135話 ゴブリンの王子、ゴン

 闇結晶とは闇魔力が結晶化したもので、それ自体に膨大なエネルギーが秘められている。魔族たちのかてであり力の根源だ。本来なら人間に必要のないものだが、彼らはそのエネルギーを軍事利用する技術をすでに持っている。神秘の森から魔族がいなくなれば、闇結晶を求めて押しかけて来るだろう。


「ダンジョンに残っている闇結晶を人間に渡すのは危険だわ。あれだけの量が流出すれば社会が混乱するし、他の種族にも迷惑をかけかねない」


 マリは、ふーっとため息をもらした。


 アマルモンたちの代わりに、闇結晶を管理できる人材を探さなくてはならない。そう決心したマリは行動を開始したのだ。




「手を貸してやりたいのは山々だが、俺たちでは無理だな」


 マリの頼みを断っているのは、ウェグ・ウルフマンだ。


「どうして、ウェグ? ウェアウルフ族を再興するいい機会じゃない」


「確かに悪い話じゃない。神秘の森は豊かだし、一族を増やせば闇結晶くらい守れるだろう」


「だったら、なぜ?」


「マリ、お前は肝心なことを忘れてないか。俺は神族だ。一族も神聖種族なんだぞ。闇魔力の濃い森で生活できるわけないだろう」


 オオカミはアルデシアでも神格が高い。


「あちゃー、そうだったわ。ウェグって目つきが悪いから、魔族だと勘違いしちゃうのよね」


「お前は共和国までケンカを売りに来たのか!」


 マリは両手を合わせて謝った。


「そんなことより子供たちを見てみろ。素晴らしい成長ぶりだろう」


 二人がいるのは、ルーシーの東にあるオークの狩場だ。そして、目の前では七人の小さな冒険者が狩に夢中になっている。ウェグの言うように、彼らの実力は飛躍的に上がっていたのだ。


「凄いわね。あの子たちのスピードにオークは手も足も出ない」


「ああ、そこは重点的に鍛えたからな。子供だから力はないが、スピードだけなら冒険者ランクA並みだ。攻撃力は魔術師がカバーしている」


 様子を見ていると、オークを盾と剣でほんろうする。そして魔術師三人が隙をみつけ、急所に小さな炸裂魔法を撃ち込む。オークは三匹いたが、わずか数分で彼らの獲物になったのだ。 


 狩が終わり、子供たちがマリのそばに来た。


「お久しぶりです、マリ」


 リーダーのニールが挨拶する。それに続いて、六人の子供たちもマリに向かい頭を下げた。


「ニール、ナナ、ダニー、ロス、イルダ。それに、ホビー、ジム。みんな元気にしてた?」


 マリは子供たちを抱きしめ再会を祝う。


「あら? そういえばミアがいないわね」


 その言葉にニールがうつむいた。そして小声で事情を説明したのだ。


「実は、ミアと喧嘩していて」


「へっ、どうして? 何が原因なの?」


「説明するより見てもらった方が早いです」


 ニールに案内され、マリはミアのいる場所まで行くことになった。




 西に十分ほど歩くとそこにミアはいた。マリを見つけかけ寄って来る。


「マリ! 会いたかったわ」


「ごめんね、ミア。いろいろと忙しくて会いに来れなかったの」


 いつもは頻繁に会っているマリとミアだが、バフォメット討伐で忙殺され、まったく会うことができなかった。


「いいわよ、マリは聖女さまだし忙しいことだってあるもの。

 ―――それより相談したいことがあって」


「相談?」


 マリが改めてミアを見れば、幼い子供を抱いている。よく見ると、それは人ではなくゴブリンの赤ちゃんだ。まだ生まれて間がないのか、大きな目がクルクルしていて可愛らしい。


 マリは、思わずその子を抱きしめてしまった。


「ねっ、可愛いでしょう! 名前はゴン。あたいが付けたんだ」


 ゴンは人懐っこく人間に怯える様子はない。そんな彼をマリは笑顔であやした。そして、ミアとニールに事情を聞いたのだ。




「なるほど。オークに殺されたゴブリンの赤ちゃんを、ミアが蘇生魔法で生き返らせたのね」


「だって可哀想だったんだもん」


「ミア、それはわかるけど魔物を飼うことはできないんだ」


 ニールが難しい顔でミアをさとした。


「そっかー。そのことで意見が割れ、二人は喧嘩してるわけね。

 ―――わかったわ。ゴンはわたしが保護してあげる。ミアと離れられないなら、あなたも一緒に聖都へいらっしゃいな。歓迎するから」


「マリ、話はそう単純じゃないの」


 うなだれるニールに代わり、ナナが説明する。


「ほら、ミア。他の仲間も紹介してあげなさい」


「うん、わかった」


 ナナにうながされ、ミアはピ―――ッと指笛を鳴らした。すると、物陰からゴブリンたちがゾロゾロと現れたのだ。その数なんと三百匹。


 そして、彼らはミアの前で整列したのである。

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