24話 殿下と姫殿下
アルベルト殿下が捕縛された三日後、マリはミスリーへ帰還した。サイラスの報告をするため旅支度も解かず宰相のところへ向かう。
執務室を訪れるとそこは戦場だった。大勢の武官や文官が議論をしている。宰相はマリを見ると席を中座して歩いて来た。
「聖女さま、申しわけありません。ご覧のように慌ただしく、ゆっくりお相手できません」
「構いません。仕事の話ですから手短に済ませましょう」
「そうしていただけるとありがたい」
マリは、宰相の耳元で結論だけを話した。予想通りガルガンティスが現れたこと、同じように暴竜が復活する可能性が高まったことを伝える。
「悪い時には悪いことが重なります」
「しかし、考えようによっては幸運です。明日、というわけではありません。その日まで時間を稼げたと考えましょう」
「前向きですな」
「それに、暴竜については少人数のパーティーで解決できます。わたしに任せてくだされば、すべて上手くやってみせましょう」
「暴竜を大したことでないように語られるとは、やはりあなたは聖女さまです。いいでしょう、暴竜の件は一任いたします」
「ありがとうございます、閣下」
「今回はご苦労でした。ゆっくり休まれてください」
そう言い残し、宰相は会議の輪へ戻って行ったのである。
◇*◇*◇
自室に帰るとサラがかけ寄り抱きついて来た。そんな彼女をマリも抱きしめる。
二人で食事をしながらサイラスのことを話して聞かせた。二日酔いのことは正直に教えたが、ガルガンティスのことは触れない方がいいだろう。
しかし奇妙な体験だったな―――マリは思わずニヤニヤしてしまう。
「お姉さま、何かよいことがありました?」
「サイラスで奇妙な二人組に出会ったのを思い出したの。大したことじゃないから忘れてね」
「わかりました。そういえば、お姉さまが酔い覚ましの魔法を知らなかったのは意外です」
「そう?」
「ミスリーの神官ならみんな使えるんですよ。見習い神官が宴会の季節に家々を回って、銅貨1枚で治療するんです。わたしも小さなころよくやってました」
「そうなの、その頃のサラを見たかったな。そうだ、次の休みに酔い覚ましの魔法を教えて」
「はい!」
サラの喜ぶ顔を見るとマリも嬉しくなる。
「でも、お姉さま。酔い覚ましの魔法を覚えても二日酔いはダメですよ」
◇*◇*◇
翌日、マリは宰相に呼び出された。執務室に入るとクリスとグレンがすでに来ている。そしてもう一人、マリの知らない金髪の若い男がいた。
「聖女さまが来られた。始めようか」
宰相は出席者を見渡す。
「聖女さまは初対面ですから紹介しておきましょう。こちらはルーンシア王国の第二王子、アルベルト殿下です」
宰相が紹介したにもかかわらず、殿下はふてくされた顔でそっぽを向いている。状況がわからず目をパチクリしているマリを見て、グレンが説明してくれた。
「殿下がキルエルを牢に引き入れ、女ヴァンパイアを奪還しようとしました。今は国賓でなく、スケルトン襲撃事件の容疑者としてここにいます」
自分を暗殺しようとした女ヴァンパイアを、ソフィとグレンが捕らえたことは聞いている。それを殿下が逃がそうとした? キルエルと一緒に?
「すると、スケルトンを裏で操っていたのはルーンシア王国ってことですか?」
「殿下が関わっているのは確かですが、王国全体がそうであるとは限りません」
宰相の言葉を聞き、アルベルト殿下が冷ややかに笑う。
「証拠をつかむため、私を拷問するのか?」
「そんなことはしません」
「では、どうする気だ? 何もしゃべらないぞ」
「我々に協力していただけませんか?」
「そんな気はない!」
強く言い放つ殿下を見て、宰相はふーっと息を吐き出した。
「仕方ありませんな。殿下をこれ以上拘束しても意味がない。外交問題になるだけです。このあと釈放しますから、自由になさってください」
「ずいぶんとものわかりがいいな」
「ですが、殿下はこのままで本当によろしいのですか? 神国は力になりたいと考えていますし、ここには聖女さまもおられます」
殿下はしばらくマリを見つめていた。
「聖女さまにおうかがいします」
「何なりと」
「ヴァンパイア化された人間を元に戻すことは可能でしょうか?」
「残念ですが可能性は低いでしょう」
「聖女さま、部下が闇に汚染されそうになったとき助けていただきました。可能性がまったくないわけではないでしょう」
ルリのことを思い出し、グレンがたずねた。
「あの時は、闇汚染の初期段階だったので治療できました。闇の力は神聖魔力と反発し合い、強引に使えば最悪死に至ります。ヒールでアンデッドが崩壊するのをご存知でしょう」
「初期なら治せるというのは本当ですか?」
殿下がすがるような目でマリを見た。
「症状を診てみないと何とも言えませんが、治せる可能性は高まります」
「聖女さま、お願いがあります! 治せるかどうか
「それは構いませんが、ルーンシア王宮へ行くことはできませんよ」
「いえ、妹はこの城にいます」
殿下の発言に全員が驚く。
「殿下、もしかして我々が捕らえている女ヴァンパイアは……」
クリスが声を震わせながらたずねると、殿下は大きくうなずいたのだ。
「妹のフェリシアです」
◇*◇*◇
部屋の全員が地下牢獄に向かった。
牢の中にはあの女ヴァンパイアがいて、グレンを見るなり
(家族の情愛で、ここまで闇の力が抑え込まれるものなのね)
マリは治療が可能なことを確信する。
「殿下、治せるかもしれません」
「本当ですか!」
「ですが、体が耐えきれず死亡する危険があります。それでも治療しますか?」
殿下は激しく迷い、ヴァンパイアになった妹のフェリシアを見た。すると、彼女は首を縦に振り治療に同意したのだ。
「お願いします、聖女さま!」
マリは呪文の詠唱を始め、光の粒子が渦となってフェリシアを包み込んだ。そして彼女は激しい悲鳴を上げだした。
「属性が真逆に変わろうとしています。体への負担はかなりなもの。こうなるのが当たり前なのです。ここは辛抱されてください」
クリスが殿下をなだめる。
やがて呪文が終わり光の渦が消え去ると、そこには黄金の髪をもつ美しい娘が横たわっていた。
「治療は成功しました。もう安心です」
フェリシアは気を失っているものの、その息づかいは穏やかだ。それを確認した殿下は、マリの前まで来て片膝をつく。
「私、アルベルトと妹のフェリシアは、あなたに生涯の忠誠を誓いましょう」
そして、マリの手を取り口づけしたのである。
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