第42話 クーリングオフ
苦しそうに膝をついているディエス。
本体が誰なのかは知らないが、体内でディエスと悪魔が戦っているらしい。アマリリスさんを助けるときの話でそんなことを言っていたが、これがそうなのだろう。
『同じ強さならお互いに消滅するような話だったけど、これで倒せるのか?』
『ディエスはかなりの天使や精霊を食べていたようなのでかなり強くなっています。送り込んだ悪魔では勝てないでしょう』
『でも、金を奪って逃げるくらいの余裕があると?』
『その通りです。すぐに金を奪いましょう』
お主も悪よのう、と言いたいね。
よし、ディエスが苦しんでいる間に中に入ろう。
と、思ったがディエスもさすがは天使と言ったところか。
苦しそうにしながらもこちらに向けて手をかざした。
おそらく魔法を使ったはずだ。
『魔法を無効化してくれ』
『精神支配の魔法を無効化しました。24時間は効きませんが、値段的に装飾品の大部分を使いましたよ』
『構わない。装飾品は渡しておくからできるだけ危険な攻撃は無効化してくれ』
『わかりました。受け取っておきます』
左手からすべての装飾品が消える。
これでいざというときに金貨数枚くらいのスキルが使えるはず。
お金に余裕ができると心にも余裕ができるね。
あとはディエスを扉の前からどかさないとな。
移動速度向上の魔法を使いつつ、木刀を構える。
思いきり左足を踏み込んで、腰をひねりつつフルスイング。
ディエスは悪魔との戦いが苦しいようで踏ん張りがきかなかったのだろう。
俺の力でもディエスを扉の前からどかせるほど吹き飛ばせた。
でも、ダメージを与えた感じがない。おそらく防御系のスキルで固めている。
苦しそうに廊下を転がるディエスを無視して扉の鍵穴に鍵を入れた。
最初は扉を破壊しようと思ってたけど、グレッグから受け取った鍵がある。
罠じゃなければ普通に使えるはずだが……どうだ?
カチリと小気味好い音がして鍵が開く。
即座に部屋に入って扉を閉め、鍵をかけた。
どうやら罠じゃないようだ。
窓がない部屋のようで何も見えない。
発火の魔法を使うと指先に火が付いたが、それだけで中が少し見えるようになった。壁にいくつかのろうそくが備え付けられているので、火をつけていく。
前世の西洋の人なら大げさに手を広げて「ヒュー」と口笛を吹くだろうが、俺はそんなことはしない。でも、驚いてはいる。寄付金を置いてあるところというか、宝物庫じゃないか。
雑に置いてある金貨が入った袋や金の延べ棒がずらりと並んでいる。
わけのわからん金の像とか、強そうな武具も置いてあってどれもこれも高そうだ。
『全部持っていきましょう』
『賛成。いやぁ、俺らって悪党だね』
『何をいまさら。だいたい、クロス様は魔族じゃないですか』
『その通り。寄付をした人には悪いけど、俺たちが貰おう』
近くにあった袋を触る。すると袋の中身だけが消えた。
ダンジョンにあった鉱石とかじゃないので、俺が手に触れただけで俺の物だ。
金属なら硬貨を含めてスキルに預けられる。これは一種の亜空間倉庫だね。
相手が装備している金属は外さないと駄目みたいだけど。
『どんどん回収しましょう』
『触るだけで回収できるなんてありがたいね。今の袋でどれくらいあった?』
『金貨千枚くらいですね』
『教会って儲かるんだな……よし、契約書の場所が分かるようにしてくれ』
『分かりました。金貨一枚を使って契約書の場所を示します』
俺の視界の一部が光輝く。
どうやらゲームみたいにアイテムがある場所が分かるようだ。
金も必要だが契約書も大事だ。むしろこっちが本命。
金貨や金の延べ棒を回収しながら、契約書がある場所へ近づく。
そして棚に収められていた契約書を手に取った。
一枚一枚見ている暇はないな。
『俺が持っている契約書の保持魔法を解いてくれ』
『全部で金貨800枚。それで請け負いましょう』
『すぐにやってくれ』
『解除しました』
その言葉を聞いて、すぐさま発火の魔法を使って契約書を燃やした。
良く燃えるね。これで大部分の契約は破棄されたはずだ。
それを床に捨ててから残りのお金を回収する。
ほぼ回収が終わったところで、入り口の扉が吹き飛んだ。
「貴様! 何をして……なぜここが空に……」
ディエスは右手で胸を押さえてながら部屋に入ってくると怒りの表情で俺を睨む。
部屋にあったものの大半がなくなっているので一瞬驚いたようだが、すぐにまた苦しそうに睨んだ。いまだに悪魔との戦いを続けているのだろう。
こういう時に睨み返しても意味はない。
相手に屈辱を与えるならヘラヘラしていた方がより効果的だ。
「契約書を燃やしてる。クーリングオフってやつだ」
こっちの世界でもこの言葉はあるんだろうか。
まあ、分からない言葉の方がより悔しいだろう。
ディエスはまた眉間にしわを寄せたが、すぐに目を見開く。
「そうか! 貴様がメイガスの契約を破棄したのだな!」
「その通り――俺はヴァーミリオン様配下の魔族だ。あの方は教会にご立腹だぞ?」
いざという時のための保険。報復ならアイツにしてくれ。
またもディエスは俺の方に左の手のひらを向ける。
おそらく精神支配の魔法を使ったのだろうが効果はない。
「なぜ精神支配が効かん!」
「なぜ効くと思ってんだ?」
「……お前、ただの魔族ではないな……?」
やっぱり天使って言うのは人間や魔族よりも魔力的には上なんだろうな。
多分、アルファや妹さんに精神支配を使ったのはコイツなんだろう。
まあいいや、ここで遊んでいる場合じゃない。
『さっき燃やした以外に妹さんが関わる契約書ってあるか? 金を使っていいから教えてくれ』
『わかりました……ヴォルトとメイガス、それにカガミの契約書に関してはディエスが今も持っているようですね。それ以外はありません』
『カガミ……? 陰陽師のカガミか?』
『はい。魔王を封印したのはカガミのスキルのようです』
いわゆる「東国」出身のキャラであるカガミ。
たしか、いくつかの手順をこなすと絶対に破れない結界に任意の一体を閉じ込めることができたはず。魔王様をそれで封印したのか。でも、1000年って。
それはともかく、今のディエスには勝てない。
さっき攻撃して吹き飛ばしても怪我はなかった。
契約書とは関係ない純粋なスキル効果で他人のスキルを手に入れているのだろう。
防御系のスキルで固めているのは間違いないな。
なら次に行くのは地下だ。
スカーレットを説得――無理やりにでもスキルを使わせよう。
そしてディエスを倒して契約書を奪う。
『身体強化でステータスを倍にしてくれ』
『24時間で金貨5枚ならどうです?』
『じゃあ、それで』
『しました』
俺のステータスが倍になってもたかが知れているが、それで十分だ。
速度向上の魔法を使い、ディエスに接近し木刀を振る。
さっきよりも高速で振った木刀でディエスを部屋の外まで吹き飛ばした。
ダメージはなさそうだが、痛みはあるんだろう。
廊下の壁に当たって痛そうにしており、立ち上がれないようだ。
「き、貴様――」
話す気はないのですぐに部屋を飛び出す。
こういうのはあれだ。
有利だからと言ってペラペラ話していると絶対に失敗する。
どんな創作でも悪い奴は最後に余裕をかまして失敗するって決まってるんだ。
そういうフラグは回収せずに終わらせる。
今の俺なら信者に見つかっても構わないな。
邪魔する奴を全員気絶させてしまおう。
階段のところまで戻ると、アドニアがいた。
どうやら屋上から戻ってきたようだが、怖い形相で周囲に目を走らせている。
俺を探しているんだろうね。
俺と目が合った。
「お前! 逃げるとは卑怯だぞ! 仕切り直しだ! 正々堂々と――いだぁ!」
接近して木刀で腹をぶっ叩いた。
派手に吹っ飛んだけど、鎧を着ているから深刻な怪我にはならないだろう。
女性には優しくしないといけないが何事にも優先順位がある。
アドニアはアウロラさん達に比べたら下だ。
さあ、地下へ行こう。
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