第104話 災厄

 最奥の部屋にある扉を横にスライドさせて開ける。


 その先は前世のSF映画で見たような研究施設だ。

 ゾンビウィルスで変異したのかと思えるような変な姿の生物が、巨大な円柱の水槽に浮いている。それが部屋の左右にいくつもある。


 そして部屋の一番奥は数段だけの階段があり、その先には台座があった。

 聖剣の台座に似ているが、遠くてよく分からない。ただ、何かが刺さっているという感じではなく、槍のようなものがその台座の上に浮いている。


 その近くに銀髪の女ダークエルフと男ダークエルフが数人、そして俺がゲーム知識で知ってるパンドラの姿をした奴がいる。全員が槍のような物を調査しているようで、立ったまま紙に何かを書き込んでいるようだった。


 銀髪の女ダークエルフはシェラだ。


 シェラは黒のタンクトップに藍色のジャケットを羽織っている。

 羽織っているというか肩からずれ落ちてるけど。

 ズボンも革製で服装からして若い。十代後半で通る容姿だ。


 そのシェラがこちらに気付くと、遠くからでも分かるように舌打ちした。

 そんなことにはお構いなしとシェラたちの方へ進む。


 部屋の半分まで来たところでシェラが右手を手のひらを向けた。


「来るならアンタだとは思ってたけど、それ以上近寄るなら敵対行為と見なすわ」

「ここまで来た俺に敵対する意思がないと思ってんのか?」

「私が魔王代理を決める戦いを降りると言っても?」

「なに?」


 それは予想外の答えだが、それならそれでいいのだろうか。

 単なる口約束を守るつもりはないだろうけど、魔法で強制力のある契約をすれば、いくらシェラでも反故できないはずだ。


「そんなことよりもこれよ。聖剣と同じように魔王を殺せる武器らしいわ」

「その槍がそうなのか?」

「そう。神が遺した物だとか。それに知ってる?」

「なにを?」

「魔王って神が遺した兵器なんですって。笑えるわ、私の祖先はそんなものに忠誠を誓ったのよ。まあ、その代わりに『魔の力』を手に入れたわけだけど」


 魔の力。魔力ってわけじゃなくて、魔王様に忠誠を誓ったことで貰えたモノのことだろう。それがなんなのかは知らないけど。そして魔族は魔王に忠誠を誓った人間だとも言われているな。知らんけど。


「それで魔王代理になるよりも、その槍の方が面白いのか?」

「驚かないってことはクロスも知ってたわけ? やだやだ。だからアンタとは関わりたくないのよ。異様に知識があるし。アウロラも面倒な奴を巻き込んでくれたわ」

「貴方達よりもクロスさんの方が魔王にふさわしいと思いましたので」

「本人が望んでいないのにね。報酬は結婚でもしてあげるって言ったの?」

「そうして欲しいのならいくらでもする所存ですが――」

「俺が望んでいるのは平穏だ」

「へぇ? ならクロス、私が平穏をあげるから何もしないで帰りなさいよ」


 シェラは何を言ってるんだ?

 平穏をあげるから帰れ?


「俺に平穏をくれるのか?」

「ええ。ヴァーミリオンとアギに話をつけてあげる。アンタが死ぬまで魔国で争いは起こさない。人間達とも戦わないわ。アウロラと一緒にどこかの田舎で平穏な人生を送りなさいよ。アンタらが死んだら、魔王代理の戦いを再開させるわ――いえ、この槍で私が本物の魔王になってやるわ!」


 ああ、そういうことか。俺が生きている間は大人しくしていると。


「お断りします」


 俺が答える前にアウロラさんが答えた。


「私はクロスに言ったのよ?」

「だから私が答えました」

「意味わかんないんだけど? それに聞いてた? アンタ達が平穏に生きられるようにしてやるって提案なんだけど?」

「それは素晴らしい提案ですが、それでは子供が不幸になります」

「アウロラさん、何言ってんの!?」

「なによ、アンタらもうそういう関係?」

「違う!」

「クロスさん、落ち着いてください。これはたとえ話です」


 これで何を落ち着けというのか。

 でも、たとえ話?


「私とクロスさんの子供とはいってません。ただ、私達の知り合いが結ばれて子供ができることもあるでしょう。しばらくは平和でもいつか魔国で四天王が暴れるならその子孫が不幸になります」

「それってアンタに関係あるの?」

「友人の子孫です。関係しかありません」


 なるほど。

 ヴォルトとフランさん、アランとカガミさんとかだな。

 結ばれて子供ができる未来もあるだろう。

 俺がどれくらい生きられるかは分からないが、その頃には皆の子孫がいるわけだ。


 そんな時に魔国で魔王代理を決める戦いが改めて始まるのか。

 どんなことになるか分からないが、面倒なことになりそうだ。


「短命の奴らって面倒ね。未来なんて何が起きるか分からないのに死んでからのことまで心配してどうするの? 問題があったとしてもその時を生きている奴に任せればいいじゃない。アンタがいない未来にまでアンタが責任を負うわけ?」

「責任ではありません。そうなって欲しいという私の願いです。今いる魔族ではクロスさん以外が魔王になっても不幸にしかなりません。なので魔族の未来のためもクロスさんに魔王になってもらいます」


 さっきは鈍いとディスられていたのに、今度は褒められている。

 でも、それってどう考えても俺じゃないと思うんだけど。


 シェラはため息をつくと、俺の方を見た。


「クロスも同じ考えなわけ?」

「え? いや、俺は――」

「そうです」


 またも俺じゃなくアウロラさんが答えた。


『チッ』


 頭の中で舌打ちが聞こえた。

 おいおい。


『もしかして舌打ちしたのか?』

『気のせいです』

『いや、明らかに――』

『気のせいです。ですが、イライラしますね』


 もしかしてスキルがアウロラさんに対してイライラしてるのか?


『我儘な自己中女の妄想なんてどうでもいいのでクロス様が自分の考えで答えた方がいいですよ。平穏に暮らせるチャンスがあるなら飛びつくべきです』

『いきなりどうした?』

『いえ、そろそろ我慢の限界でして』

『我慢してたのか?』

『私はあの女の願いを叶えるスキルではありません』

『え? いや、本当にどうした? さっきからおかしくないか?』

『どうもこうもありません。クロス様を通してあの女の願いを叶えるのが嫌なだけです。クロス様もびしっと言った方がいいですよ。そんなだから、あの時も――』

『あの時?』

『なんでもありません。クロス様の願いは叶えます。ですが、あの女の意見に惑わされず、自分の意思で決めてください』


 あの女ってアウロラさんのことだよな?

 ずいぶんと不満があったようだが……なんで?


「クロス? アウロラはそう言ってるけどアンタはどうなのよ? 義理堅いアンタのことだからアウロラのお願いを聞いているんだろうけど、そこまでする必要があるわけ? それとも本気で惚れてるの?」

「別にそういうんじゃないけどね、俺はアウロラさんを魔王にするって約束したからいまさら反故にはできないな」

「はぁ……」

『はぁ……』


 シェラとスキルが同時にため息をついた。

 シェラはともかく、スキルの奴は本当にどうしたんだ。


「分かったわ。思考力も低下していないようだし、毒も古代の技術も効かないアンタとは戦いたくないけど、これ以上私の邪魔されるのも面倒。ここで殺すわ」

「俺もそのつもりだったからそう言ってくれて助かるよ」

「お互いに魔族なんだから恨みっこなしよ。死んだら弱かった自分を恨む、それでいいわね? パンドラと貴方達はアウロラとあのメイドを……なにあのメイド?」


 シェラがそう言って不思議そうな顔をしていると、向こうのパンドラが前に出た。


「あれは私と同タイプの兵器だ。私が相手をしよう」

「……これだからクロスとは関わりたくないのよ! なんなのアンタ!」


 よく分からんが、俺がパンドラと一緒にいることが気に入らないらしい。

 それはともかくやる気か。


「アウロラさん、側近たちの方は任せていいですか?」

「もちろんです」

「パンドラもあっちのパンドラは任せるぞ」

「メイドの強さを見せます」


 さて、俺はシェラだな。


 身体強化の魔法を起動する。

 それだけでシェラに勝てるとは思えない。もっと強化が必要だ。


『超絶強化を頼む』

『……それがクロス様の望みなのですね』

『それがなきゃシェラに勝てないし』

『平穏を捨てシェラを倒すことがクロス様の望みなのかと聞いています。シェラを生かしておいても意味がないと言いましたが、それは敵対する前提です。敵対しないなら殺さなくてもいい。このまま帰れば平穏に暮らせますよ?』

『アウロラさんの気持ちも分かるから』

『あれの?』

『あれって。俺もヴォルトたちの子孫が魔族の戦いに巻き込まれたら嫌だから』

『その頃にクロス様は生きていません。それに恒久的な平和なんてのもありません。どんなに頑張ってもそれを台無しにする奴は生まれます。それは私が良く見てきました。それはクロス様にはどうしようもないことではありませんか』

『言葉に重みがあるね。でもな、俺が死んだ後も皆が平和に暮らしていける、そう思って死にたいんだよ。それにまた転生するかもしれないだろ?』

『たかが一人の行動で未来の平和が作れると?』

『そこまでは思ってないけどね、ただ、少なくともシェラやヴァーミリオン、それにアギが魔王代理になって魔国を支配したら敵も味方も可哀想だ』

『その支配もいつかは終わります。それに魔王もいつかは封印から解かれますよ?』

『こっちには聖剣があるし、目の前には聖槍もあるんだぞ?』

『……封印中の魔王もやる気ですか?』

『必要なら』


 そう言ったらスキルは黙ってしまった。

 思考速度が上がっているからそんなに経ってないけど、そろそろ攻撃したい。


『分かりました。それがクロス様の望みなら手伝いましょう。個人的に言えば私もクロス様に魔王になって欲しい……ですが、あの女に関する望みは叶えません。あれはクロス様にとって災厄でしかないので。まさに疫病神』

『酷いこと言うなよ』

『言い足りないくらいです。あれはクロス様の人生を狂わせる。客観的に見て最悪です。自分にできないからと言って他人に頼るところが本当に――』

『頼むから落ち着け。シェラとの戦いで余計なことを考えたくない』

『……そうですね。では金貨五枚で十分間超絶強化します』

『助かるよ』


 スキルが情緒不安定ってどういうことなのか分からんが、まずはシェラだ。

 余計なことを考えず、シェラを倒すことだけ考えよう。

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