第67話 暗殺者との戦い

 ベータを助け出したことはメイガスさんの魔法で全員に伝えられた。


 そこからは早い。

 皆が本気を出せば冒険者崩れの傭兵なんて何人いようと敵じゃない。

 あっという間に相手を叩きのめした。


 最も危険だったのはアラクネらしい。

 二本足から八本足に戻ったアラクネはショッピングモールという閉鎖空間を縦横無尽に動き回り、糸で一人一人捕縛していく。そもそもアルファの姉妹とも言えるベータを捕まえているということで怒っていたのだろう。

 それはもう酷い状態だとアランは顔を引きつらせて言っていた。


 傭兵たちの制圧は簡単に終わったのだが、キールと護衛の暗殺者が見つからない。

 アランたちと手分けして探したのだがどこにもいなかった。


「メイガスさん、魔法のロックが破られたわけではないんですね?」

「破られると警報が鳴るはずよー」

「ということは、どこかに隠れていると」


 あまり時間をかけたくないし、これは仕方ないな。


『どこにいるか調べてくれ』

『金貨一枚で』

『払う』

『居住エリアにあるベルスキアの部屋ですね。何かを探しているようです』

『居住エリアは誰かが調べていなかったはずだぞ?』

『幻惑のアーティファクトを使っていますので一部屋少ない状態になってます』


 そんなアーティファクトがあるのか。

 よし、ならすぐに行って捕まえよう。


『行くなら気を付けた方がいいですね』

『あの暗殺者は俺より強いってことか』

『それもありますが、向こうも奥の手があるようです』

『情報をサービスしてくれ』

『まあ、いいでしょう。四天王シェラが作り出した薬をいくつか持ってます。毒、麻痺などの症状を起こす無味無臭の薬があるようです。ほかにも多くのアーティファクトをいくつか持ってます』

『アイツ、ろくなものを作らないな』


 シェラはちょっと危ない薬剤師とか調合師。

 薬だけじゃなく毒も作れる厄介な奴だ。


 実験が好きなだけなら別にいいけど、倫理観をどこかに置いてきたみたいだから関わりたくない。あれは魔王になりたいというよりも魔王になれば実験を好き放題できるって思っていそうだ。


 そんなシェラが作り出した薬を持っているというなら俺だけで行った方がいいな。

 俺なら金で無効化できる。


 メイガスさんに事情を伝えて、会議室で待機するように伝えた。

 真面目な顔で危険だからと伝えると、少し考えたものの納得してくれたようだ。

 なんで分かるのと言いたげな顔だったが、スキルのことは秘密だ。


 居住エリアにやってきたが、特に違和感はない。

 スキルが言うには幻惑のアーティファクトが使われているとか。

 普通に見ても駄目ならやってもらうしかないな。


『俺の目を一時的に魔眼にしてくれ』

『一日で金貨一枚です』

『じゃあ、それで』

『しました』


 目が少し熱くなると、一瞬廊下がゆがんだが、すぐに戻る。

 ただ、先ほどまで何もなかった壁に扉が現れた。


 木刀を構え、身体強化の魔法を起動した状態でその扉を開く。

 直後にナイフが飛んでくるが、それを木刀で弾いた。


 そう来ると思ってたよ。


 部屋の中にはキールと暗殺者がいたが、驚いているのはキールだけだな。

 暗殺者の方は不敵に笑っている。


「やれやれ、面倒なお人がいたもんだ」

「お取込み中に悪いけど、ベルスキアさんが待ってるんで来てくれないかな」

「弱そうに見えるのになんだか怖い人ですね……キールさん、まだですかい?」

「まだだ! 商会紋の印さえ見つかれば……!」


 商会紋の印ってなんだっけ?

 魔法的な契約を行使させるハンコみたいなものだったか?

 ベルスキアの商会紋なら商会の取引に関してすべての権限があるとかないとか。


 実力じゃ後継者になれないから物理的になろうって魂胆か。

 やっぱり小者だね。


「見逃してくれませんかね?」

「見逃す理由がないかな」

「そこをなんとかお願いしますよ。お金なら払えるだけ払いますので」

「それは貰うけど、その上でアンタらを捕らえて謝礼を貰うよ」


 俺って悪党だね。

 まあ、魔族だし、仕方ないね。

 それに矢に何回も当たって結構金貨が減ったから補充しないと。


『たいして減ってませんよ』

『その気のゆるみが命取りなんだよ。使った分くらいは回収しないとな』


 さて、時間をかける理由はない……いや、待て、向こうがあったのか。

 無味無臭の毒を持ってるとか言ってたはずだ。


『俺の体に何か異常があるか?』

『あります。遅効性の毒がじわじわと体内に浸透してます』

『分かってるなら無効化してくれよ』

『いざとなったらしてましたよ。早めに気付いたので金貨一枚で大丈夫です』

『じゃあ、それで』

『無効化しました。今日一日は平気です。おまけで相手の持っている毒類を全部無効化できるようにしてます』

『それはありがたいね』


 そのおまけはありがたいんだが、遅かったらもっと金貨を取られていたのか。

 味方にも気を許しちゃいけないな。


「こんな密室で毒を撒かないでくれるかな?」

「……アンタ、何者です?」

「小者に言う名前はないね」


 一度言ってみたかったセリフだ。

 まあ、小者なのはキールの方だけど、それに従ってるならお前も小者だ。

 さて、言いたいこと言えたしお遊びはここまで。


 加速して一気に詰め寄る。

 暗殺者は両手にナイフを持って応戦してきた。


 俺は剣術というよりも単に振り回しているだけに過ぎないが、相手はそれなりに修練を積んだ上での攻撃だろう。的確に俺の急所を狙ってくる。さらにはナイフに毒でも塗ってあるのか、ちょっと禍々しい色のナイフだ。


 身体強化系のアーティファクトをつけているのか、動きが人間のそれじゃない。

 このまま戦っても勝てないのが分かる。

 仕方ない、今日は大盤振る舞いだ。


『相手のアーティファクトを一時的に無効化できるか?』

『できますが、かなりの数を持ってます。金貨三十枚はかかりますね』

『それは遠隔で?』

『はい。触ってくれれば金貨三枚でいいですよ』

『なら触ったらすぐにやってくれ』

『承知しました。他にはありますか?』


 触れることすらできないレベルなんだが、なんとかやるしかないか。

 ほんの少しでも相手の隙を作れればいいんだが。


 あまり時間はかけたくない。

 嫌だけど、やるしかないな。


『痛覚を遮断してくれ』

『あれは見てるだけで痛いんですけどね』

『実力差から考えてそれしかないんだよ』

『まあ、いいですけど、それなら一時間金貨一枚です』

『やってくれ』

『やりました』


 一番コストパフォーマンスがいいのがこれだ。

 というよりも、金がないときにやれる手段がこれしかなかった。

 ヴォルトにも使ったっけ。


 身体能力を向上させるのもありだが、それでも勝てない可能性がある。

 なら安くて可能性が高い方法をとる。


 木刀でナイフの攻撃を何度も弾く。

 俺が剣士としては大したことがないのと、武器が木刀、さらには防御だけなので暗殺者は動きが大胆になってきた。相手は攻撃にかなり力を入れている。俺の体勢を崩そうとしているのだろう。


 毒のナイフならどこかに掠ればいいだけなのに、俺が弱いと見て雑になったか。

 攻撃を受けて体勢を崩すと、俺の首にナイフを突き刺すように狙ってきた。


 俺も狙ってたよ。


 木刀で受けず、ナイフを左手で受けた。


 痛くないはずなんだけど、手の甲まで貫通しているのを見ると痛く感じる。

 無謀とも言える行為に相手が驚いたようだ。


「あっしの勝ちですね。このナイフには致死性の毒が――」

「俺は魔族だ。そんな毒は効かないね」


 そんなわけないが、こいつが持っている毒はスキルのサービスで無効化中だ。

 後はアーティファクトだけ。


 ナイフが突き刺さったまま、暗殺者の手に握りこむようにして触れた。


『アーティファクトを無効化しました』


 よし、殴ろう――と思ったら暗殺者がナイフをそのままにして後ろへ飛びのいた。


「魔族だったんですかい」

「そっちのキールよりもおっかないだろ?」

「確かに。でも、魔族から買った毒でも殺せないなんて困りやすね。結構な値段だったんですが」

「ぼったくられたんだろ」

「その可能性はありますが、大型の魔物さえ殺せるほど……ん? ぐっ!?」


 なんだ? 急に暗殺者が苦しみだした?


『毒無効のアーティファクトも無効化したので撒いてあった毒が回ったようです』

『ああ、そういうこと。この部屋、毒が充満してるのか』


 暗殺者は床に膝をつくと、俺の方を驚愕の顔で見ている。


「か、かはっ、ア、アンタ、一体……あっしに、何を……」

「アーティファクトを無効化したよ。自分が撒いた毒にやられたみたいだな」

「そ、そんな……できるはず……アンタ、ただの、魔族じゃ……」


 さて、どうするべきか。

 このまま死んでも仕方ないような気もするけど……ベルスキアに任せよう。


『これって助けられるか?』

『死なない程度に毒を弱めることはできます。その手に刺さっているナイフはそこそこいい物なので、それと引き換えにやりましょうか?』

『じゃあ、それで。抵抗できない程度にはしておいてくれ』

『一応触ってください』


 恐怖に怯えた顔で俺を見ている暗殺者に近づき頭に触れる。


『少しだけ解毒しました。これ以上毒が効かないようにもしてます』

『助かるよ』


 左手に刺さっていたナイフが消え、暗殺者はそのままうつぶせに倒れた。


 いかん、痛みはないけど、ナイフが無くなったら左手から血が流れ始めた。

 出血多量で大変なことになったら困る。

 すぐに治さないと。


『治しますよ。暗殺者をギリギリまでしか治さなかったので余裕がありますから』

『じゃあ、頼む』

『治しました。血は戻りませんので食事してください。肉がおすすめです』

『了解。ベルスキアに奢ってもらおう』


 さて、残りはキールだけか。

 たぶん、こっちも毒無効のアーティファクトを使っているのだろう。

 こちらの状況を見ていたようで、キールは震えている。


「こいつみたいに毒で死ぬか、大人しくして俺に捕まるか、決めていいぞ」

「ま、待て! 父上より金を払う! 私がベルスキアになれば富も名声も――」

「俺を買収したけりゃ最高のカラアゲを持ってこい――はい、時間切れ」


 高速で接近しキールの腹部を木刀でフルスイング。

 くの字の曲がるほどの威力だったが、これくらいはしておかないとな。

 キールは悶絶したまま床に倒れて意識を失ったようだ。


 よし、これで終わりだ。


『こいつらの財布からお金を奪いましょう。あと金属系の武器やアクセサリーも』

『俺もそう思ってた。まったく、こいつらときたら散財させやがって』

『でも、これで収支的にはプラスになりましたよ』

『あ、そう? なら俺的にはもう恨みはないかな』


 よし、あとはあとはベルスキアとメリルに任せよう。

 後は失った血をカラアゲとビールで補給しないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る