第216話 魔王の封印
日が完全に落ちる少し前、魔都に到着した。
夜が近いというのに魔都はそこまで慌ただしくない。以前来たときはこれからが不死者の時間ということでかなり殺気立っていたというか、悲壮を感じるような雰囲気もあったが、今はそんなこともないようだ。
これもパトリシアさんのおかげだろう。ヴァーミリオンの領地である湿原地帯、この南半分くらいを支配しているといってもいい。そこへ足を踏み入れたら、不死者はあっという間に潰される状況だ。
そのおかげで魔都や聖国の中央部あたりは不死者の侵攻が減った。魔国の森林地帯や聖国の南部あたりは侵攻がなくなったほどだ。不死者たちが隠れている可能性があるので警戒は緩めていないようだが、ほとんど戦闘はないらしい。
ただ、少しだけ勝利が見えたというか、戦いの終わりが見えたことで、その後のことを考える人達が増えた。
エンデロアの領地を取り返したからな。女王コルネリアとカロアティナ王国が領地をどうするかという話があるらしいけど、そんなことは全部終わってからやってもらいたい。
なので暫定的にあの領地はクロス魔王軍の物だとした。フランさんやアランたちの活躍で取り返したんだから当然という主張をしたんだけど、最終的には聖国とカロアティナ王国で半々だろう。
俺的にはそのあたりはどうでもいい。俺が悩んだり決めたりすることじゃない。今の俺の目的は魔王城の宝物庫、そしてテデムやワンナたちと話をすることだ。
パンドラを通して話したい内容は伝えてある。到着したらすぐに魔王城の作戦会議室へ来て欲しいとのことだったので、アウロラさんと一緒にそこへ向かった。パンドラはメイド号改のメンテナンスをするとのことで別行動だ。
そういえば、アウロラさんが魔王城に戻るのは久しぶりか?
「魔王城にアウロラさんの部屋があるんですよね?」
「以前住んでいた部屋はありますが」
「私物を取りに行ったりはしなくてもいいんですか?」
「必要な物は魔王城を出たときに全部持ってきましたので、他に私物はありません」
「ならいいんですけど」
「なにか気になりますか?」
「いえ、アウロラさんが魔王城に戻ったのは久しぶりだと思っただけです」
「私の感覚からすれば数ヶ月程度なのですが、確かに久しぶりですね」
アウロラさんは歩きながら考えるそぶりをする。そして首を横に振った。
「やはり必要ありません。もともと部屋にはほとんど何もありませんでしたから」
「そうでしたか」
そもそも戻る気がなかった可能性が高いな。まあ、今となってはどうでもいいことだけど。おっと、どうやら作戦会議室に着いたようだ。
ノックすると、中から「開いてるぞ」とテデムの声が聞こえた。
扉を開けると、中にはテデムとワンナの二人がいて、丸いテーブルの上で食事をしていたようだ。テデムはアウロラさんを見てから一瞬だけ驚いた顔になり、ワンナと一緒に席を立つ。そして頭を下げた。
「お久しぶりです、アウロラ様」
「はい、お久しぶりです、テデムさん、ワンナさん」
以前は砂漠地帯で戦いになったが、アギの軍の幹部だったのだから面識はあるだろう。それに俺がアウロラさんを魔王として推すように言っておいたから敬意を払ってくれるようだ。
「食事中にすみません。私達も勝手に食べますので、続けてください」
「そういや食事がまだでしたね。なら食べながら話をしますか」
簡単な物しかないが、その方がいいだろう。テデム達が食べている物もかなり質素だ。腹を満たせればいいという程度の雑な料理。前線で戦っている人の前で良い物を食べるのは気が引ける。
テーブルの上にそこそこな量の料理――料理というか保存食を広げた。量はあるから良かったら食べてくれと一応言っておく。
テデムは少しだけ笑ったようだ。
「クロスのおかげで魔都の食料事情も改善されたよ。ベルスキアというところからパンドラたちを通して色々と融通してもらった」
「そりゃよかった。他の物資は大丈夫か、武具とか」
「そっちも大丈夫だ。それ以前に、こっちへ来る不死者が減ったからな。今は過剰というくらいだ。余剰分は北側の山岳地帯に回してる」
今の激戦区は北側だけだからな。この辺りは落ち着いているんだろう。
「それでパンドラから聞いたんだが、アギに会ったんだって?」
「ああ、なんとか言いくるめて次の満月に戦うってことになった」
「そうか、約束を果たしてくれるわけだ」
「前に必ず倒してやるって言ったけど、別の奴が倒してもいいか?」
「あのときカッコつけたんだから、最後までやりぬけよ!」
俺だってそうしたんだけど、できるかどうか分からないんだよな。ここは魔王城の宝物庫に期待するしかない。
「それと俺たちを迎えに来たと聞いたが?」
「ああ、聖国北の戦場、そこからさらに北にある場所で戦う予定なんだが、お前らも来ないか。アギは吸血鬼になってたけど、ちゃんと話はできるぞ。最後に話をしたいと思ったから誘いに来たんだが」
「そうだな。あの時は色々なことがいきなりだった。俺たちはいつ死んでもいいと思ってはいるが、それでも最後の言葉くらいは交わしたい」
テデムがワンナの方を見ると、ワンナは頷く。
「俺たちにその機会をくれるのか?」
「どちらかといえば、アギにその機会をやりたいと思っているかな」
最後の言葉というよりも説得してこっちに引き込んで欲しいと思ってるけど、それはアイツの性格から考えても無理っぽい。それに状況は分からないが吸血鬼だ。裏切ったとたんに灰になる可能性だってある。
「分かった。魔都も落ち着いているし、俺たち二人がいなくてもしばらくは大丈夫だろう。ぜひ、連れて行ってくれ」
「なら、いつ出発できる? 満月の日までには到着しておきたいからできるだけ早い方がいいんだが」
「明日一日は色々と引き継ぎたいので、明後日の朝ならどうだ?」
「それでいいぞ。ちなみに、移動に関してはヴァーミリオンの領地を突っ切る」
「……もしかしてパンドラが使っている空飛ぶ乗り物か?」
「メイド号改な」
「大丈夫だとは思うが、なぜか心配だな」
「奇遇だな。俺もそう思ってる」
たぶん、大丈夫。そのためにパンドラはメンテナンスをしてくれているみたいだし。今日も砂漠を突っ切ったが、特に問題はなかった。次も大丈夫だろう。
とりあえず話が終わったので、テーブルの上に置かれた保存食を食べる。味が濃いし噛み応えがあるが悪くない。ここに酒があれば最高なんだが、飲むわけにはいかないよな。
「ところでアウロラ様」
「なんでしょうか?」
テデムがアウロラさんに話しかけている。アウロラさんは硬い干し肉をかじっていたが、噛み切って飲み込んだようだ。
「ヴァーミリオンを倒したら、アウロラ様が魔王として魔国を治める形に?」
「まず、敬称や丁寧な言葉はいりませんよ、テデムさん」
「ならアウロラ、魔王になるのか?」
いきなりくだけたというか、不敬と言われても仕方ないくらいの口調だな。
アウロラさんがテデムの方ではなく俺の方を見ながら「はい」と言った。言いたいことがあるなら――言わなくていいや。
「私が魔王として魔国を治めるつもりです」
「それはいいんだが、玉座の間にいる魔王をどうするんだ?」
「今はまだ考えていません。ただ、落ち着いたら封印を解除するしかないでしょう。そして戦うことも視野に入れています」
「そうか……」
前の世界の話では、アウロラさんが神魔滅殺で封印ごと破壊したという。安全を考えるとそれが一番いいが、魔王が何をしていたのか分からなくなる。
放浪していたアウロラさんを娘として保護するというのもおかしな話だが、さらには予言がある。どう考えても魔王が絡んでいるとしか思えない。魔王はバランサーという神の遺産でもあるし、いきなり倒してしまうのは不味いような気がする。
それとも疑問はあっても答えを求めずに倒した方が……難しいところだな。
「テデムさんは何を確認したいのですか? 玉座の間にいる魔王に何か問題が?」
「魔都での戦闘に余裕ができたので、玉座の間にある氷の封印に関して調査が再開されたんだ。専門家の話によると、あと一年程度で封印が解けそうという話なんだが」
前は千年くらいとか聞いたんだけど、どれだけ間違えたらこんなに違いが出るんだろうな。
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