第40話 本部襲撃
午前一時になった。
聖都の夜は静かで聞こえるのは虫やフクロウの鳴き声くらいだ。
前世の繁華街のように常に明かりがあるような世界ではないので、月が雲に隠れるような夜はほぼ真っ暗。道にはかがり火が置かれているが、聖都全体を照らせるほどじゃない。
見回りはいるが聖国の兵士たちがカンテラを持って回っているだけだ。
治安の良い国では一般兵士の質もたかが知れてる。
脅威にはならないだろう。
そんな状況を確認してから全員が配置につく。
作戦は簡単だ。
バウルたちが騒動を起こし、ヴォルトとアウロラさんが教会本部へ攻め込む。
その全部が陽動であり、本命は俺。
教会本部で契約書を探し、それを破棄する。
ただ、俺にはやるべきことがたくさんある。
教会の金を奪うことが先だ。それがないと契約を破棄できない。
そのうえで、地下に閉じ込められている人たちを解放する。
妹さんの契約を全て破棄したら聖国に用はない。
破棄が終わったらすぐに逃げる。
地下に閉じ込められている人たち騒動を起こせば逃げやすくなるだろう。
捕まっている人たちを全員助けるなんてことはしない。
あくまでも騒動のために利用するというだけだ。
大賢者メイガスに関してだけは別で、これは助けないとアルファが怒るだろう。
助けるのはメイガスとディエス対策のスカーレットだけだ。
これで何人かでも聖都から逃げれば教会の所業が広まる。
そして今回の襲撃でしばらく教会という組織は機能しなくなるはず。
下手をすれば聖国が教会を見捨ててつぶれる。
それは俺の知ったことではない。組織自体を完全に潰すつもりはないが、俺たちのことを追ってこれないくらいには被害を与えておかないと危険だ。
フランさん達は妹さんとアマリリスさんの護衛として孤児院で待機している。
攻め込めないことに文句を言っていたが、妹さんを連れて逃げることも大事な仕事だ。どちらかといえば護衛専門なんだからそれを頑張ってもらいたい。
アマリリスさんは騒動後も聖都に残ることになった。
これはグレッグの監視もある。
もしグレッグが俺たちのことを教会に言えば、アマリリスさんが体内にいる悪魔について世間にばらすということになった。
悪魔を消すという話もあったのだが、このままでいいと決意に満ちた顔でアマリリスさんは言った。芯の強い人だ。体内の悪魔を消すことはできなくとも、体の痛みくらいは消してあげたいが、それだけでももっと先の話になるだろう。
不思議なのはグレッグが積極的に加担してくれていることだ。
本当かどうかはわからないが、聖国や教会に嫌気がさしたということらしい。
というよりも、かなり前から教会という組織を見限っていたそうだ。
それでも教会の仕事をしていたのはなんでだろうね。
四天王と交渉をしていたらしいから、それなりに汚れ仕事だと思うんだけど。
「これが正しいことだと自分に言い聞かせて人には言えないようなこともしてきた。だが、もう疲れてしまったのだよ。私は神にも自分にも誇れないことをずっとしてきた。それを終わらせてくれるなら喜んで協力しよう」
皆の前でそう言ったグレッグは年相応に老け込んだように見える。
だが、なぜかすっきりした顔になっていた。
その後、襲撃に関して、自分なりの意見を添えて提案してくれた。
罠じゃないかと思えるほどだが、情報の精度は高そうな内容に思える。
それと教会本部で使える鍵をいくつか渡された。
「すべての部屋に使えるわけではないが、主な部屋や地下への扉では使えるはずだ」
「いいのか?」
「構わない。教会の上層部はその意義を失っている。私もそれに加担していたから大きなことは言えないが、組織としてはもう駄目なのだよ。派手に潰して欲しい」
少し前にそんなやり取りをしたわけだが、たぶん本音なのだろう。
教会という組織に対して、もしくは神に対して思うところがあったんだと思う。
でも、教会を潰すつもりじゃないんだけどな。
まあいいか。
この鍵があるなら寄付金とかを置いてある場所にも入れる。
本部の地図も書いてもらったし、それがどこなのかも分かっている。
まずはそこへ行かないとな。
よし、準備は整った。作戦開始だ。
静かだった聖都の上空でバカでかい爆発の魔法がさく裂した。
エンデロアで見たときの魔法とは比べ物にならないほど派手だ。
アルファとアラクネがいることによる相乗効果だろう。
たぶん、魔法を使った本人も驚いていると思う。
すぐに魔物が侵入したことを知らせる鐘がなった。
今回も魔族が攻め込んできたという状況になるはず。
ありがたいことにヴァーミリオンと教会は袂を分かつことになったとグレッグが言っていた。俺のせいらしいが知ったことか。
なので、この襲撃はヴァーミリオンの報復行為ということにした。
アイツに責任を擦り付けよう。
さて、そろそろ兵士達もゴブリン達の方へ向かったはずだ。
アウロラさん達も教会本部へ突撃したはず。
おそらく強い相手と戦っているはずだ。
「それじゃ、フランさん、俺も行ってきます。妹さんをよろしく」
「留守番は好きじゃないんだけどね」
「でも、一番重要な仕事です。契約がなくなれば目を覚ますはずなので、そうなったらすぐに聖都から離れてください。あとで合流しましょう」
「分かったよ。こっちは任せな。でも、クロスも気をつけなよ?」
「ここで捕まったらフランさんのカラアゲが食べられなくなるから気を付けるよ」
「帰ってきたらいっぱい食わせてやるから頑張んな」
そう言うとフランさんは俺の背中を叩いた。とても痛い。
そしてなぜか三人娘もそれぞれ叩いた。
だから痛いって。なんで同じ場所を叩くかな。
「クロスさん」
「アマリリスさん、どうされました?」
アマリリスさんがいきなり俺の手を両手で握ってきた。
「無事を祈っております。しばらくお会いできませんが、必ずお礼に行きますので」
「教会へ襲撃するのでお礼をされるようなことはしてませんよ。でも、ほとぼりがさめたら遊びに来てください。その時は体内の悪魔を消しますから。それがだめなら痛みだけでも」
アマリリスさんはちょっと涙目になってお辞儀をした。
なぜかフランさん達の視線が痛いんだけど、なんだこれ。
早く行けって思われているんだろうか。
それじゃ行こうかね。
たとえ暗闇でも、ちょっとした光源があれば魔族特性の夜目で見える。
移動速度向上の魔法をつかって建物の屋根を走り抜けた。
聖都の中心にある白い鐘、教会本部はそこから北東の位置にある。
もっと北の方には女王が住む城があるけど、そっちは無視だ。
目指すは契約書がある教会本部。
助走をつけて白い鐘がある塔を目指して飛んだ。
かなりの滞空時間から白い鐘に向かって飛び蹴りを食らわせる。
ゴワン、と鈍い音がして白い鐘が外れた。
そして激しく鐘を鳴らしながら塔から落ちる。
地面に落ちたときにさらに大きな音が鳴ったが、これだけ鳴れば気付くはず。
ここへも多くの兵士が集まるだろう。
これも一種の陽動だな。
今度は塔の上から北東へ向かってジャンプ。
空から見る聖都はかなり広い。教会本部の敷地もかなりの大きさだな。
その本部は屋敷というよりも石造りの砦に近い。
北にある城よりは小さいが、教会の本部なのでそれなりの造りなのだろう。
さすがに今回は屋上を突き破るような真似はできないだろう。
そもそも聖剣を持ってないからステータスも低いしな。
教会本部の屋上に着地した。
その衝撃で着地した場所が少し陥没したけど、やっぱり貫けないか。
悔しがっている場合じゃないな。すぐに中へ入らないと。
アクション映画みたいに窓ガラスを割りながら飛び込むと言うのはありだが、そんな目立つことはしない。普通に階段を使って侵入しよう。
屋上にある四角い建物には扉がついている。
あそこが入り口というか屋上への出口なのだろう。
本部の構造はグレッグから教えてもらってそれを頭に叩き込んである。
ここからならすぐに金がある場所まで行けるはずだ。
そう思いながら扉を押して入ろうとしたら、その前に扉が内側に開いた。
白い鎧を着た銀髪の女性と数秒目が合う。
お互いに見つめ合ってしまったが、相手が先に動いた。
剣を抜いて斬りかかってきたのですぐに後方へ飛びのく。
「貴様! 何者だ!」
銀髪で白い鎧の騎士……おいおい、聖騎士アドニアかよ。
俺も運がない――いや、運がいいのか?
アドニアは致命的な弱点がある。
一人だと弱いんだ。
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