128話 戦う竜神さま!

 かつて、魔王サタンの居城であったタナトス。7月1日、まだ日も昇らぬ早朝。マリは四千の魔族軍と一緒にその城塞を取り囲んでいた。


「マリ、城塞には五千のバフォメット軍が籠城している。こちらは俺の兵が二千、ベリアルの兵が二千。城攻めには少々厳しいぞ」


 指揮官のアザゼルが彼女に報告する。


「アザゼル。あなたとベリアルに四千の兵を用意してもらったのは、戦うためじゃない。敵軍をけん制できればそれでいいのよ」


「それはわかるが、けん制するだけではバフォメットを倒せないだろう」


「それはちゃんと考えてあるって」


 マリは笑いながら説明する。


「敵を一か所に引きつけ、その隙にナラフ率いる討伐隊が城へ突入する」


「陽動をやるのか」


「そう、それにうってつけな人材もいるしね」


 マリは抱いているコマリを見た。


「コマリ、今日は思いっきり暴れなさい。ママが特別に許してあげる」


「あい!!」


 彼女は元気いっぱいに答えたのだ。




 アザゼルと話しているとナラフがやって来た。


「マリ、こちらの準備はできたぞ」


 彼の後ろには討伐隊のメンバーがいる。


「ナラフ、ベリアル、ファム、ハリルくん、それにイフリータ、サラ。この作戦の成否はあなたたちに託されているわ」


 そして全員を見渡す。


「特にベリアル。オセは瞬間移動を使うから、あなたがいないと対応できない」


「任せておけ。同じ瞬間移動でも能力は俺たちの方が上だ」


「兄さまの言うとおりです。格の違いを見せつけて差し上げますわ」


 兄さま、姉さま、二体のベリアルが言う。


「ファム、ハリルくん。わたしの剣の中でもあなたたちが最強よ。二人でダメだったらバフォメット討伐は誰にもできないわ」


「何じゃ、マリ。柄にもなく褒めおって。おだてても何もでないからな!」


「マリさま。ファムも僕も、期待に応えられるよう全力でがんばりますから」


 憎まれ口を叩くファムをハリルがフォローする。


(この二人なら大丈夫ね)


 マリは苦笑いしながらも、そう確信した。


「イフリータ、サラ。バフォメットとの戦いは壮絶な攻防になるわ。ナラフの治療も大事だけど、まずは自分の身を守ってね。二人のうち一人でも倒れたら、そこで作戦は失敗だから」


「わかりました、お姉さま」


「聖女、サラちゃんは必ず守って見せます。だから安心してちょうだい」


「お願い」


 マリは二人を抱きしめる。


「ナラフ。何度も言うけど、あなたの役割がいちばん大事で、そしてもっとも危険なの。大変だろうけどみんなを守ってあげて」


「ああ、友の信頼に全力で応えてみせよう」


「ありがとう」


 二人はしっかりと握手する。




 そして、マリは最後の集団に話しかけた。


「お祖母さま、みなさんの案内をお願いします」


「マリアンヌ、必ずわしが連れて行く。アローラをはじめ、ガルやサンドラ、ウェグなど一流の護衛がついておる。問題ないじゃろう」


 それから彼女は美しい少年を見た。


「妖精王さま、最後の仕上げを頼みます」


「ああ、引き受けよう。その代わり今度こそ胸を揉ませるのだぞ」


「オベロンさまっ、まだそんなことを言っているのですか!」


 シルフィに怖い顔でにらまれ、オベロンはサッと目を逸らした。


「オベロンは相変わらずじゃな」


 そう言って笑うのは玉藻前だ。


「聖女よ。こんなセクハラ男でもわらわたちが守るゆえ、大船に乗ったつもりでいるがよい」


「マリ。私たちがついていれば、敵魔族が何人いようと大丈夫ですよ」


「玉藻前さま、ヨームさま。神界でも最強のお二人なら心配ありません」


 マリは二人に向かい深々と頭を下げたのだ。



 ◇*◇*◇



 やがて東の空が白みだし、作戦の開始時間がやって来た。マリは抱いているコマリに言い聞かせる。


「アルデシア最大の戦いが始まります。開戦の鐘はあなたが鳴らすのですよ。

 ―――さぁ、行きなさい。新しい竜神の力を見せつけるのです!」


 コマリは、マリの腕から飛び上がると黄金の竜に変身し、激しい咆哮を上げながらタナトス城塞に舞い降りた!


 バフォメット軍はひるむが、すぐに態勢を立て直す。そして、千を超える魔族がときの声を上げながら巨大な竜を目がけて押し寄せたのだ!


 ウオオオォォォ―――ッ!!

 オオオオオォォ―――ォォオオオッ!!


 だが次の瞬間! レーザーブレスが豪雨のように彼らに襲いかかる!


 それはもう戦いと呼べるものではなかった。敵軍はなす術なく戦闘不能にされ地面を転げ回っている。ブレスをかかいくぐり接近した魔族もいたが、すべての魔法を無効化され叩き落とされたのだ。




「のぉ、ヨルムンガンド」


「どうした? 玉藻前」


「わらわは竜神さまが戦うのを初めて見たが、これほどとは知らなんだ」


「安心しろ。驚いているのは私も同じだ。マリから聞いたが、あれでも威力は抑えてあるらしい」


「威力はともかく凄まじきはブレスの精度よ。無数に乱射しておるのに、すべての攻撃が急所を外し確実に敵の力を奪っておる」


「慈悲深いのさ、竜神さまは」


「慈悲深い? 違うぞ、ヨルムンガンド。竜神さまに逆らえば死ぬことすらできずに服従させられる。聖女はわらわたちを脅しておるのであろう」


「そうかもしれん。だが今は仕事をしよう。オベロンを敵から守るのが役目だ」


「そうじゃな。敵が残っておれば、の話だが」


 そう言いつつ、玉藻前は九尾の狐に変化した。それを見たヨルムンガンドも巨大な蛇に姿を変えたのだ。




 同時刻、アザゼルも竜神の力に戦慄していた。


「予定変更だ! 竜神に撃たれた敵魔族を救護するぞ、急げ!!」


 彼が指示していると、目の前に一人の魔族が落ちて来た。正確に羽と足を打ち抜かれ、戦うことはおろか身動きすらできない。


「聖女よ、これはちとやりすぎだ!」




 やりすぎた、と思っているのはマリも同じだ。


「陽動だから派手に暴れてくれた方がいいけど、これは度を越えてるわ」


 味方魔族でさえ、コマリの戦闘力の凄まじさにドン引きしていた。敵に同情している者も多く、アザゼルは救助隊を作り負傷した魔族を手当している。


「思いきり暴れていい、なんて言うんじゃなかった。苦労して魔族と仲よくなったのに、これじゃ台無しだわ」


 嬉しそうにブレスを放つコマリ見ながら、マリはがっくりと肩を落としたのだ。

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