ファムの逮捕に関係なく反逆罪で処刑される」


 翌日になり、ハリルの処刑が共和国全土に布告されたのである。



 ◇*◇*◇



 ウェグは海上を走る船の甲板かんぱんにいた。


「ウェグさま、もう少しで島に着きます。船室の女はどうしましょう?」


「船長、ルイスは獅子王に引き合わせる。手荒な扱いはするなよ」


「かしこまりました」


 その船はマレル島のもので、船内は共和国の兵士ですら立ち入れない。


(あの島なら安全だ。しかし、ナラフとは長いこと会ってないからな。まあ、それでも追い返されることはないだろう)


 そんなことを考えていると、やがて美しい島影が目の前に現れた。


 マレル島。ルーン海に浮かぶ大きな島で、高級茶葉の産地として知られている。だがそれ以上に重要なのは、この島で大量の金が採掘されることだ。そのため共和国本土より豊かなのだ。




 島に上陸したウェグはナラフに謁見を申し入れ、それは直ぐに許可された。


「獅子王、疎遠になったことをわびよう」


「ウェング、百年ぶりくらいか。構わんさ、お前は俺の盟友だからな」


「感謝する」


 ナラフは獅子の顔をゆがませて笑い、その前でウェグは丁寧に頭を下げた。


「何じゃ、ウェグ。そんなしおらしい挨拶もできるのじゃな」


 声をかけられそちらを向けば、そこには見知った女がいる。


「ファムもここにいたのか。お前のおかげで大変な目に会ったぞ」


「すまぬ。ちと、しくじってしもうた」


 アリスとの一戦で不覚を取ったファムは、痺れる体を引きずりマレル島の船に逃げ込んだ。そして、ナラフに庇護を求めたのだ。


「ところで古い友人に二人も出会った。何用でここを訪れたのだ?」


 ファムとウェグがこれまでの経緯を説明する。


「なるほど、了解した。ここには好きなだけ滞在してくれ。ルイスという少女も賓客として預かろう」


「助かる、しばらく厄介になるとしよう」


「ファム。俺たちはそれでいいが、問題は共和国に捕まったハリルだ」


「ハリル? 誰だ、そいつは」


 大きな獅子の首をかしげるナラフに、ファムが説明する。


「わしのしもべじゃ。まだ子供だが見所があるぞ」


「ほぉ、お前が褒めるとは珍しいな。救出するなら力を貸そうか」


「そうしたいのは山々じゃが、助けるのは容易でない。共和国は強力な武器を完成させておって、わしでさえ不覚を取ったほどじゃ」


「強力な武器? 雷撃の魔剣のことか」


「知っておったのか」


「共和国政府には俺の協力者が大勢いる。そういう情報は筒抜けなのだ」


 ナラフが自慢げに説明する。


「しかしナラフよ、雷撃は厄介じゃ。攻撃範囲が広いうえ、一発でも食らえば動きを止められタコ殴りにされるじゃろう」


「確かに……俺でも滅ぼされかねんな」


「そうじゃ。迂闊な行動は命取りになる」


「しかし、このままだとハリルが処刑されるぞ。魔剣がどれだけ強力でも助けないわけにはいかないだろう」


 ウェグの言葉を聞き、ファムとナラフは腕を組んで黙り込んだのだ。




「ふむ、仕方ない。今回は、わがあるじに助けてもらうとするか」


「聖女か。そういえばルーンシア王宮であいつに出会ったのだが、けんもほろろに追い返された」


「ナラフよ、聖女は記憶を失くしておる。おぬしが嫌いで邪険にしたのではない」


「聖女に何があったのだ?」


「それはわしも知らん。暴竜を封印したあと、あやつの行動は謎が多い―――とにかく今回は聖女に助力を頼む。それでよいな」


 ナラフはしばらく考えた。助力を乞えば聖女に借りを作ってしまう。しかしそれは、彼にとって不快なことではない。


「わかった、聖女自治区に使いを出そう」


 こうして、マレル島の使者としてウェグが聖都に向かったのだ。



 ◇*◇*◇



 竜神宮の客間で、マリはウェグの話を聞いた。


「おおよその事情は呑み込めたわ。雷撃の魔剣の対抗策が知りたいのね」


「そうだ。いかにナラフでも魔剣が相手では分が悪い。あいつは物理攻撃には強くても、魔法攻撃にはからきし弱いからな」


 雷撃が危険なのはマリも知っている。


「雷撃そのものは威力がないけど、体が麻痺するのが問題なのよね」


「それで対策はあるのか?」


「あるわ。麻痺治療の魔法があって、あらかじめ掛けておけば麻痺しなくなる」


「それじゃ、その魔法が使える神官を何人か派遣してくれ」


 彼の要請をしばらく考えていたマリだが、


「そうだ! もっといい物がある」


 そう言って、倉庫からあるアイテムを持って来た。それは黄金に輝く盾だ。


「竜体のうろこが生え変わったの。捨てるのが勿体ないから盾に加工したわけ」


「竜神の盾か!」


「そうよ。魔法を無効化するわ」


 盾を受け取ったウェグは、大急ぎでマレル島へ帰還したのだ。

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