第108話 狼男と軍師と参謀
魔国の東にある砂漠地帯、そこを治める四天王の一人、アギは北の山岳地帯へ来ていた。
ライカンスロープというオオカミ人間であるアギは本来月の出ている夜にその真価を発揮する。だが、昼に弱いと言うわけではない。あくまでも月夜の晩よりは弱いというだけだ。
そのアギは配下の獣人たちと共にジェラルドが率いる部隊と交戦中だ。
ジェラルドがこんな前線まで来ているのに違和感はあるものの、戦ってみたい相手であった。情報を聞いた瞬間に自ら攻め込んだのだ。
四天王が前線で戦うのも良くないことは分かっている。
だが、それを咎める者はこの場にいない。
ならば、ということで前線で暴れていた。
ただ、その手ごたえがあまりにもない。
ほんの少し攻撃しただけでジェラルドの部隊は撤退していくのだ。
不完全燃焼とはこのことだと、戦闘が終わった場所でアギは大声で咆哮した。
いつまでも逃げられると思うなよと、すぐさま追撃の指示を出そうとした。
そこへ黒いコートとシルクハットを着た猫の獣人が現れる。
何かしらの魔法を使っていたのか、風を纏い、空から降りてきたような現れ方だ。
アギは苦々しい顔をした。
自分に意見を言える二人のうちの一人、テデムだ。
城を任せていたのに、これで自由が無くなったとため息をつく。
「なんでお前がここにいるんだよ」
「それはこっちのセリフだ。お前、四天王だろうが」
「向こうにジェラルドがいたからな。俺が出るべきだと思っただけだ」
「でかい釣り餌に引っ掛かりやがって」
「釣り餌? 俺は魚じゃねぇぞ?」
「たとえだ、馬鹿。お前を本体から引き離すためにジェラルドが囮――つまり餌になってるんだよ。お前はそれに飛びついた魚ってことだ」
「ああ、そういうことか――誰が馬鹿だと!?」
「お前だよ。いいからこの戦場は放棄して城に戻るぞ」
「あん? なんでだ?」
「……シェラが死んだ。やったのはクロス魔王軍だ」
「……嘘だろ?」
「本当だ。現地に入れていた『目』からの情報だ。ワンナの奴も城に呼び戻している。対策を練るぞ」
「そうか、本当のことなんだな……実際にやった奴は誰だ? アウロラか?」
「いや、クロス本人だと聞いてる」
「……何かの間違いじゃないんだな?」
テデムは「間違いない」と頷くが、アギの顔を見て驚く。
どう見ても笑っているのだ。
大笑いではなく、口角が上がるという言葉が似合い過ぎる笑み。
飢えた狼でももっと品の良い顔をする。
「あの野郎、とうとう本気になったか!」
「俺は会ったことがないが、そんなにすごい奴なのか? シェラを倒したと言っても詳細が分からないから何とも言えないんだが」
「さあ? 正直言うと分からねぇ」
「なんだよ、それ」
「少なくとも俺よりは弱い……はずなんだが、俺の勘が言ってんだよ、アイツとは戦うなってな――いや、正確には関わるな、だが」
「……お前の勘が?」
「ヴァーミリオンやシェラも似たようなことを言ってたぜ。ウォルバッグの奴は言ってなかったが」
「ならどうする?」
「どうするってなんだ?」
「クロス魔王軍は南の森林地帯を治めることなく東に向かっている。つまりお前を狙ってるんだよ」
「だから?」
テデムはため息をつく。
これだから戦馬鹿を相手にしたくないと呆れた。
答えが分かっていても言葉にしてもらう必要があると、テデムは続ける。
「戦うのか降伏するのかって聞いてんだ」
「おいおい、こんな面白い戦いを降伏するって何考えてんだ?」
「だろうな。だが、北と南からの挟み撃ちだ。つまらない戦いをしたくなけりゃ作戦がいるんだよ。勝つにしても負けるにしても戦う時間は長い方がいいんだろ?」
「おう、そりゃ大事だ。なんか考えろ」
「だからそれを考えるために城へ帰るんだよ。説明が疲れるから早くしろ」
「それを先に言えよ。よし、お前ら、撤収だ、撤収。城まで戻るぞ」
アギはそう言うと、すぐさま走り出した。
疲れる。
テデムはそう思いながらも、アギの後を追うのだった。
アギたちは一週間ほどかけてオアシスの近くにある城へと戻ってきた。
移動の疲れなど全くないと言った感じでアギはすぐに幹部たちを会議室へ集めた。
幹部たちとは言っても発言するのはアギ、テデム、そしてワンナという竜人だけで、他の幹部はほぼ発言しない。そもそも何かの意見があるわけではなく、どういう方針なのかを聞き、配下に教えるだけしかない。
ライカンスロープのアギは腕を組み、長テーブルの上座に座っている。
そして長テーブルを囲むように幹部たちも座っているが、一部の幹部は気が気ではない。明らかにアギの機嫌が悪いのだ。
テデムから大体の事情は聞いている。
クロス魔王軍がダークエルフのシェラを倒し、こちらに向かっているとのこと。
北の山岳地帯からジェラルドが攻め込んできたこと。
そして魔都からの流通が止まったこと。
砂漠地帯は孤立したということだ。
一応相手は攻め込む動きは見せているが、兵糧攻めのようなもの。
この地域から出さなければ勝手に自滅する。
そもそもこの砂漠地帯では食料を作ることができる場所が極端に少ない。
そしてそれを改善しようと思う者もほとんどいない。
ここにいるのは戦っていれば幸せと思うような者ばかりなのだ。
クロス魔王軍が名を上げる前、北の山岳地帯を攻める予定だった。
ウォルバッグは強いが、配下はそうでもない。
山岳地帯も食料を作ることは難しいがここほどではない。
動こうと思ったところで、クロス魔王軍があっという間に北の山岳地帯を奪った。
しかも北の山岳地帯を治めているのは赤鬼のジェラルド。
魔国一の剣豪で元四天王が何をしているのかと獣人たちは驚いていた。
逆にアギなどは喜んで攻めようとしたが、テデムとワンナに止められた。
何の情報もないところへ攻め込んでも負けるだけだと。
しばらくは抑えることもできたが、とうとう我慢が効かなくなり攻め込んだ。
そうこうしているうちに次は南の森林地帯がクロス魔王軍に落ちたという。
しかも山岳地帯とは違って、シェラの残党を倒すわけでもなく、支配するわけでもない。領地は放置した状態でこちらに向かっているとのことだった。
あまりにも早すぎる行動に、こちらは後手に回っている。
なんとか主導権を取り戻す必要がある。
そのための作戦会議のはずなのだが、明らかにアギが不機嫌なのだ。
逆にアギに意見を言えるテデムとワンナの二人は涼しい顔だ。
一体何を言ったんだと幹部たちは肝を冷やしていた。
アギが暴れたら色々と破壊するので面倒なのだ。
「クロスを暗殺するってどういうこった?」
会議を始める宣言もしていないうちにアギが不機嫌そうに言う。
幹部たちはようやく理解した。
誰の意見なのかは不明だが「小細工する」という話なのだ。
もともと戦いが好きでアギの元に集まった戦闘集団。
それが組織の意義でもあるのに、暗殺という小細工をしようとしている。
これには幹部たちの中にも嫌そうな顔をする者もいた。
テデムが大きく息を吐くと、アギの方を見た。
「クロス魔王軍はクロスでもっている組織だ。奴が死ねば簡単に瓦解する」
「アウロラがいるだろう?」
「アウロラの組織じゃない。アウロラのために命を賭けるような奴はいないさ」
魔王軍の軍師で魔王に意見を言える幹部中の幹部だ。
四天王が協力して追放したのだが、その後、クロス魔王軍の軍師になっている。
アウロラがクロスを魔王代理に認めたという噂が流れたほどだ。
今の状況を見れば、それは正しい噂だったと言える。
「気に入らねぇ。俺はクロスと戦いてぇんだよ。あのヴァーミリオンが怖がってる奴だぞ。そんな奴が魔王様以外にいるか? そもそも魔王様を勇者に倒させるって作戦も気に入らなかったんだ。クロスやアウロラを追放するって件もな! テメェらが従えって言うから耐えてやったんだぞ!」
幹部たちはため息をつく。
あの頃のアギの荒れようは大変だった。
獣人も亜人も大半はヴァーミリオンやシェラのように長命ではない。
嵐が過ぎ去るのを待つ。
そんな作戦を提案され、受けざるを得なかった状況にアギは怒り狂ったのだ。
「今までお前らの言う通りにしてやった。そろそろ俺も我慢の限界だぞ、おい」
「……なら聞くが、勝てるのか?」
「負けるつもりで戦うわけがねぇ」
「心意気は聞いない。勝てるのかと聞いてる」
「……勝負は時の運だ、絶対に勝てるとは言えねぇよ」
「その程度の認識か。お前、クロスって奴を舐めてるだろ?」
「ああ? 知らねぇのはお前の方だろ?」
「だから調べた。昔のことからここ最近のことまで全部な。はっきり言ってやる。お前じゃ勝てない。いや、勝てる奴がこの世にいるのかってレベルだ。あれが持っているスキルは異常だ。複数の性能を持つ上にほぼ万能、使われたら最後だと思え」
さすがにそこまでの認識はなかったのか、アギから怒りの表情が消え、真剣な目でテデムを見ている。
「そこまでなのか?」
「そうだ。だから勝つにはスキルを使われる前、アイツの認識外からの攻撃で殺すしかないんだよ。それでもダメな可能性がある。そんときはお前が突撃して派手に散ってこい。だれにも勝てないなら作戦なんて意味はない。お前のやりたいようにやらせてやるよ」
四天王の一人であるアギにそこまで言えるのはテデムくらいだが、そこまで言っていいのかと周囲は肝を冷やす。戦いで死ぬなら本望だが、こんなことに巻き込まれて死ぬのは御免だと全員が思った。
「そうか、クロスを過小評価してたわけじゃないが、そこまでか」
「分かってくれたか」
「ああ、なら何とかスキルを使わせないような作戦を考えてくれ」
「……あのなぁ」
「お前とワンナは俺の軍師と参謀だ。何がどう違うのかは知らねぇが、俺がやりたいように状況を整えるのがお前らの仕事だろ?」
竜人であるワンナの表情は読めないが、おそらく呆れている。それは表情でなく雰囲気で分かる。そしてテデムは明らかに呆れていた。他の幹部たちも同様だ。
「時間がかかる。この土地も大半が攻め込まれる。それでもいいか?」
「奪われて悔しいほどの土地じゃねぇ。ここにいる魔物も大したことなかったしよ」
戦いを求めてアギたちはこの地へ来たが、拍子抜けするほど魔物たちは弱かった。
それでも人間のレベルで考えれば脅威的な魔物だったが、アギたちの敵ではない。
「そんじゃ、俺は鍛錬を続ける。お前らはなんとかクロスのスキルを探って無効化する方法を考えてくれ。じゃあな!」
アギはそう言うと嬉しそうに会議室を出て行った。
「あの馬鹿が!」
アギは荒れていないが、テデムが荒れている。
今度はこっちかと、幹部たちは自分たちも会議室を出たいと願うのだった。
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