第106話 魔王の娘

 シェラはスライムに覆われる形で巨大化した。

 シェラに直接触るにはスライムをなんとかしないと駄目だという。

 だが、今の持ち金ではスライムを殺すこともシェラを殺すこともできない。


 スキルで一撃必殺だったから情報収集を怠った。

 ゲーム知識に足りない部分があるのは分かってたはず。

 全部俺の怠慢が招いた結果だ。


 金を持ちすぎて万能感があったから余計に面倒なことになった。

 いまさらだが情けない。自分を強いと勘違いするなんて。

 金は人を狂わせるってのは本当だな。頼らずに生きようとしてたのにこのざまだ。


 だが、嘆いてもいられない。

 ありがたいことに魔王様すら倒す槍が目の前にある。

 聖剣と同じように俺を強化してくれるだろう。


『はい、聖槍を使って倒すしかありません』

『問題は近くにシェラがいることだな』

『なんとか隙を見て手に入れるしかないでしょうね』

『分かった。触ったら使えるようにしてくれ。今日一日でいい』

『なら金貨一枚で使えるようにします』


 聖剣の時と同じだな。ありがたい話だ。

 でも、ありがたいのはそれだけだ。

 シェラの奴、かなりでかくなった。

 スライムでシェラの上半身が作られて、その中心にシェラがいる。


「クロスゥ! ヤバいのは知ってたけど今日ほどそう思ったことはないわ!」

「お前も相当だけどな」


 シェラが右腕を後ろへ引いた。

 スライムの方も同じように行動する。

 直後にパンチが俺を目がけて飛んできた。


 思考速度を上げてもそんなに遅くならない。

 どんだけの速さだ。


 その攻撃を右側へ跳んで躱す。

 アクション映画張りの横っ飛びだが、あんなに格好良くはない。

 必死に避けた結果だが、なんとか躱せた。


 だが、その躱した攻撃が床に当たると、爆発を起こした。

 その爆風でまた床を転がる。


『腕のスライムが何体か死んで爆発したようです』

『そういうことか。でも、最初よりは威力が弱いな?』

『死んだスライムが少ないだけです。最初に触った時は相当殺しましたから』


 だからあんな大爆発だったわけか。

 良く助かったな、俺。

 ……いや、待てよ?


『もしかしてあのスライムが全部死ねば、シェラもその爆発に耐えられない?』

『この場にいる全員が耐えられません』

『ええ……』

『サービスで教えますが、爆発するスライムは右腕だけです。左腕は色々な物を溶かす酸、体は防御用の硬いスライムのようです』

『複数のスライムが混ざってるのかよ。それに左腕にも注意しないとだめか』


 右腕のスライムは爆発するから殺さずにシェラ本体をやるしかないと。

 聞いてもハードルが上がっただけか。

 いや、知らないでいた方がヤバかった。

 攻撃を躱しながらちゃんとした作戦を考えよう。


 まず、攻撃を受けては駄目だ。すべて躱す。

 それに専念しよう。


 そして躱しながら作戦を考える。


『あれはスライムなんだよな? 腕が変形して特殊な形になったりは?』

『そこまで自由に動かせないでしょう』

『そうなのか?』

『はい。あまりにも攻撃が単調です。こっちを舐めているというわけではなく、複雑な制御ができないと思います』

『推測なのか?』

『本気で調べるなら金貨百枚です』

『払う』

『……調べました。できません。シェラは大量の魔力を使ってスライムを動かしていますが、あそこまで大きいと単調な動きをするのが限界のようです』

『多少は見掛け倒しってことか。それでも強いけど』


 言われてみると、そこまで細かい動きはできないようだ。

 単に巨大な腕で殴り掛かるだけ。フェイントもない。

 そもそもシェラは肉弾戦が得意なわけでもないのだろう。

 攻撃は速いが読みやすいってわけだ。


 ならチャンスはある。

 スライムの体が体勢を崩した時に聖槍を奪う。

 それで戦えば……いや、ダメだな。


 そもそもシェラはスライムをいくらでも増殖できる薬があった。

 時間をかけるほどこっちが不利だ。

 聖槍を俺が持てばシェラの警戒度も上がるだろう。

 それにもし逃げられたらさらに面倒なことになる。


 なら槍を持った瞬間にシェラを倒す。


『槍を投げてシェラまで届くか?』

『あれなら胴体のスライムごと貫けます。逆に聞きますが当てられますか?』

『……金で何とかならないか?』

『槍を投げるので遠隔値段です。聖槍である、スライムの体を貫く、さらにはシェラも、となると金貨二千万枚くらい必要ですね』

『十分だ。それで行けるならやろう』

『分かりました』

『あと、シェラの回復系の薬は全部使えなくしてくれ』

『回復系だけでもかなりの金額になりますよ?』

『槍で貫いても回復されたら困る。いくら?』

『全部で金貨三千万枚。シェラを殺すのにトータルでかなり使いますよ?』


 爆薬、回復薬、槍投げ、他にも細かいのはあったがトータルで金貨六千万枚近く使うってことか。

 ……仕方ないな。もう一千万枚は使ってる。怠慢とお金を惜しんだ結果だ。

 さらに五千万枚使うが確実に勝つために使おう。


『やってくれ。減った金は後でなんとか稼ぐ』

『分かりました。では、槍に触れたらシェラに向かって思いきり投げてください。こちらで方向を調整します』

『頼むぞ』


 さて、やることは決まった。

 後は多少怪我をしてもいいから強行する。

 槍を手に入れて投げれば俺の勝ちだ。


 まずはシェラの隙を作ろう。

 効果があるかは分からないが、上手くすれば怒るはずだ。


「四天王なのにそこまで強くないな。もっと格闘技の練習をした方がいいぞ」

「言ってくれるわね。でも、どこまで持つかしら?」

「俺の仲間がお前の弟を人質にとる連絡がくるまでは持たせるよ」


 シェラの唯一の家族。弟のケイル。

 たしか魔都に住んでいるはず。当然、人質にとるなんて話はない。


 シェラは何も言わずに俺を右腕で殴ろうとした。

 だが、その目は怒りで人を殺せそうなほど睨んでいる。

 今まで以上に力を入れたのだろう。

 床に当たった右腕が大爆発を起こした。


「なんで……! なんでアンタが知ってる!」

「なんで知らないと思ったんだ?」

「殺す!」


 嘘だけど大事な家族を人質にとる。魔族とはいえ、悪党――いや、外道だね。

 でも、そのおかげかシェラは怒りに任せて攻撃し、精細さを欠いている。

 動きが大雑把な上に槍の方へはまったく意識が向いていない。

 今がチャンスだな。


『痛覚無効を頼む』

『何をする気です?』

『念のためだ。痛みで失敗したくない』

『……大量のお金を使うのでサービスしておきます』


 シェラがまた右腕で俺に攻撃を放つ。

 躱すのを最小限にした。

 その直後に背後で大爆発が起きる。


 たぶん、背中側にヤケドを負ったが痛くはない。

 その爆風に乗る形で槍の方へ跳んだ。

 そのまま台座の上に浮いている槍を掴む。


『今日一日使用が可能です』

『助かる』


 着地と同時にシェラの方へ体を向け、槍投げのような構えをとる。

 驚いた顔のシェラが目に入った。

 俺が槍を使えるとは思わなかったんだろう。


 槍を持ったことで急激に上がった腕力。それに超絶強化に身体強化。

 槍投げなんてしたことはないが、見よう見まねでシェラに向かって投げる。

 後はスキルが調整してくれるはずだ。


 俺でも速く見えたのだから、それは一瞬だったのだろう。

 シェラは左腕で槍を防ごうとしたが、そんなものはお構いなしと貫通し、本体であるシェラも貫いて背後にある壁に着き刺さった。


「がっ、あ……」


 シェラを覆っていたスライムは形を維持できなくなった。

 氷が溶けるように床に広がっていく。

 どうやらシェラの魔力が通ってないと爆発や酸の能力も維持できないようだな。


 シェラは四つん這いになりながらも、亜空間から試験管を取り出して飲む。

 おそらく回復薬だろうが、シェラの傷が癒えることはない。

 貫いた場所的に即座に治さなければ助かるまい。もって数分だ。


「……ど、どうして……」

「お前の薬は無効化した」


 シェラは驚きの顔になったが、負けを悟ったのか仰向けに寝転がった。

 さすがというわけじゃないが、シェラは死にそうなのに笑みを浮かべる。


「……は、はは、やっぱり、アンタは危険だったわね……私の負けよ……」

「ああ、俺の勝ちだ。弟さんのことは安心しろ。人質に取ると言ったのは嘘だ」

「……でしょうね……アンタは……そんなことしない……」

「弟さんが安心して暮らせるような国にするよ」

「……そうね……あの子は……私と違って……弱いから……」

「何か伝えておきたい言葉はあるか?」

「……ないわ、そもそも、私が姉なんて知らないから……何かをしてあげたこともない……ただ、血がつながっているだけよ……」

「なら、誰かに遺言はあるか?」

「……アンタを……仲間に、引き込めば……よかった……」

「お前の仲間じゃ平穏な暮らしができないから断ったと思うぞ」

「……それは、残念、ね……」


 シェラの視線が俺からずれる。

 振り返るとアウロラさんが立っていた。

 パンドラたちはまだ戦っているようだが、アウロラさんは戦いに勝ったようだ。


「シェラ」

「……アウロラ……余計なことを……してくれたわ……」

「魔族の未来のために必要だと思いました」

「……魔族の未来ね……でも、アンタ、魔族じゃないでしょ……?」

「え……?」

「……魔王の娘でしょ……?」


 アウロラさんが魔王様の娘?

 ゲームでそんな話あったか?

 キャラプロフィールにもなかった気がするが。


「……魔王は神が遺した兵器……その娘は……なんなのかしらね……?」

「……私は私です」

「……はは、あの世で、アンタが、どうなるか、ずっと、見てるわ――」


 シェラはそう言ってまた笑みを作り、目を閉じる。

 そしてそのまま動かなくなった。


 大丈夫。俺は慣れてる。

 転生して魔族として二十年近く生きた。

 こんなことはよくある。


『無理をする必要はないと思いますが』

『無理なんかしてないさ。前世の記憶があるから思うところはあるけど』

『私が直接シェラの命を奪うことができればよかったのですが』

『そうだとしても俺がやったことには変わらないさ。さあ、戻って酒でも飲むか』

『パンドラがまだ戦ってます』

『そういやそうか。それよりもアウロラさんが……』


 アウロラさんは倒れたシェラを見つめたまま動かない。


 魔王様の娘。そして魔王様は神が遺した兵器。

 それが本当ならアウロラさんはなんなのか。


『アウロラさんは何者になるんだ?』

『ただの災厄です。クロス様が気にすることじゃありません』

『さっきから厳しいね』

『一度死んだのも、平穏な生活が送れないのも、シェラを殺すことになったのも、すべてこの女のせいです』

『そうかもしれないけどさ……それにアウロラさんを魔王にすると約束したし』

『ただ口に出して言っただけです。約束なんて破ればいい。それに早めに縁を切った方がいいでしょう。それがクロス様を――』

『……俺を?』

『なんでもありません』


 スキルはアウロラさんを嫌っている。

 俺のために怒ってくれているとは思うんだが。


 まあそれは後だ。まずはパンドラを助けよう。

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