43話 小さな冒険者たち

 マリと八人の子供たちは、西の森を目指して歩きだした。


 パーティーメンバーを紹介しておくと、

 リーダーは剣士のニール、十歳。

 サブリーダーは女魔術師のナナ、十一歳。

 盾持ち戦士のダニーとロス、十歳と九歳。

 女剣士のイルダ、九歳。

 幼い魔術師のホビーとジム、七歳と六歳。

 これに神官のミア、六歳が加わる。


 マリは、おまじないだと言って彼らにアナライズを使ってみた。アナライズというのは対象の能力を分析する魔法だ。


(小さいけど冒険者だけあってみんなバランスがいいわね。ミアもけっこうな魔力を持ってる。これは狩りが楽しみだわ)


 10時ころ森に着くと、子供たちはさっそく狩りの準備を始めた。マリは狩りに加わらず、荷物を背負ってパーティーの後を追う。彼らが狙うのはウェアウルフという狼の獣人でかなり強い。大人の冒険者でも一人では危険なモンスターだ。


 子供たち七人は、狩りの前に儀式みたいなことをやりはじめた。


「ねぇ、ミア。あれは何をやってるの?」


「あんた、何も知らないのね」


「初めて見たのよ、教えてくれない」


「仕方ないわね、あれって強化術なの。ちょぴりだけど能力が上がるのよ」


 マリはアナライズを確認してみる。


(本当、いくつかのステータスが三割ほど上がってる。ガルさんの強化と同じね)




 そして狩りが始まった!


 ここはウェアウルフの集落から離れていて一匹だけの個体が多い。そんな標的を見つけると、子供たちは慎重に周囲をうかがう。近くに仲間がいて合流されたら子供の手に負えない。この見極めは命がけで、彼らの顔つきは真剣そのものだ。


 一匹なのを念入りに確認し、ダニーとロスが盾を持って挑発する。興奮したウェアウルフの注意が二人に向いたら、残りの子が背後から一斉に襲いかかり短時間で仕留めるのだ。


 マリは子供たちを観察した。気になったのは金髪の女魔術師ナナで、彼女の動きはマリの目を釘づけにした。両手を優雅に動かしながら素早く標的に接近し、至近距離から小さな攻撃魔法を体に撃ち込む。それはまるで舞踏のようだ。


 あとになって知ったが、これは現代魔術と呼ばれる最新式の魔術だ。


「これなら消費魔力が少ないし、タメが不要で連続して使えるわね」


 彼女は、共和国の冒険者のレベルの高さに改めて感心したのである。




 戦闘が終わると、ミアがメンバーに駆け寄りケガの治療をする。しかし、ヒールを使ったのは数人で残りは放置だ。


「全員にヒールを使わないの?」


「はぁ、あんた素人? 小さな傷にヒールをかけてたら魔力が持たないでしょう」


「ああ、そうか。気がつかなかったわ」


「これだから駆け出しは困るのよね!」


 怒るミアにマリは頭が上がらなかった。




 この日の狩りは午後4時で終了し、成果はウェアウルフ四匹だ。


 子供たちは意気揚々とルーシーへ引き上げ、冒険者ギルドで認証部位(狩ったことを証明するモンスターの体の一部)を渡し報酬を受け取る。ウェアウルフ一匹は銀貨一枚だ。八人で分配すると一人当たり銅貨五枚。マリの日当の銅貨一枚はミアが渡してくれた。


「ねぇ、みんな。わたしが食事をおごるわ。好きなものを注文して」


「気持ちは嬉しいけどお金は大事なの。無駄遣いしちゃダメだからね」


「わたしは大人よ。それくらいのお金なら持ってるって。それに、ミアにはいっぱい教わったからね。お礼をしないのは心苦しいわ」


「そう、じゃ遠慮なくご馳走になるわ」


 大きなテーブルについてマリは料理を大量に注文した。それでも食べ盛りなのだろう、料理はあっという間になくなり追加注文したほどだ。


「そういえば、マレル島におっかない魔王がいるって噂を聞いたんだけど」


 子供たちに、それとなくナラフのことを聞いてみる。共和国を訪れたの目的の一つがナラフの調査だ。


「本当にマリは何も知らないのね!」


 またミアに怒られる。


「獅子王さまは魔王でなく、マレル島を統一した英雄です」


「お兄ちゃんの言うとおりよ。マリでも、獅子王さまのことを悪く言ったら許さないからっ!」


 ミアが口は尖らせ、他の子も同じように言う。


「ごめんなさい。そんなに偉い方だと知らなかったの。許してね」


「いいですよ、マリ。貴族たちは獅子王さまと対立していて、彼らが悪い噂を流してるんです」


 ニールの話では、共和国政府とナラフは犬猿の仲らしい。しかし庶民の間で彼の人気は高く、特に子供たちのあいだでは絶大な人気だそうだ。


(何ごとも自分で調べないとわからないものね)


 マリは、意外な事実に驚いたのだった。



 ◇*◇*◇



 翌日、マリは再び子供たちと狩りへ出かけた。


 昨日と同じように、彼らにアナライズを使ってステータスを確認する。じつは昨日の狩りのあいだ、こっそりミアに魔力を注いでいたのだ。残留魔力の効果を確かめる必要があった。


(予想以上だわ、魔力の伸びが二倍を超えてる)


 マリは、ミスリー神殿で同じことをやった経験がある。幼い女神官たちの魔力を上げ、蘇生魔法を教えようとした。しかし、遺体を前にするとみんな逃げ出してしまい、教えることができなかったのだ。


(幼女に遺体はきつかったかな。でも、ミアなら気合で蘇生魔法を覚えるかも)


「どうしたの、あたいの顔に何か付いてる?」


「ごめんなさいね、じっと見たりして。ミアは立派な神官になりそうだな、って想像してたの」


「当たり前でしょ! あたいはお金を貯めて十歳になったら神国へ行くわ。そして神殿の最高位神官になるんだから」


「ミアは神国へ行きたいの?」


「冒険者の本場はルーシー、神官の本場はミスリーって決まってるの。一流になろうと思ったら、それに相応ふさわしい場所があるわ」


(なるほど、ミアはしっかりしてるわね)


 早くこの子が神国へ来ますように……マリは両手を合わせお祈りするのだった。




 その日の狩りも順調でウェアウルフを五匹も狩った。マリは帰り際にまたご馳走する。そんな毎日を繰り返すうちに、子供たちはすっかりなついていた。


「ねぇ、マリはずっとルーシーにいるの?」


 食事中にジムがたずねる。


「ごめんねー、もうしばらくしたら故郷へ帰らないといけないの。次に来れるとしたら秋かな」


「そうなんだ……」


 ジムだけでなくミアもうつむいた。


「ミア、わたしと離れるのが寂しい?」


「か、勘違いしないでよね! マリがいないとご馳走が食べられないでしょう。それが残念なだけよ」


 見事なツンデレぶりにマリは感動の涙を流す。


「ああ、それと故郷に帰るのはまだ先だけど、明日は用事があるから狩りに参加できないわ」


「わかった。いつまでもマリに甘えるわけにいかないし、明日は自分たちだけでやってみるよ」


「無理しないでね。そうだ、狩りには行けないけど夕方はここへ来れるわ。明日の夕飯もわたしがご馳走してあげる」


 喜ぶ子供たちを見てその日は解散したのだ。



 ◇*◇*◇



 翌日の夕方、マリは約束通り冒険者ギルドを訪れた。時刻は4時で、冒険者が帰還するにはまだ早く館内は閑散かんさんとしている。マリは掲示板を確認しようとしたが、そこには先客がいた。


「ミア、今日はずいぶん早かったのね」


「あ、マリ。狩りは中止になったの。みんな疲れてたし、最近は順調でいっぱい稼げてたしね」


 マリはミアを誘って小さなテーブルにつき、飲み物を二人分注文した。


「今日はニールと一緒じゃないの?」


「お兄ちゃんはナナとデートだよ。あの二人はデキてるんだ」


「へぇ、ニールも隅に置けないわ」


 他愛もない話をしていると、いつものメンバーが集まり食事が始まった。子供たちもニールとナナの仲は知ってるらしい。


「今日は来ないよ。ナナの家に行くんじゃない」


「え? デートで遠出するからまだ帰ってないだけだよ。間に合えばここへ来るって言ってた」


 みんなで二人の噂をしていると館内がざわつきだした。ダニーとロスが冒険者のあいだを回り情報を集める。


「大変! 西の森のウェアウルフが集結してるって。ギルドで討伐隊を編成してる」


「ウェアウルフならすぐに討伐されるよ。ここの冒険者は強いからさ」


 子供たちは心配してないようで、マリはホッと胸をなでおろす。


 しかし、すぐにそれが間違いだと気がついた。

 ミアを見れば、顔が真っ青だったのだ。

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