137話 秘湯! ゴブリン温泉

 神秘の森の北東にある小高い山の上で、マリは森全体を見渡し「よしっ!」と自らに気合を入れた。今日からここにゴブリンたちの王国を作るのだ!


 横にいるのはマリーローラ。彼女はマリ以上にやる気満々だ。なにしろ、王国建設の総指揮を彼女が執る。そして、二人の後ろにそびえ立つのが黄金の竜コマリだ。竜神として自覚が芽生えはじめた彼女は、文字通り鼻息が荒い。


 グオオオォォォ――――――ォォオオッ!!


 凄まじい咆哮が神秘の森に響き渡り、無数の鳥たちが大空に舞い上がった! 


「うん、うん。コマリも絶好調ね」




 張り切ってはじめた王国建設だが、いきなり問題が起きてしまった。竜のコマリがそわそわしはじめ、何度もマリを振り返る。「ハッ、ハッ」と嬉しそうに息をする彼女を見て、マリはすぐに状況を察した。


「コマリ、この近くに温泉があるの?」


 竜はブンブンと首を縦に振る。


「マリアンヌ。みなさんの娯楽も必要ですしー、まず温泉宿を建てましょうか」


「仕方ありませんね。ダメだと言ったらコマリの勤労意欲が激減しますから」


 ローラとマリは仲良くため息をついた。自覚が出てきたとはいえ、彼女の温泉好きは別の問題なのだ。




 人手が多いこともあり、温泉宿は三日で完成した。頑丈な防護柵を張り巡らせた宿はちょっとした城塞だ。コマリの獅子奮迅の活躍のおかげで、数十の浴槽を持つ巨大な施設になったのである。


「う~ん。何て気持ちいいんだろう」


 ミアは、初めての温泉にご満悦だ。彼女に抱かれたゴンも、気に入ったのか目を細めて湯につかっている。


「おんせんはすき?」


 コマリがゴンに話しかけた。


「はい、りゅうじんさま……きもちいいです」


「ゴン、この子のことはコマリって呼んでね。その方が喜ぶから」


 コマリを抱きかかえたマリが言う。


「わかりました―――これからは、コマリとよばせてもらいます」


「それと、わたしの隣にいるのがサラ。彼女に抱かれているのがピーよ」


「はじめまして、ミアちゃん、ゴンちゃん。お姉さまの弟子でサラといいます。そしてこの子がピーちゃん。大トカゲの神族なの」


 ピーは、みんなの前で金色のトカゲに変身してみせた。そして、湯船を泳いでゴンのそばまで行く。


「ピッ、ピピピー、ピピッ、ピー、ピピピピ」


 ゴンもそれに応える。


「キッ、キッ、キキキ、キィーキ、キィキィ」


「凄い! ピーとゴンは会話できるんだ」


「そうです……すこしなまっていますが、ピーのことばはボクらとおなじ」


「ママー、コマリもゴンのことばがわかるー。

 ―――クォ、クククォ、クォー、クククォ」


「キッ、キキキ、キキキッ、キーキ」


「ピピピピ、ピー、ピピピピーピッ」


「クククォ、クォク、クォー、クォクォ」


 湯船につかり三人で盛り上がっている。


 あとでローラに聞いたのだが、ゴブリンの言葉は下級魔族言語に近く、魔族の経験があるピーなら話せてもおかしくないそうだ。また、コマリは竜体の能力を使って翻訳しているらしい。


 そういうわけで、コマリ、ピー、ゴンはすぐに仲良くなったのだ。




 温泉で仲良くなったのは彼らだけでない。時間が経つにつれ多くのゴブリンが王国に加わったが、彼らもすぐに打ち解ける。


「裸のおつき合いって効果抜群ね。最初に温泉宿を作って大正解だったかも」


 大浴場で湯につかるゴブリンたちは本当に幸せそうだ。そんな彼らを見ているとマリまで嬉しくなってしまう。そして、コマリもこぼれるような笑顔だった。



 ◇*◇*◇



 温泉の効果で士気が上がったせいか、王国建設は順調に進んだ。特にコマリの働きは素晴らしいの一言だ。


 彼女が森の中でレーザーブレスを放つと、何百本という巨木があっという間に伐採される。それを材木や板に加工するのも一瞬だ。糸のように細いレーザーブレスが舞い踊り、建築資材がどんどんでき上がっていく。


 森の伐採が終わると次は開墾だ。彼女が強めのブレスを吐きながらその場でぐるっと回ると、半径一キロの更地が瞬時に完成する。コマリのブレスをコントロールする能力は、竜神だけあり神業だった。


「あの子がいれば竜族の未来は安泰ですねー」


 ローラは嬉しそうにうなずき、コマリの横にいるガルに声をかけた。


「ガルガンティス、順調なようですねー」


「ああ、ローラさまか。見ての通りだ。王国に必要な建物は予定より早く完成するだろう。ゴブリンたちも頑張っているからな」


 現場監督を任された彼の周囲では、千匹以上のゴブリンが作業をしている。


「お母さま、ゴブリンも順調に増えています」


 マリも満足そうに微笑んだ。


「予定通りですねー。今はまだ数千匹ですが、すぐに数万匹になるでしょう。目標の十万匹も夢ではありません」


 そう言ってローラが後ろを振り返れば、そこにはサンドラが控えている。


「サンドラ、食料の方はどうですかー?」


「こちらも順調です。空間の門を使い各地から穀物を買い付けています」


「相場が上がらないよう、少しづつ手広く集めてくださいねー」


「はい、心得ています」


 彼女はメイにも話しかける。


「メイ、食料を買うだけではいずれ破綻してしまいます。農耕の方はどうなっていますかー?」


「技術の伝承なので時間が掛かっていますが、問題は起きていません。ゴンさまは呑み込みが早く、彼を通して多くのゴブリンが農作業を覚えています。今年の秋には最初の収穫が得られるでしょう」


「それは嬉しいですねー。農耕はとても大事で、これに成功すればゴブリンは大きく成長できるでしょう」


 ローラの言うように、狩猟生活から脱却できなければ十万匹の群れを維持することなど不可能だ。ましてや、王国など絵に描いた餅にすぎなくなる。


「お母さまは、本気でゴブリンたちの国を作るつもりなのですね」


「そうですよー。多くの種族が繁栄してアルデシアが豊かになりました。ゴブリンにも、ようやくその順番が回って来たのでしょう」


 母の言葉にマリはうなずくのだった。



 ◇*◇*◇



 マリたちが、ゴブリン王国の建設を始めて三か月過ぎた。ゴブリンの総数五万匹、温泉をはじめ多くの建造物が立ち並ぶ城塞都市がついに完成したのである!

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