96話 魔王アザゼル

 レスリーが城塞の広場に着いたとき、そいつは城を背にして悠然と立っていた。


 魔王アザゼル!!


 身の丈四メートルの巨体を持ち、頭には二本の角が生えている。二つ目の巨人族で、浅黒い肌は分厚い筋肉の鎧だ。


 彼は巨大な剣を肩にかつぎ、レスリーに向かって怒鳴りつけた。


「久しいな、レスリーよ! やはり、お前が仕組んでいたか!!」


 レスリーは答えず、黙って彼を見つめている。


「三百年前、魔の森に手を出し惨めに敗走したというのに、人間というのは本当に懲りないな。前は聖女の懇願もあって見逃してやったが、今回はそうもいかん。俺は、暗黒樹などという姑息な手を使う奴が大嫌いなのだ!」


「アザゼル、エマニュエル卿はお前と話すことなど何もない! わたしが相手をしてやるからさっさと掛かって来なさい」


 挑発するのはリリンだ。


「その言葉、後悔するなよ!」


 次の瞬間、アザゼルとリリンの間合いが一気に詰まった! そして、巨大な剣が渾身の力で振り下ろされたのだ。


 ガシュ―――ンン!! 強烈な一撃をリリンの魔法シールドは受け切った!


「ほぉ! こいつは驚いた。その小さな体で俺の剣を止めるとは称賛に値するぞ。きさま、名を何という?」


「リリン! お前が余裕なのは今だけよ」


 シールドを形作っていた魔力が、そのまま鋭い刃となってアザゼルを直撃した! 

 だが、それは黒光りする肌にあっさりと跳ね返されてしまう。


「さすがね。今の衝撃波で傷一つ付かないなんて、防御は互角かしら」


「何が互角だ。お前のシールドは大量の魔力を消費するのだろう。いつまで俺の攻撃を防いでいられるか、試してやる!」


 アザゼルの連続攻撃が始まった。リリンはそれらをすべていなすが、顔には苦悶の表情が浮かび上がっている。その攻防は壮絶で、他の者たちはただただ唖然としていた。


「バフォメット、雷撃魔法を!」


 レスリーの声で我に返ったバフォメットは、両腕から雷撃を放つ! だがそれも効果がない。


「フハハハ! お前たちは俺のことを何も知らないのか? 俺はあらゆる攻撃に耐性がある。その程度で倒すことなどできんぞ!」


 笑いながら突進するアザゼルを、リリンが真正面から受け止める。二人の激突で周囲に衝撃波が巻き起こった。


「みな何をしている! リリンが抑え込んでいるあいだに攻撃するのです! 関節や首筋、弱そうな部分を集中的に狙いなさい!!」


 しかし、どこを攻撃してもアザゼルは小揺るぎもしないのだ。




「これは凄まじいのぉ!」


「うん。獅子王さまも打たれ強いけど、魔王アザゼルも負けてない」


「防御だけならナラフの方が上かもしれんが、アザゼルは、それに加えて凄まじい攻撃力がある。最強とうたわれるわけじゃな」


 ファムとハリルは城の屋根に登り、戦いの様子を見守っていた。


「どう決着すると思う?」


「防御役の女魔王の魔力次第だね。あの魔法シールドが破られない限り、侵攻軍が負けることはないんじゃない」


「そうじゃな。だが逆に言えば、シールドさえ無力化できればアザゼルの勝ちじゃろう。さて、奴はどうするか?」




 戦いは長引きはじめていた。


「想像以上に手こずる。リリンという女のシールドはさすがだが、厄介なのはやはりレスリーだ」


 アザゼルが言うように、他の合成魔王を攻撃してダメージを与えても、すぐにレスリーが魔法で回復してしまう。


「聖女には悪いが、あいつを殺すしか決着させる手立てがないようだ。仕方ない、少々本気を出すか!」


 アザゼルは大きく振りかぶり、そして全身の力を込め剣を振りおろした!


「この筋肉バカが! わたしの魔力はまだある。何度やっても同じ……」


 刹那、リリンはシールドを張ったまま空中に跳ね飛ばされたのだ!


 アザゼルは振り下ろした剣で地面をえぐり、彼女を土砂ごとすくい上げるように放り投げたのである。


「フハハハ、地面の下まで防御シールドはなかったようだな!」


 勝ち誇ったように笑うアザゼルとレスリーのあいだには何の障害もない。彼は、猛然とダッシュすると一気に間合いを詰めた!


「死ね! レスリー!!」


 しかし、レスリーも不気味に微笑んでいる。


「かかりましたね、アザゼル! このときを待っていたのです」


 彼の持つ杖からまばゆい閃光が走った! 

 それはアザゼルを直撃し、彼の右半身を持っていた剣ごと蒸発させたのだ。




「ファム!!」


「ああ、見ておった! 竜神さまのブレスと同じものじゃ。あの杖は、それを再現できるらしい」


「これが奥の手だったんだね」


「これを効果的に使うため、わざと苦戦して見せたのじゃろう」




 アザゼルはうずくまりうめいている。


「ほぉ、それだけの傷を負ってまだ生きているのですか?」


「フフ、俺はしぶといんでね」


「しかしこれで最後です!」


 レスリーが杖を構え再び閃光が走ろうとしたときだ!

 それは急激に輝きを失い攻撃が不発に終わったのである


 突然のことに全員の注意が杖に向く。そのわずかの隙をついて、アザゼルは大きくジャンプすると城壁を越え包囲網を突破した。そして、魔の森の奥深くに逃げ込んだのだ。




「しくじりました。この杖でも神聖ブレスを二発連続で撃てないようです」


「エマニュエル卿、まだ間に合います! アザゼルを追撃する許可を」


 バフォメットが叫ぶ!


「いえ、それには及びません。すでに彼は脅威ではない。それよりこの城塞を制圧する方が優先です。魔族が約束を守るとは思えませんから」


 彼が言うように、魔族は約束を反故ほごにして降伏しなかった。しかし、ザエル城塞を奪還しようともせず姿を消してしまったのだ。


 魔王アザゼルに勝利した侵攻軍は、城塞を完全に占拠した。数多くの物資が運び込まれ、ここが魔の森を制覇するための拠点となるのである。

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