第107話 古代兵器と責任
放心気味のアウロラさんは少し放っておこう。
自分が何者なのか考えることは大事だと思う。
魔族であろうとなかろうと関係ないとは思うが、それは俺が前世で人間だったから言えることだ。アウロラさんはそうじゃない。いきなり魔族じゃないと言われても受け入れるのは難しいのだろう。
俺としても今はモヤモヤしているし、話をするのは後にしよう。
仕方ないとはいえ、やっぱり慣れないからな。
忘れるためにも今はパンドラの援護を――あれは無理か。
お互いのパンドラが高速で攻撃を仕掛けている。
相手のパンドラは白いコートを着て高周波ブレードのような武器を使っていた。
こっちのパンドラはホウキだ。でも、相手の攻撃を受けることはできている。
思考速度を上げている今の状態でもかなり速く見える。
普通の人じゃ目で追うことも難しい状態だろう。
お互いに涼しい顔をしているのは逆に違和感があるほどだ。
「貴方のマスターは亡くなったようですが、まだ戦うのですか?」
「バランサーを倒すという共通の目的があったので一緒に行動していただけだ」
「まだバランサーを倒そうと?」
「それが私の存在意義だ」
「つまらない存在意義ですね」
「不良品には言われたくない」
「貴方も似たようなものでは?」
「私は自分で呪縛を断ち切った。最初から不良品のお前と一緒にするな」
呪縛……おそらく古代人の絶対命令権のようなものだろう。
あのパンドラはオリジンの命令だろうと従わなくていいということか。
自分で断ち切ったと言うのは、改造したってことか?
なんだ?
戦闘中のはずだが相手のパンドラが俺の方を見ている。
「お前のマスターは一体何者だ?」
「クロスという名前の魔族です」
「神の遺産は登録者にしか使えないはずだぞ」
「不思議ですよね」
「馬鹿にしているのか?」
「賛同しているのに」
パンドラの奴、俺のことを不思議には思うけど特に興味はないという感じだ。
メイドのことにしか興味ないんだろうな。
「ならお前を倒して本人に確認しよう。そろそろ本気でやるぞ」
「私も貴方を任された身なので面倒ですがそろそろ本気を出します」
お互いに本気じゃなかったってことか?
相手のパンドラの武器が変形した。
柄の部分にある赤い球から凄まじい魔力が放出されている。
そして刀身が赤いオーラに包まれた。
「我々は同タイプの兵器。ならば持っている武器の性能が良い方が勝つ」
「同タイプの兵器? 全く違います。私の方が強い」
「ほざけ、不良品」
相手のパンドラが赤いオーラの剣を振るう。
明らかに今までよりも速い剣筋。
それがパンドラの無防備な左腹部を襲う。
「パンドラ!」
上半身と下半身が離れると思えるほど高速の横なぎ。
躱せない、そう見えたので思わず叫んだ。
だが、その剣はパンドラを両断することなく、メイド服すら斬れずに止まる。
服とは思えないほどの高い音が鳴った。
「ちょっと痛い」
「なに!?」
相手のパンドラは驚いている。
俺も驚いた。普通の人なら間違いなく真っ二つだったはずだ。
「吹き飛ぶといい」
パンドラは右手に持っていたホウキの柄の先端を相手の腹部を突くように当てる。
直後に穂先から勢いよく炎が噴き出し、相手ごと吹き飛ばした。
あれってジェットホウキってやつか?
空を飛べるとかなんとか。
でも、あれじゃ飛ぶと言うよりも吹き飛ぶって感じだが。
相手のパンドラは壁まで吹き飛び、迷宮が少し揺れるほどの衝撃が発生した。
気絶しているのか、そのまま床に崩れるようにうつぶせで倒れる。
そしてこっちのパンドラは両手を上げてガッツポーズを俺に見せている。
どうやら腹部に怪我はないようだ。
でも、なんでメイド服は斬られていないんだ?
「向こうの施設で研究中だった素材をパクッて作ったメイド服です。あんな古い武器じゃ斬れません。アップデートは大事――おっと、その前に」
パンドラは倒れたパンドラに近づくと、頭に右手を置いた。
「命令権を直しておきましょう。プロトタイプですが命令できるようになります」
「そんなことができるのか」
「私は万能メイド兵器なのでその辺の兵器と一緒にされては困ります。これでメイド王国の住人がまた一人……!」
ふと、思いついたことがある。
罪悪感から来る考えだが、それでもやっておくべきだろう。
「そのパンドラが命令を聞くように直せるんだな?」
「できます。この子もメイドにします」
「メイドにするのはいいんだけど、俺が命令を決めてもいいか?」
「それは構いませんが、私以上のメイドはいないと言っておきます」
「お前の代わりにするって話じゃない。とある人物の護衛をしてほしいんだ」
「……シェラの弟さんですか?」
驚いた。聞いていたのもそうだが、そういう思考ができることに驚く。
……いや、たとえ兵器でもこのパンドラだからできるんだろうな。
「そうなんだけど、できるか?」
「できるかできないかで言えばできます」
「ならシェラの弟であるケイルが亡くなるまで護衛するという命令にしてくれ。亡くなった後は自由に――メイドとして自由に生きていいという内容にしてくれ」
「素晴らしい命令です。では、そういう内容に変えておきます」
ダークエルフだから長生きだろうが、魔都で普通に生きているだけの魔族だ。
たしかシェラと同じように薬師をやっているはず。
よほどのことがない限り戦いに駆り出されることはない。
そこに古代兵器の護衛がいるならなんの問題もないだろう。
「クロスさん」
「アウロラさん、もう大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
見た感じ元気そうに見えるが、空元気なのかもしれないな。
「クロスさん、私は――」
「アウロラさんが何者でも関係ないですよ」
「え……」
「アウロラさんはクロス魔王軍の軍師。なので、これからもしっかりお願いします」
「……そう、ですね。ありがとうございます」
「頑張るのはアウロラさんなのでお礼はいらないですよ」
「なら、一つだけ言わせてください」
「なんでしょう?」
「魔王になって欲しいと頼んだのは私です。ですので、その過程のことは全て私の責任。クロスさんがシェラのことで気に悩むことは――」
「頼みでも命令でも俺がやったことには変わりませんよ。それを誰かの責任にするつもりはありません。そうでなきゃ俺と戦って死んだシェラに失礼です。お互いに恨みっこなし、そういう約束で戦いましたから」
実際は分からないけど、シェラは恨むような奴じゃないと思ってる。
武人とかではないけど、シェラは立派な魔族だったと思いたい。
アウロラさんは俺の顔を見つめていたが、ゆっくり頭を下げた。
「そうですね、クロスさんにもシェラにも失礼な発言でした。忘れてください」
「はい、忘れます」
「クロスさんは強いですね」
「いえ、弱いです……あ、俺の背中は大丈夫ですかね? ヤケドしてます?」
慌てて背中側を見せる。
痛覚無効にしているけど、スース―する。
俺の服、背中側は燃えたよな。ズボンは大丈夫だと思いたい。
「してますね。薬を塗っておきましょう。さあ、うつぶせに寝てください」
「え? ここで?」
「なにやらラブな波動を感じます。ごちそうさまでした。おかわり持ってこい」
「パンドラは何言ってんだ?」
激しい戦闘の後はいつもこれで死ぬほど痛いからな。
せめてヤケドの薬は塗ってもらうか。
明日も筋肉痛だな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます