第105話 奥の手
周囲では戦いが始まった。
アウロラさんは男ダークエルフたち、パンドラは向こうのパンドラと。
お互い攻撃に巻き込まないように距離を取って戦っている。
どっちも大丈夫だとは思うが、俺が一番危険なので気にしている余裕はない。
せめて早く倒すことだけを考えよう。
シェラは亜空間から試験管のような物を取り出した。
両手の指で試験管を挟むようにしているので、全部で八本ある。
液体の色は透明でどんな効果があるのか分からない。
ただ、ある程度は分かる。
爆発、弱体、回復の三種類のどれか。
なら今取り出したのは爆薬だろう。
シェラはゲーム上だとガチャでも出てこないボス専用キャラ。
その見た目から結構な人気があった。いつか実装されるはずだと皆が期待していたが、少なくとも俺が生きていた頃は実装されなかった。
そしてこれがあれば大丈夫という効果的な対策はない。
回復と状態異常を治すキャラを入れて長期戦を挑む。
これが対策と言えば対策だった。
シェラはスキルを持っているわけではないが、薬品による攻撃と回復が強い。
なので純粋にシェラよりも強くなればよかった。
……ではあるんだけど、シェラが扱う薬品が厄介だ。
マッドドクターという二つ名の通り、色々な薬品によってバッドステータスやデバフをばらまく。それを治しつつダメージを与えるというのが基本戦術になる。
でも、悲観する必要はない。それはゲームの話だ。
今の俺には一撃必殺の攻撃がある。
金は減るがそれで勝てるなら安いもんだ。
即座にシェラに向かって走り出す。
その前にシェラは試験管の一つをこちらに投げてきた。
おそらく爆発する薬品だ。
『無効化してくれ』
『金貨十枚です』
『高くないか?』
『それだけ危険な爆発です。古代迷宮じゃなければ辺り一帯吹き飛びます』
『おいおい、この距離じゃシェラを含めて全員が危険じゃないか』
『自分は傷を治す薬があるから関係ないんでしょうね』
『あの馬鹿が――金貨十枚で無効化してくれ』
『あの薬品を無害な物に中和します。なので試験管を受け取ってください』
遠隔だと値段が高いという制限か。
かなり怖いがスキルを信じて投げられた試験管が地面に落ちる前に受け取る。
直後に試験管が割れて液体が漏れたが、特に何も起きない。
「アンタ、間違いなくスキルホルダーでしょ?」
シェラが目を細めながらそう言った。
色々な言い方があるが、スキルを持っている人はスキルホルダーと言われている。
明言はしてないけど俺がスキル持ちだと確信しているようだ。
「たとえそうでも言うわけないだろ」
「顔には出さないけどアンタのスキルをヴァーミリオンは怖がってたわ。そして私も怖くなった。なんで完璧に調合した薬品が爆発しないのかしらね? もしかして因果律操作系のスキルなワケ?」
「言うわけないって言ったろ」
さらに距離を詰めようとしたが、シェラは試験管を複数ばらまいた。
俺の方じゃない。自分の周囲にばらまいた。
アイツ、自分だけは平気だと思いやがって。
というよりも、触れなければ何も起こせないと判断したか?
『触れずに無効化するのはいくら?』
『一つ金貨百枚、全部で七百枚です』
『十倍か。仕方ないからやってくれ』
『やりました』
スキルの声の後に試験官が地面に落ちて割れる。
だが、どれも爆発しなかった。
「信じられないスキルを持っているのは分かったわ。でも、その顔からして無限にやれるというわけでもなさそうね。なんだか苦しそうだし。魔力かしら? それとも別の制限があるのかしら?」
無駄に金が減ってるからだよ。
しかし、たったこれだけで色々バレた。
研究者って奴はこれだから。
「何をしているのかは知らないけど効果はありそうね?」
シェラはそう言うと、亜空間から大量の薬品を取り出した。試験管レベルの大きさだけではなく、バケツ並みの大きさのものまである。
「アンタのスキルはどこまで使えるのかしら?」
あの野郎。
『一番ヤバい物だけは触って無効化する。それ以外は遠隔で』
『ならあのバケツ並みの物を触ってください。全部で一万二千枚です』
『払う』
『しました。バケツは触れば二千枚です』
シェラもさすがにあれは自分も危ないのが分かっているのか、大きく放り投げた後に結界の魔法を使った。
そんなんで防げるとは思えないが、死ななきゃいいというレベルなんだろう。
エリクサー並みの薬をいくらでも作れるってのはチートだな。
ダイビングキャッチのようにしてバケツのような瓶に触る。
『無効化しました』
直後に瓶は割れたが、ただの水になったようだ。
「へぇ? 危険そうな物には触ったわね? 距離によって何かが違うのかしら?」
くそう。スキルの性能がバレ始めている。
それにこんなことじゃいつまで経ってもシェラに近づけない。
駄目だな。俺はまだ金を大事に使い過ぎている。
『シェラの薬は全部無効化してくれ』
『保有している薬が多すぎますので今のお金では足りません』
『マジか。なら爆薬だけ』
『爆薬だけでも一千万枚は掛かりますが、よろしいですか?』
『ちんたらやっていても金の消費は抑えられない。なら一気に使う』
『分かりました――以降、シェラの爆薬は全て無効化します』
シェラに触れることさえできれば俺の勝ちだ。
それに余計な時間をかけたらアウロラさん達が危険になる。
金の使い惜しみをしている場合じゃない。
もう一度シェラに向かって駆け出す。
シェラはまたも試験管を投げてきたが、その全てが爆発しない。
さすがにシェラも驚いているようで、俺の攻撃を結界の魔法で防ごうとした。
『結界の無効化を』
『それは金貨一枚で』
『もちろん払う』
左足で踏み込み、木刀でフルスイング。
結界を破壊した。
驚いているシェラは防御のためか右手を突き出した。
その右手首を左手で掴む。
これで俺の勝ち――
『後ろに跳んでください!』
『え?』
よく分からないがスキルの言う通りにシェラの手を離して後ろへ跳ぶ。
直後にシェラの右腕が膨れ上がり爆発を起こした。
辛うじて直撃は防げたが痛すぎる……!
吹き飛ばされて床を転がったが、危険なのですぐに立ち上がる。
アウロラさん達も爆風で倒れているようだが、大した怪我はないようだ。
だが、なんだ?
何が起きた?
『やられました。シェラは体内に魔物を飼っているのでしょう』
『魔物を飼ってる?』
『ちょっと見ただけですが、シェラの右手はスライムのような魔法生物で、死ぬと爆発するように品種改良されてます。爆薬じゃないので無効化できませんでした』
『つまり……』
『殺せたのは右手だけ。シェラは生きてます』
『嘘だろ、おい』
『シェラ本人ではなかったのでお金の消費はそこまでじゃありません』
それは朗報……なのか?
「クロスゥ……!」
右腕が無くなったシェラが怒りの表情で俺を睨みつけた。
爆発で自分もダメージを受けたのか、右上半身が少し焦げている。
着ていたジャケットは半分が燃えていた。
シェラはそのジャケットを左手で床に叩きつけ、試験管を取り出すと飲み干す。
明らかに人の手ではなく、スライムのようなものが増殖してまた右手が元に戻り、上半身の焦げていた部分も元に戻った。
「アンタ、何したの!? 触れただけで私の腕を殺したわね!」
「そのスライムに感謝するんだな。お前を殺し損ねた」
驚いていることがばれないようにそう言う。
だいたい、そんなのゲームでも情報がなかったぞ。
もしかしたらメインストーリーには情報があったかもしれないが。
「ヴァーミリオンが言ってた通りか……アンタ、私達のことを調べたわね? でも、誰にも言ったことがない奥の手なのになんでスライムって知ってるのよ!」
「それは秘密だ」
さてどうする?
とはいってもやることは一つだけか。
シェラ本体に触るしかない。
『シェラの体を調べてくれ。全身スライムとか言わないよな?』
『金貨百枚貰いますがいいですか?』
『払う』
『……面倒な』
『どうした?』
『体内に飼っていたと思ったのですが微妙に違いますね。右手は完全にスライムでした。右手以外は本体ですが、警戒したのか体全体をスライムで覆い始めています』
シェラの体が水色の液体に包まれていく。あれ全部スライムか。
自分を巻き込みそうなのに試験管を投げてたのはその防御があるからだろう。
さすがに右腕の爆発には耐えられなかったようだが、それは薬でどうにかなると。
『スライムの上から触ってもシェラを殺せるか?』
『いえ、スライムで覆われている以上は無理です。たとえ触っても本人ではないので遠隔判定されます。残念ながら今の残金では遠隔でシェラを殺せません』
『スライムを全部殺すのは?』
『あれは一つの生命体ではないので難しいですね。何億というスライムを全部殺すには量が多すぎます』
くそ、事前にシェラの情報を確認しておけばよかった。
俺の怠慢が招いた結果だ。
『私のミスでもありますので助言します。あれを使いましょう』
『あれ?』
『聖槍です。聖剣と同じようにクロス様でも使えるようにしますので』
『槍なんか使ったことないぞ?』
『剣も刀もたいして使えてませんよ』
『ステータス向上で押し切れってことか……でも、あの槍で勝てるか?』
『あれは雷の力を持つ槍です。スライム相手にそこそこ効果があるかと』
それが一番なんだろうな。
問題は怒ってるシェラを躱して槍を手に入れられるかだ。
それにシェラのスライムがシェラを核にして巨大化している。
あんなのを映画や漫画で見たことがあるけど、あれを倒せるのかね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます