第38話 軍師の相談と聖国の歴史

 クロス魔王軍はエルセンを出て、カロアティナ王国を西に向かって移動している。


 教会の紋章がある馬車と、それを馬に乗って護衛する四人の騎士、そしてその後方を歩くフードをかぶった集団。他から見れば教会の集団と思うだろう。その正体は魔族が率いる軍隊だけど。


 馬車は布を張ったタイプじゃなくて、西洋風の箱型馬車。

 中にはアマリリスさんと妹さん、そしてアルファとアラクネがいる。

 俺は馬車の御者をしていて、なぜか隣にアウロラさんが座っていた。

 馬車の中にいて欲しいんだけど、かたくなに拒否してくるのがよく分からん。


 馬に乗って護衛をしているのはフランさんたちだ。

 村にいた馬だから軍馬ではないんだけど、それなりに様になっている。

 というか、全員がお揃いの黒い鎧なんだけど、いつの間に……?


「クロスさんが渡した契約金で揃えたそうです。おしゃれポイントは胸のあたりに彫り込まれた百合の花だとか」

「いきなり俺の心を読まないでくれます?」

「すみません。何を考えているかバレバレでしたので」


 俺、そんなに顔に出るタイプなのかな?


 それはそれとして、よくこんな短期間にそろえたものだ。

 でも、そこまで強力な装備ではないな。

 鉄製の鎧だから黒百合時代の装備よりははるかに劣るだろう。


 ミスリルが残っていればそれで作ってもらってもよかったんだけどな。

 残念ながら今はもうない。

 今度どこかで見つけたら渡そう。


 ヴォルトとゴブリンたちはフードを深くかぶって馬車の後を歩いている。

 そこまでスピードを出していないけど、ちゃんと気にかけておかないとな。


「クロスさん、聞きたいことがあるのですが」

「なんです?」

「なぜ色々なことを知っている――いえ、色々なことをできるのでしょうか?」


 そう聞きたくもなるよね。

 さっきの食事のときに教会の戦力を説明したんだけど、教会関係者のアマリリスさんよりも詳しかったからな。それに、はらぺこ魔女のスカーレットのことも説明して優先的に契約を破棄する話もした。堕天使ディエスのことは言わなかったけど。


 スキルのおかげだとは伝えたけど、情報収集系のスキルってわけでもない。

 アウロラさんの一撃で死んだはずだったけど復活したし、妹さんの崩壊を一時的に止めたのもスキルの効果だとばれている。統一性のない不思議なスキルだから聞きたくもなるだろう。


「スキルのことは聞かないって約束でしたよね?」

「それはそうですが……なら言いたくない理由を聞いても?」

「色々ありますけど、敢えて言うなら便利すぎるからですね」


 スキルに頼りすぎるのは良くないというのは俺の考えだ。

 でも、考えは人それぞれ。

 俺のスキルを知って金のある限り頼みたくなる人もいるだろう。


 スキルも言ってた。

 ばれて不幸な目に遭った人もいると。

 詳しくは聞いてないけど、たぶん、際限なく依頼されたんだろうな。

 俺は他人のために犠牲になるのは御免だ。


「便利すぎるから知られたくない、ですか……」

「アウロラさんには分からない話かもしれないですね」

「はい、よく分かりません。それを使えば多くの魔族を救えると思うのですが」

「救うですか。でも、アウロラさんがやりたいことが皆のやりたいことじゃない」

「私のやりたいことは間違っているのでしょうか?」


 ものすごく真剣な目で見つめられた。


 アウロラさんのやりたいことを明確に聞いたことはないけど、たぶん、魔国内の争いを止めたいんだろうな。そして人間との戦いも。魔王代理を決める戦いを止めたし、できるだけ命を奪わないようにしている。魔族の皆に死んでほしくないということだろうな。


 俺に言われたからか、アウロラさんの視線が揺れていて自信がなさげだ。

 今は同い年だけど、俺は二度目の人生。

 なら年長者としてのちょっといい感じのことを言っておこう。


「アウロラさんが間違っているかどうか、はっきり言って分かりません」

「えぇ……?」

「行動が正しいかどうかなんて未来に生きている人にしか決められないんですよ」

「それはそうですが……それじゃ私はどうすれば?」

「後悔しないように行動するだけじゃないですか?」

「後悔しないように……」

「あとは多くの人に意見を聞くことですね。最終的な判断は自分でするべきですが、多くの意見を聞くことは大事です。それを盲目的に受け入れるだけではなく、必要なら取り入れて、消化して、より良い考えにして、判断をするべきですね」

「多くの意見を聞いて取り入れる……」

「アウロラさんは魔国に友達がいなそうですよね」

「殴っていいところでしょうか?」

「死ぬからやめてください。でも今は相談できる人がいるじゃないですか」


 すぐ横で馬に乗っているフランさんの方を見る。

 フランさんもこっちに気付いたのか、軽く手をあげて応えてくれた。


「そう、ですね……」

「軍師だからってこれからは一人で決める必要はないと思いますよ」

「はい、ありがとうございます。少しスッキリしました」

「そりゃ、良かった」


 いいこと言った……と思いたい。


 いや、ダメか?

 大したことを言っていない気がする。


 二度目の人生なのに大したことを言えないってどれだけ薄いんだ、俺の人生。

 でも、仕方ないか。前世の教訓なんて「お金と体を大事に」くらいだからな。


「クロスさん」

「え? はい? なんです?」

「ヴォルトさんの妹さんを助け終わったら相談させてもらってもいいですか?」

「相談されても役には立たないと思いますが」

「いえ、聞いてくださるだけでも。できればクロスさんの意見を聞かせてください」

「まあ、できれば、でいいなら」


 相談とは言っても答えはすでに決まっているというのは良く聞く話だ。

 後押ししてほしいだけで、正論やアドバイス、反対意見を聞きたいわけじゃない。

 それに正しい答えを知りたいわけでもない。自分が正しいと思いたいだけ。


 なかなか難しい相談になりそうだけど、聞くだけは聞こう。

 でも、まずは教会だ。こっちを失敗するわけにはいかない。

 幸い、俺以外は皆強い。確実に契約を破棄して妹さんを助けよう。




 聖国への移動は順調だ。

 それぞれの関所ではアマリリスさんが活躍してくれた。

 どの関所もアマリリスさんが微笑むだけで通れるくらいの勢いだった。

 いい人というのは雰囲気で分かるのかね。


 移動中、そのアマリリスさんから聖国や教会の話を聞けた。


 聖国の正式名称はクレセント王国。

 前世でいえばクレセントは三日月という意味だが、ここでは人名。

 建国した初代女王の名前だったとか。

 それ以降、この国は女性の王による統治がされている。


 建国当時に初代女王と共に活躍したのが現在の教会という組織。

 女王クレセントは敬虔な信者であり、信仰による統治を始めた。

 クレセント王国ができる前の国は民に対して酷い圧政を布いていたようで、住民にも神への信仰が受け入れられたらしい。


 建国当時は信仰を理由に隣国へ侵略などもあったようだが、今は落ち着いている。

 というのも、魔王という明確な敵ができたことで、人間同士で争っている場合ではないと方向転換したからだ。


 ただ、それは表向きで裏では四天王と繋がっていたみたいだけど。

 これに関してアマリリスさんはショックだったらしい。

 魔族と手を組んだことではなく、それを知らなかったことがショックだそうだ。

 グレッグも教会の上層部しか知らないと言っていた。

 聖女であっても、教会にとってはただの広告塔みたいなものなのだろう。


 ここまでは全員が共有した情報だが、俺だけが知っている話もある。


 教会は二つの派閥に分かれている。

 女王派と教皇派の二つだ。


 女王コルネリアはあくまでも国を統治するための信仰であって、神を信じているわけではない。逆に教皇オリファスは敬虔な信者で狂信者と言ってもいいほどだ。


 ただ、権力と戦力はいまのところ女王の方が上だ。


 あくまでも教会は国の保護のもとに存在できる組織。

 そして女王は教皇が権力を持つことを許さない。

 なので教会の上層部には女王の息がかかった者が何人もいる。


 逆に聖国の重鎮にも教皇の息がかかった人が何人かいる。

 聖国の重鎮、赤の騎士団長バルバロッサとか宮廷薬師スコールとかだ。

 この辺りをうまく使えばより大きな騒動を起こせそうな気がする。

 でも、そんな時間はないかな。どちらかと言えば短期決戦だ。


 問題は堕天使ディエスがどっちの陣営なのかってところだな。

 それによって作戦がちょっと変わるかもしれない。


 グレッグもどっちなのか確認しておきたいところだけど、どちらにしても拘束するしかないな。どっちの派閥でも面倒そうだし。


 さあ、あと少しで聖国に入る。

 気合を入れて行かないとな。

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