第103話 命を奪う覚悟

 シェラの見えない攻撃に翻弄されながらも古代迷宮を進む。


 中層、下層とエレベーターを使える状態にして、ようやく最下層へ行けるアーティファクトも手に入れた。今は最下層に行くエレベーターの前で休憩中だ。


 本来ならここからは俺とアウロラさんとパンドラだけで行く。

 だが、状況が状況なので意見の交換中だ。

 皆で行くべきか、最初の予定どおり三人だけで行くか、意見が分かれている。


 というのも魔物はいたがシェラの側近たちには会うことがなかった。

 見えない罠だらけの場所に残りたいと言う奴はいないのだろう。

 おそらくシェラと一緒にいる。


 なので陽動が必要なくなったと言える。

 シェラと側近も相手にしなくてはいけないということだ。

 だが、閉鎖空間でシェラを相手に大人数で行っても被害が大きくなるだけだ。


 それに側近が近くにいれば薬の散布ができない――なんてことはない。

 シェラなら仲間がいてもお構いなしに攻撃する可能性が高い。

 シェラは側近だろうと仲間だと思ってないだろうからな。

 それは入り口にいたダークエルフを見れば分かる。


 ……いや、最初から仲間や敵なんて区切りはないんだろう。

 そもそも他人に関心がないという感じだ。

 それでもダークエルフが従うのはシェラが強いからだ。

 気まぐれに作り出す薬も魅力的に見えるんだろうな。


 シェラの薬や毒は仲間を助けるためでもなく、敵を倒すためでもない。

 ただ研究が好きというだけで作り出している。

 アイツには善も悪もないんだよな。あるのは原因と結果だけだ。


 人の生死に興味はないが、魔王代理という立場には興味があるだろう。

 魔王代理になれば研究し放題になるわけだし、貴重な物も使い放題だ。

 研究材料が欲しいために人間の国へ攻め込むくらいやりかねない。


 殺すつもりはないけど、殺さないでどうにかなるとも思えない。

 そもそもメリルがシェラを許すとは思えないし。

 さて、どうしたものか。


「クロスさん、どうされました?」


 アウロラさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 いかん、考えすぎてたか。


「ちょっと考え事をしてまして」

「シェラのことですか?」

「また顔に出てましたか」

「ええ、かなり。でも、何を悩んでいるんですか?」

「どうすればシェラが大人しくなるかと思って」


 なんだ?

 アウロラさんが俺をじっと見つめている。


「四天王の一人だったウォルバッグは魔法が使えなくなりました。魔都にいたようですが、今は行方不明です」

「ああ、そうなんですね……でもそれが?」


 助けてくれる人はいなかったか。

 どうなったかは知らないが、どうでもいいかな。

 こっちは殺されかけたし、やり返しただけだ。


 でも、アウロラさんはなんでそんな話を?


「なぜウォルバッグは急に魔法が使えなくなったのでしょう?」

「……なんででしょうね?」


 アウロラさんは複雑そうな顔をしているがそれ以上の追及はない。


 どう考えても俺がやったことにしか思えないよな。

 最近は何も言ってこないから諦めたと思ったけど、そうでもなさそうだ。

 俺の口からは言わないけど、不思議系スキルの一つだと思ってくれるだろう。


 でも、今考えるとあれは意外と安かったな。

 ……いや、ミスリル鉱で支払ったから値段は知らない。

 どれくらいかかったんだ?


『かなり消費しましたね』

『ああ、そうなんだ?』

『魔族から魔法と魔力を奪った形でしたのでお高いです』

『今あるお金でも同じことができる?』

『シェラから魔法や魔力を奪ったところで強さには関係ないと思いますが?』

『そうだよな……なら調合ができなくなるとかは?』

『行動制限もできなくはありませんが、相手は三百年以上生きているダークエルフですのでお高いです。それに残滓と違って弱らせるとか関係ないので、どんな状態でも金貨五千万枚くらいはもらいます』

『たっか。全財産の半分くらいを使っちまうのか』


 でも、四天王の一人を無効化するならそれくらい使っても当然か?

 ヴァーミリオンとの戦いには今以上の金が必要だろうし、改めて貯めなくてはいけない。ここでお金を出し惜しみしても意味はないと思う。


『でも、やってもらうしかないか……』

『シェラは生かしておいても意味はないですよ?』

『こわ。ずいぶんと過激な発言じゃないか』

『シェラの犠牲になった魔族が多いのでまあいいかなと。助かった人もいることにはいますが、調合できなくなっても知識は残りますし、生かしておいても犠牲が増えるんじゃないですかね。さくっとやった方が安いですよ』

『そんな理由を言うなんて珍しいな?』

『ええ、かなりのレアです。貴重なアドバイスだと思ってください』


 本当にどうした。


 でも、確かにスキルが言う通りではある。

 今後のことを考えると調合の力を奪っても生きている限り危険な気がする。


 そもそも改心するようなことはないだろう。

 善悪がないんだし、諭すのは無理だ。

 シェラからすればどんな正論も「なんで?」で終わるだろうし。


 可能性があるならなんとかしてやりたいが、ちょっと無理か。


「アウロラさん」

「はい」

「シェラの命を奪ってもいいですか?」


 アウロラさんは驚いた顔をしたが、すぐに真面目な顔になって頷いた。


「それを考えていてくれたのですね。私の要望を叶えようとしてくれているのは嬉しいです。ですが、それでクロスさんや皆さんが大怪我をしたり、死んでしまっては意味がありません」


 アウロラさんはそこで一度区切り、改めて俺を見つめる。


「シェラの命を奪うことは仕方ありません。私が普段言っていることとは違いますが、強敵相手にそんなことを考えていたら逆にクロスさんが危険です」

「分かりました。なら遠慮なく」


 魔族として二十年近く生きた。

 前世の記憶が影響して最初は抵抗があったが、今はそうでもない。

 慣れってのは怖いね。でも、そうじゃないと魔国じゃ生きられないし。


 慣れたとはいっても染まりたくはないから自重していたけど、やるならやるでちゃんと覚悟を決めておこう。こういうのは中途半端だと危険だ。下手すると寸前で躊躇したりするからな。それで反撃されるなんてよくある話だ。


 シェラを相手に余裕をかましている場合じゃない。

 きっちり命を奪おう。




 予定通り、俺とアウロラさん、そしてパンドラの三人だけで行くことになった。


 ダークエルフの側近がいたとしても数人だけのはず。

 それならアウロラさんがなんとかできるだろう。

 相手のパンドラもこっちのパンドラがなんとかできるはずだ。


 俺がシェラを相手にするわけだが、スキルの力があればどうとでもなる。

 金貨二千万枚は掛かるが触るだけでシェラの命を奪えると聞いた。

 値段は高いけど、これくらいなら気兼ねなく払える。

 余計な金を払わないためにもこの三人で行くのがベストだろう。


 エレベーターに乗り、最下層へ移動を始めた。


「最下層ってどうなっているんだ?」

「エレベーターを降りると一本道の通路があります。そして通路の先に研究室があります。そこでは神の遺産を研究してました。メイドを研究しろ」

「それってどんなものなんだ?」

「トップシークレットなのでそこまでは知りません。ただ、何らかの武器だとか。ホウキだったら貰います」


 スキルは聖剣のようなものとか言ってたけど、剣があるってことか?

 それを分析して神の遺産であるバランサーを倒そうとしていたとか。

 最初からそれを使って倒せばいいのに。


 というか、魔王様、意外と弱点多いな。


 エレベーターが到着した。

 そして扉がスライドして開くとパンドラが言った通りに通路が続いている。


 かなり幅が広く、天井が高い通路だ。

 これまでと同じように壁がじんわり明るくなっているので視界は問題はない。


 歩き出そうとしたらパンドラが止めた。


「待ってください。大気中の酸素濃度が高すぎるので酸素中毒になります。私の周辺なら大丈夫なので、このエリアを正常に戻すまで近くにいてください」


 言われたとおり、パンドラの近くでアウロラさんと待機する。


 酸素濃度が高い?

 確か濃すぎる酸素って体に悪いんだっけ?

 詳しくは知らないけど、なんかの漫画で見た。


 でも、酸素だけを増やすってすごいな。

 これもシェラが作った薬の効果か。

 ……いや、そもそも大気中の成分に関する知識がシェラにあるのか?


 パンドラは古代魔法王国で作られたのだから分からないでもない。

 ただ、魔国でそんな話は聞いたことがないな。

 そういうのを分析することもできないと思うけど。

 俺は前世の記憶があるからなんとなくわかるけど。


 そんなことを考えていると、パンドラが首を傾げていた。


「どうかしたのか?」

「大気の調整は終わりました。ただ、気になったのですが……」

「気になった?」

「これは古代魔法王国の技術ですね。おそらく私と同タイプのパンドラが技術提供しているかと。シェラという人だけでは難しいと思います」


 どうやら俺と同じことを考えていたようだ。

 やっぱり今の時代だとそんな知識はないよな。


「それに古代魔法王国で使用を禁じられていました。危ないんで」

「ということは……どういうことだ?」

「私とは違った意味で不具合があるパンドラの可能性が高いです」

「違った意味……?」

「倫理観が不勉強なタイプか人を傷つける制限がないタイプですね。もしくは両方かもしれません。プロトタイプにはそういうのが多いです」


 プロトタイプ……試作品ってことか。

 リミッターがないから強いとか聞くけど、逆に壊れやすいとも聞く。


「そういうパンドラは破壊対象です。私にお任せください」

「分かった。でも、無理するなよ。いざとなったら俺がやるし」

「マスターはいい人ですね」

「……俺以上にいい人はいないと自負してるよ」

「それはいいすぎ」

「おい」


 冗談で言ったのに素で返された方の気持ちを考えろ。

 でも、少しだけ緊張が取れた気がする。

 パンドラのおかげだと思うとちょっとアレだが。


 よし、とりあえず、シェラと向こうのパンドラをぶっ倒そう。

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