第41話 聖騎士と堕天使

 SSR聖騎士アドニア。

 教会と女騎士の二属性持ちキャラで「ぶっころパーティ」の回復役だ。

 スキル「ホーリースラッシュ」を使うと与えたダメージの25%分、パーティ全員のHPを回復する。かなり強いスキルだが、アドニア単体ではあまりダメージを出せないので、残念なキャラという扱いだった。


 教会属性のキャラでパーティを組んでもアドニアをたいして強化できないのでいらない子という扱い。堕天使ディエスのスキルで譲渡するということも可能だが、そもそもディエスはダメージを受けない形にするのが主流だったので、そこでもいらない子とされていたという不憫な子だ。

 属性無視の混合パーティだと多少は活躍の場があったけど、それなら他のキャラでもいいという評価だったので三人娘と同じように低評価だった。


 ただ、フランチェスカ――フランさんがいるなら話は別だ。

 さすがステータス五倍のパッシブスキル。

 信じられない攻撃力と回復能力により誰も倒せなくなるほどだ。


 よく考えたらはらぺこ魔女のスカーレットだけでぶっころパーティは崩壊するな。

 スカーレットはディエスがいるパーティにぶつけないといけないので使いどころが難しいけど。


 それはともかく、アドニアは一人なら弱い。

 それでも三人娘達くらいの強さはあると思う。

 課金スキルがない今の俺では勝てないだろうな。

 でも、勝つ必要なんてない。


 俺が名乗らないと判断したのか、アドニアは突進してきた。


 上段から振り下ろされる剣を木刀で受ける。

 金貨十枚もした木刀だ。その程度の斬撃では斬れない。

 とはいえ、受けた俺の手がしびれた。

 これは何度も受けられないな。


 アドニアは「ハッ!」と口にしながら剣を振るう。

 基本に忠実な剣だが、忠実すぎて読みやすい。

 それに距離を取ると、重い鎧を着ているのに愚直に突っ込んでくる。


 これはスタミナ切れを待った方がいい。

 攻撃が俺に当たればHPが回復する――スタミナも回復するだろうけど、俺には当たらないからな。


 斬撃を可能な限り躱し、危ない攻撃は木刀で受ける。

 俺はそれを繰り返すだけで反撃はしない。


 そのせいか、アドニアは俺が反撃できないと勘違いしているようだ。


「どうした! もう後がないぞ!」


 本当にちょっと残念な子なんだなと思ってしまった。

 教会を辞めてフランさんのところへ行ったらどうだと言いたくなる。

 だが、同情している暇はない。


 こうしている間にも皆は陽動を頑張ってくれている。

 時間が遅くなればそれだけ危険が増える。

 悪いけどここまでだ。


 疲れて動きが鈍ったアドニアが剣を振りかぶる。

 そこへ魔法による高速移動を使って接近。

 振りかぶった腕にめがけて木刀をスイングした。


 ガントレットの部分にそれなりの衝撃を与える。

 アドニアは唸り声をあげて、両手で持っていた剣を地面に落とした。


「卑怯だぞ! 正々堂々と――」


 何を言ってんだと思ったが、特に何も言わず、そのままアドニアの横を通り過ぎて階段がある場所まで走った。


 そしてすぐに扉を閉める。

 鍵のようなものはないが、近くに木箱があったのでそれを扉の前に蹴り飛ばした。

 中に重そうなものが入っているので、扉を開けるのに少しは時間が稼げるだろう。


 でも、アドニアってここまで一人で来たのか?

 他の騎士がいるかと思ったんだけど、誰もいないな。

 一人で来ちゃ駄目だろうに。


 さて、そんなことを考えている場合じゃない。

 今の俺に必要なのは金だ。戦っている場合じゃない。

 すぐさま階段を下りて、下の階へ移動する。


 結構な騒ぎになっているようで、信者たちが廊下を走り回っている。

 逃げている人の方が多いようだが、鎧を着ている奴らは要注意だな。

 人目に付かないように目的の部屋に行かないと。


 ありがたいことにアウロラさんとヴォルトが派手に暴れているようだ。

 皆が外へ出ようと階段を下りている。


 ……ちょっと建物が揺れているんだけど、やりすぎなような気もする。

 まあいいか。ヴォルトは暴れていい権利がある。


 廊下の壁際には一定間隔で壁際に柱がある。そこへ身を隠しながら進む。

 信者たちは慌てているようなので結構雑な隠れ方でも俺に気付いていない。

 これなら目的の場所まで行けそうだ。


 慎重に進み、あと少しの場所までやってきた。

 あそこを曲がった奥の部屋が金のある部屋。

 信者たちもこちらへは来ないようなので、簡単に金を奪えそう。


『そう簡単にはいかないようですね』

『何の話だ――くそ、誰かいるな』


 目的の部屋の前に誰かがいる。明らかにそこを守るように立っていた。

 その服は司祭らしきもので、装飾品も金で出来ているのか派手だ。


 金髪の若い男は俺の方へ視線を向けた。

 隠れているのに俺がいる場所が分かっているようだ。

 なら隠れても意味がないな。


 柱の陰から出ると、男は眉をひそめる。


「怪しげな気配を感じると思ったら魔族とは。ここにある力が目当てか?」


 怪しげな気配?

 力が目当て?

 それはともかく、相手は誰だ?

 少なくとも俺が知っているキャラじゃない。


『サービスで教えますが、ディエスが憑りついてます。かなり危険でしょう』

『嘘だろ、おい。なんで金を守ってんだよ。ヴォルトの方へ行けよ』

『扉の向こうにお金と契約書があるようです。なんとか中に入るしかありません。頑張ってください』


 他人事みたいに言わないでくれ。

 でも、契約書もあるのか。力ってそれのことみたいだな。

 同じ場所にあるのはありがたいけど金がない状態でディエスには勝てないぞ。

 スカーレットもいないし、どうする?


「お前は何者だ?」


 ずいぶんと俺を警戒しているな。

 俺なんかよりもヴォルトたちを警戒してほしいんだが。


「悪魔か、精霊か、それとも天使なのか?」


 なんの話をしているんだ?

 俺はただの魔族なのに。


『私のことでしょうね。ディエスは私の気配がわかるのでしょう』

『ああ、そういうこと。天使とかと似たようなものなのか』

『全く違います。あの程度の者と同じにしないでください』


 なんか怒っている感じだ。何かのプライドだろうか。

 だが、これならディエスと交渉できるか?

 同じ天使だと言えば戦闘を回避できるかも。


「俺は天使だ」

「そうか。私を断罪に来たか」


 ……そういえばディエスは堕天使だった。でも、神の狂信者だよな?


「待て。勘違いするな。私も神を呼び戻すために画策している。やり方は違うが同志だと思ってくれ」


 なんだ? ディエスの目が細くなった?


「なぜ私が神を呼び戻そうとしていると知っている?」


 キャラのプロフィールに載ってたからだよ。

 というか、これも秘密なのかよ。

 知ってちゃいけないことばかり知ってるな、俺。


 だが、この路線で進めるしかない。


「違うのか? 世界の秩序を壊し、それを悲しんだ神が再びこの世界に戻ってくること望んでいると思ったのだが」

「本当に同志なのだな。同じ志を持つ天使がいてくれてこれほど嬉しいことはない」


 ディエスはにこやかに近寄ってくる。

 両手を広げてハグをしそうな勢いだが、応えるしかないな。

 ここで拒絶したら逆に危険な気がする。


 こちらも両手を広げてディエスを迎え入れる。

 そしてお互いに背中を軽く叩いた。


 なんだ?

 かなりきつくハグしてる?


「喜ぶがいい。神を呼び戻すためにお前を食らおう」

「な……!」


 慌ててディエスを突き飛ばす。

 そして後ろに飛びのいた。


「安心するといい、お前の中の天使は私が受け継いだ。私がこの世界の脅威となり神を呼び戻す」


 まさかとは思うが、課金スキルを食ったのか?

 悪魔を食らうとか言ってたけど、逆に天使に食われた?


『応えてくれ。生きてるんだろ?』

『もちろん生きてます』

『なんだ、脅かすなよ。でも、相手はなんか食ったみたいに言ってるぞ?』

『昔食べた天使――ではなく悪魔を向こうに渡しました』

『え? 悪魔?』

『しばらくすればあの男の中でディエスと悪魔が戦います』

『あ、そういう』

『代わりと言ってはなんですが、クロス様の左手を勝手に動かしました』

『え?』


 左手を見る。

 ディエスが着けていた装飾品が左手にあった。


『そこそこ価値がある金属で出来ています。悪魔を一体渡したんだからそれくらい貰っておかないと。金貨五枚分くらいですね』


 なんだろう。ものすごく俺に協力してくれている。


『もしかしてデレた?』

『お金の払いがいい人は好きですよ?』

『気が合うな。俺もだ』


 それに酒を奢ってくれる人も好きだ。


 そんな会話をしていたら、ディエスが眉間にしわを寄せた。

 そして苦しそうに膝をつき、顔を上げて俺を睨む。


「き、貴様……! 何を食わせた!」

「悪魔。よく味わってくれよ」


 よし、金を奪って逃げるくらいのチャンスができたぞ。


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