第102話 見えない攻撃

 明らかに何かおかしい。


 エレベーターを動かす腕輪は手に入れた。

 今はそのエレベーターに向かっているのだが、皆のテンションが高い。

 あのアウロラさんさえおかしい状態だ。


「クロスさんは女性の気持ちが分かってませんよね」

「アウロラさんもそう思いますか!?」

「アマリリスさんも分かりますか。鈍感な人って困りますよね」


 しかもディスられてる。

 アウロラさんとアマリリスさんが仲が良くなっているのはいいんだけど、俺がダメな感じなことで盛り上がらないで欲しい。しかも鈍感ってなに?


「なんでメイドがいるのかしらぁ……?」

「それは私に対する宣戦布告ですか。受けて立つ」

「オリファス様、メイドは、良いもの」

「それは私に対する告白ですか。ごめんなさい」


 オリファス、パンドラ、ガリオもなんだか怪しい。

 ヴォルトたちは魔物を倒す順番をじゃんけんで決めているし、なんだこれ。


 皆にとって魔物は弱く、罠もほとんどない。

 緊張感がなくなるのは分かるが、これはさすがにおかしくないか?


「クロス殿」

「バルバロッサさん? どうかされました?」


 珍しいというか、バルバロッサさんの方から話しかけられた。

 業務的なこと以外で話したことはないし、いつもオリファスに付きっ切りなんだけど、神妙な顔をしている。どうしたんだろう?


「これは攻撃を受けているのではないか?」

「攻撃?」

「四天王のシェラは薬師だと聞いた。知らぬ間になんらかの薬を盛られたのでは?」

「……そう思う根拠は?」

「オリファス様のテンションが高すぎる。普通なら上がっても一瞬で終わるはずだ」


 そういってバルバロッサはオリファスを見る。


「私もメイド服を着てみようかしらぁ……なんて陽キャなセリフ……!」

「それは私のアイデンティティを奪う行為です。アルマゲドンの始まりだ……!」

「私も、参加、する……!」

「なら軍師メイドも必要ですね?」

「元聖女メイドもお忘れなく!」

「サムライメイドも参戦でござる!」


 収拾がつかないレベルになっている。

 それにバルバロッサさんの言葉には妙な説得力がある。

 オリファスだけではなく、普段は冷静な人たちまでおかしい。


 でも、薬を盛られた?

 いつ? どこで?


「クロス、真面目な顔してどうしたんだよ。とっとと行こうぜ」

「そうだぞ、バルバロッサのおっさんも真面目な顔してどうしたんだ?」

「やっぱり俺も奥まで行っていいか?」


 ヴォルトが俺の肩に手を回しながらそんなことを言った。

 あのアランもバルバロッサさんに絡んでるし。

 カゲツはいつも通りだけど。


 ……あれ? ヴォルトやアランのこの絡み方……まさか。


「お前ら、酒を飲んだのか?」

「おいおい、馬鹿にすんなよ。迷宮で酒なんか飲むわけないだろ?」


 確かに酒の匂いはしない。

 でも、どう見ても酔っている感じだ。


 バルバロッサさんが納得したように頷いた。


「空気中に酒と似たような成分を散布しておるのか。思考力を奪う攻撃のようだな」

「ああ、そういうことですか……もしかしてバルバロッサさんは酒に強い方?」

「お主と同じくらいには」


 俺も酒は強い方だ。足元がおぼつかなく程酔うことはない。

 でも、しばらくしたら俺もヴォルトたちみたいになっていたと。

 こんな状態で奥まで行ったらシェラの配下の奴らや魔物に倒されるぞ。


 しかし、アルコールとは考えたな。

 実際にアルコールかどうかは知らないけど、それに似たものだろう。

 匂いがなかったからそういうのをシェラが作ったに違いない。


 匂いがないのは迷宮の換気機能だと思ったんだけど風の流れがない。

 毒や麻痺ならともかく、酩酊状態を防ぐアーティファクトなんてないはずだ。

 それに治癒魔法もないと思う。


 シェラの奴、よほど奥には来させたくないらしい。

 さっきのワイバーンといい、この酒トラップといい、他にも罠がありそうだ。


 しかも対策が難しいときた。

 この状態をどうすればいいんだろう。

 このままだと俺もそのうちに思考力が低下するぞ。

 もうスキルに頼ってしまうか?


 ……いかん、こんなことで金を使っちゃだめだ。

 思考力が落ちてる証拠だな。


 そうだ、この古代迷宮にも換気機能があるよな?

 普通のダンジョンならともかく、古代の前線基地ならありそうだ。

 今はそれが止まっているだけという可能性がある。


「パンドラ、ちょっといいか」

「メイドの最終奥義、ご主人抹殺パンチを食らうがいい――呼びました?」

「この迷宮に換気機能ってあるか?」

「もちろんあります」

「それって動いてる?」

「お待ちを……止まってますね。それはもうピタリと」

「動かすことはできるか?」

「コントロールルームでなら。遠隔操作可能にしろとあれほど……言ってませんが」

「やってもらっていいか? というか、パンドラも酔ってるのか?」

「酔う? 完璧メイドは酔ったりしません。酔っぱらう兵器なんて誰も作りませんので対策はばっちりです」

「お前は素でもそれなんだな……換気機能の起動を頼んでいいか? 皆、酔っぱらっていて思考力が下がってる。このままじゃヤバイ」

「そういうことですか。では行ってきます。それと思考力が下がるとメイドになりたいというのは説教案件ですから」


 パンドラはそういうと、今来た道を戻っていった。

 さすがは兵器というか、本気で走ると相当早い。

 あっという間に見えなくなった。


「皆、ここで休憩。シェラの攻撃で酔っぱらっている。酔いがさめるまで待機だ」


 そう言ったら皆も少しだけ冷静になったようだ。

 酒に弱い奴らばかりだが、少しは自制できるみたいだ。

 通路のど真ん中だけど大丈夫だろう。

 酔っぱらっていても強いことは強いし。


 くそう。舐めてたわけじゃないけど甘く見てたのは間違いない。

 シェラはこういう閉鎖空間なら誰よりも強いのに。

 強い仲間がいるしお金を持ちすぎて気が大きくなり過ぎていたか。


 気付くのが遅かったら全滅していた可能性もある。

 こういう嫌らしい攻撃はアイツの十八番。

 シェラが得意とする戦法じゃないか。


 これは一度気合を入れなおさないとな。




 一時間後、迷宮内は換気され、シェラが撒いたと思われる薬かなにかは綺麗になくなった。酩酊状態も長くは続かないようで全員がシラフに戻っている。


 パンドラの話によると他にも毒や麻痺になる薬が撒かれていたようでかなりヤバイ状況だったらしい。ただ、毒や麻痺はメリルが用意してくれたアーティファクトのおかげで大丈夫だったわけだ。


 換気と入っても入り口から出るわけではないので、外で待機しているメンバーには影響がないとのこと。念のため、遠隔会話用の鏡で伝えておいた。向こうは向こうで対策してくれるだろう。


「この私がメイド服を着ようとするなんて……陽キャすぎて死にたい……」

「お酒って怖いですね……軍師なのに」

「お酒、ダメ、絶対……」

「お酒は一生飲みません……元聖女の名に懸けて」

「ござる……」


 女性陣は精神的なダメージを受けているようだ。

 男性陣はバルバロッサさん以外、バツが悪そうにしてるけど。

 ここはフォローしておかないとな。


「時間はロスしたけど今気づいて気付いてよかったと前向きにいこう。あのままだったらもっと大変なことになっていたかもしれないし」

「そうです。私の最終奥義で全滅していた可能性があります」

「パンドラはいつ酔いから覚めるんだ?」

「ですからメイド兵器なので酔いません。敢えて言いましょう。兵器なので平気!」


 パンドラがドヤ顔をしている。


 ……役に立つことは間違いないんだけど疲れるよな。

 そうだ、もしかするとパンドラなら可能かも。


「パンドラは大気中の成分を分析できるのか?」

「できます。メイドなら必須」

「なら常に分析して害を及ぼすような成分を発見したら教えてくれ。換気はしているようだけど、似たようなことがあったら困る」

「分かりました。なら私の後について来い」


 よし、改めて探索を開始だ。

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