第39話 神のいない世界

 エルセンを出て二週間後、聖都ホワイトベルに到着した。


 ここでも問題もなく入れたのはアマリリスさんのおかげだ。

 アマリリスさんが皆を信者だと言っただけで通れたのはちょっと怖いが。

 普段の行動のおかげなのだろう。


 それにアマリリスさんがよく奉仕活動に向かう孤児院で待機が可能になった。

 孤児院の人には申し訳ないが、できるだけ迷惑をかけないようにしよう。


 いざとなったらすぐに暴れるつもりだったからいきなり戦闘でも良かったんだけど、これでずいぶんと有利になった気がする。

 暴れるタイミングを選べるのは何かと都合がいい。

 やっぱり夜だろうな。皆が寝静まっている深夜。


 可能な限り命を奪いたくないというのはいつもの方針だ。

 教会を潰すかどうかに関しては、流れで、ということになった。

 流れで教会を潰すかどうか決まるのっていいのだろうか。


 ただ、教会がどうなろうとも妹さんを助けたら即座に逃げる。

 なので、追ってこれないだけのダメージを教会に与えておきたい。

 教会が酷いことになれば聖国もしばらくは動けないだろう。


 本命は夜の襲撃だとしても、やるべきことはある。

 俺とヴォルト、そしてアマリリスさんでグレッグに会う。

 すでに連絡済みで、とある教会で会う予定だ。


 グレッグにはヴォルトの妹さんが目を覚まさないので連れてきたと伝えた。

 それは事実だが、会う理由はそれとは全く関係ない。

 グレッグを捕まえて情報を得ることが目的だ。


 人払いをして、グレッグだけで待っているようにも伝えた。

 魔国へ送った妹さんのこともあるし、誰に気兼ねすることなく話せる状況にしてほしいと言ったら了承してくれたようだ。最初は大聖堂という話だったが、さすがにそれは断った。


 聖都の中心からかなり離れたところにあるにある小さな教会。

 そこへ到着すると、周囲には誰もおらず、周辺も静かで何もなかった。

 花壇の花が風に揺れているだけだ。


 さびれているという感じはしない。

 花壇もあることだし手入れというか掃除はされている。

 ただ、普段からあまり出入りがないような場所に見える。

 建物自体も何度も補修されてはいるようで元はかなり古い物だ。


 アマリリスさんの話ではここは「始まりの教会」。

 建国時から存在する由緒ある教会だが、聖都の中心に大聖堂ができてからは観光名所のようになっているとのこと。特別な日だけ解放して、普段は使われていないとのことだった。


 今日は特別な日ではない。

 なのでグレッグがこの場所を指定してきたらしい。


 入る前にグレッグ以外の誰かがいるか確認したいことろだが金がない。

 こっちにはヴォルトがいるからなんとでもなるだろうが気を付けよう。


 アマリリスさんが教会の正面にある扉を開けて、中に入る。

 俺とヴォルトがそれに続いた。


「グレッグ様」


 グレッグは教会の礼拝堂で祈りを捧げていたようだ。

 奥には神を模した像が設置されていて、その前で膝をついて頭を下げている。


 グレッグは祈りを止めて立ちあがり、こちらを向く。


「アマリリス君、それにクロス君にヴォルト君も。サンディア君を助けてくれたのだね。ありがとう、君たちのおかげで助かったよ」


 グレッグは前に会った時よりも笑顔だ。

 周囲には誰もおらず一人のように見えるが、さてどうだろう。


「アマリリス君の話ではサンディア君が目を覚まさないとのことだが、今はどこに? 聖都に連れてきたのだろう?」

「その前にお聞きしたいことがあります」

「聞きたいこととは?」

「サンディアちゃんの状態をご存じですか?」


 さて、どう答えるか。

 応えによって待遇が異なってくるが、どちらにせよ拘束してしばらくどこかへ閉じ込めるくらいはする。言葉を信用できるかどうかは分からないけど、俺が持っている情報でなんとか真実を知っておきたい。


「サンディア君の? 目を覚まさないと聞いたが、それ以外にもなにかあるのか? まさか病気が悪化したのか?」


 グレッグは本当に心配そうな顔をしているが、これくらいなら演技ができるか?

 それとも人質としての利用価値を心配している?


 ヴォルトがアマリリスさんの前に出た。


「俺も聞きたい、教会は妹をどうするつもりなんだ?」

「どうする……? もちろん手厚く看護するつもりだ。ここならアマリリス君だけでなく、他にも優秀な者がいる。病状の進行を止められるだろうし、それ以外にも何かあるというなら全員に診てもらえばいい。対処が可能なはずだ。それに――」


 グレッグは俺を見た。

 なんだ? 以前よりも友好的な視線のように思えるけど気のせいか?


「クロス君ならサンディア君の病気も治せるのだろう? 誠意が必要ならどれくらいの誠意が必要なのか言ってくれたまえ。ヴォルト君やクロス君の教会に対する信頼はほぼゼロだろうが、それで信頼が買えるなら安いものだ」


 誠意、つまりお金か。

 これも本気で答えているような気がする。

 ヴォルトに視線を送ると、ヴォルトは頷いた。


「妹に俺の力――勇者の力以外を譲渡しているな?」

「……そうか、知ってしまったか。魔王を倒すためには聖剣が必要なのだが、それが教会にはなかった。なのでサンディア君には教会の持つ力をかなり譲渡したと聞いている。それなら魔王を倒せると思ったらしい。結果は封印までだったようだが」

「そのせいで妹の体は崩壊しかけてる。あと二週間もすれば死んじまうそうだ」

「なんだと……?」


 本気で驚いているように見えるな。

 グレッグもこのことは知らなかったようだ。

 もしかするとやった堕天使ディエスも知らない可能性があるけど。


「妹へ譲渡した力の契約を全て破棄しろ。今すぐにだ。できるよな?」


 殺意がこもった言葉がヴォルトの口から出ると周囲の温度が下がった。

 気のせいかもしれないけど、それくらいの冷たい感情がこもっている。

 その殺気をまともに受けたグレッグの顔がゆがんだ。


「それは間違いない話なのか?」

「クロスが調べた。間違いない」


 ヴォルトは俺を絶対的に信じているみたいだな。

 ちょっと怖いくらいだが、それは後だ。


「で、どうなんだ? やってくれるんだよな?」

「もちろんやるつもりだ。だが、今すぐには難しい。私にはできないのだ」

「他の奴ならできるって意味か?」

「そうだ。力の譲渡、そしてそれを可能にする契約書の作成、それは教会の幹部である司祭が一人でやっていることで、破棄に関しても同様だ。もちろん依頼をすることはできるが、すぐに対応してくれるかどうかは分からない」

「そいつの名前を教えてもらってもいいかな? できれば経歴も」


 俺の言葉に全員が不思議そうな顔をした。

 はらぺこ魔女のスカーレットについては言ってあるけど、堕天使ディエスの件だけは誰にも共有してないからな。


「ディエス殿だ。経歴は――教皇様くらいしか知らないだろう。あの方がどこからか連れてきた方だからな」


 予想通り。

 となるとディエスは教皇派か、それともまったく関係ないか。

 天使が人間の権力争いに加担することはないだろう。

 ただ、天使がこの世界でやりたいことをするなら権力はあったほうがいい。


 天使ということで狂信者の教皇を操っている可能性が高いな。

 派閥争いもディエスが教皇に吹き込んでいるのかも。

 そのあたりはキャラ設定に書かれていなかったけどどうなんだろうか。


 やらせているなら最終的には聖国を乗っ取るつもりか?

 そのために力を集めている?


 これは確認するしかないな。


「グレッグさん、貴方はどっちの派閥なのかな? 女王派? それとも教皇派?」

「……なんの話かね?」

「ディエスと同じ派閥なのか聞きたいんだけど教皇派なのか?」

「……君は……何者だ?」


 グレッグは俺を怖がっているのだろうか。

 怯えているという感じもするが、ある種の期待も感じられる目だ。

 複雑そうな表情だからいまいち感情が読めないけど。


「俺は魔族でそれ以外の何者でもないよ。それで答えは?」

「派閥としては女王派だが、どちらでもない。私には興味がないのでね」

「なら、次の質問。ディエスは貴方の依頼を聞いてくれるのか?」

「……分からない。サンディア君を連れて行けば対応してくれるとは思うが……」

「実験台にされる可能性の方が高いか?」


 俺の言葉に全員がそれぞれの感情をあらわにした。

 ヴォルトは怒り、アマリリスさんは驚愕、グレッグは――なんだろうな?


 グレッグはディエスを天使だとは知らないだろうが、ディエスの言動に関しては知っているのだろう。


 そもそもディエスも教皇と同じように神の狂信者だ。

 人間に対して特になんとも思っていないはず。

 むしろ妹さんを見たら、今後どうなるのか検証しようとするかもしれない。


 駄目だな。契約関係をディエス一人でやっているとなると話し合いは無理だ。当初の予定通り、こちらから一方的に契約を破棄するしかない。


「グレッグ、お前を拘束する」

「……理由を聞いても?」

「お前が自由だと面倒だから」

「面倒?」

「俺たちは今日の夜、教会本部を襲撃する。妹さんに対するすべての契約書を見つけ出して強制的に破棄するつもりだ」

「何を言っている、そんなことは――」

「俺と仲間たちならできる。それを邪魔しそうなお前を自由にしておくつもりはない。運が悪かったと思って諦めろ」


 できるとは言っても、金があればだけど。

 教会本部に寄付金をまとめておくような場所ってあるよな?

 俺はまずそこへ行かないと。


 なんだ?

 グレッグはずいぶんと大人しいな。

 それに笑った?


「分かった。大人しく拘束されよう。代わりに私からも一つ聞きたいのだが」

「俺に?」

「クロス君は神の存在を信じていないのかね? 教会を襲うなら神罰が下るぞ?」

「神はもういないだろ?」

「……フ、フフ、フフフフ……!」


 いきなりグレッグが笑い出した。

 ちょっと怖いんだが。


「どうかした?」

「もういない、つまり神がいたこと、そしていなくなったことも知っているわけだ」


 ……やべ。これってこの世界の常識じゃないのか?

 もしかして教会の上層部しか知らないこと?

 だいたいソシャゲのタイトルが「放棄世界の英雄譚」だぞ。

 神に見捨てられた世界って一般常識じゃないのか?


「クロス君にとって教会は滑稽な組織に見えるだろうな……」

「滑稽? 別に滑稽とは思わないけど?」

「神がいないのに祈りを捧げているのだぞ? それに神の名を使って色々している」

「この世界に神はいないだろうけど、どこかにはいるだろうから祈りは届いているんじゃないの? それに神がいなくても神の教えを守って人を助けようとしてるなら別に滑稽でもなんでもないと思うけどね。神がいるかいないかで行動が変わるのか?」


 神がいないという発言に驚いているアマリリスさんの方へ視線を向ける。


「アマリリスさんなら神がいようといまいと困っている人を助けると思うけど」


 アマリリスさんの顔がリンゴみたいに赤くなったけど大丈夫だろうか?

 たしかに教会所属でもやってることが怪しい連中もいる。

 でも、大半は善良だし、そこまで酷いことはしていない。

 だいたい、神は死んだわけじゃなくていなくなっただけだ。

 いつか戻ってくる可能性だってあると思うが。


 なんだ?

 グレッグはずいぶんと驚いた顔をしている。

 変なことを言ったかな?


「そうか、そうだな……神はいてもいなくても何も変わらないな……分かった。暴れたりはしないから丁重に扱ってくれ」


 よく分からないが納得してくれたみたいだ。

 よし、あとは夜を待って襲撃しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る