第217話 パスワード

 昨日は魔王城にある適当な部屋を借りて眠った。アウロラさんは自室があるので、そこで寝ていたようだ。今日は宝物庫へ行く予定だが、まだ時間があるので少しのんびりしよう。


 話に聞いていた通り、昨日の夜はほとんどゾンビたちが来なかった。全く来ていなかったわけではないが、おそらく指揮官クラスの吸血鬼はいない。


 北の戦場にいるのか、それとも吸血鬼達も倒されたのか、現場でゾンビたちに命令を出す奴はいない。ヴァーミリオンの城でここを攻撃しろと命令されただけなのだろう。単純に突撃を繰り返すだけのゾンビなんて花火で足止めしたら一瞬で対処できる。


 そんな戦いをアウロラさんは初めて見たのだが、ずいぶんと感心していた。カガミさんがやったことを聞くと、さらに感心していたようだけど。


 これまではこの五倍の量はいたし昼夜問わず襲われていた、さらにドラゴンゾンビなどの危険な相手もいたことを伝えると、感心を通り越して呆れたような顔になっていた。


 アウロラさんは一対一なら強いけど、集団戦には弱い感じだからな。不死者たちとの戦いを三年以上続けていたということに、敬意を払ってくれているのだろう。


 さて、それはいいとして、問題は昨日聞いた魔王の封印の件だ。


 あと一年程度で魔王の封印が解かれる。それが封印を調査している解析班全員の見解だ。


 この封印はカガミさんの結界術をベースに色々なスキルが混ざったもの。とはいえ、その原動力は魔力であり、封印がどれだけ持つかに関しては魔力の消費量で決まる。


 封印に使われている魔力の消費量を計算する数式という物があり、一日の消費量などを算出してどれくらいで解除されるかを確認するのが主なやり方らしい。


 その計算で行くと、約一年後には封印が解かれるとのことだ。


 三年前とちょっと前、つまり封印直後に関しては、一日の魔力消費量もそこまで大きくなかった。なので千年持つという結果だったらしい。


 ただ、今は違う。急激に封印の魔力が消費され、早ければあと一年で魔力がなくなるらしい。


 その理由に関しては憶測でしかないらしいが、封印されている魔王が影響しているとのこと。外部からの要因がない以上、内部から何かしているという消去法の考えしかないとか。


 外部から魔力を注入して封印を維持するという話もあったのだが、それは却下された。そもそもこの混乱は魔王が不在のために起きたこと。封印が早めに解かれるのは悪いことではないというのが、魔族の中で浸透している。


 事情を知らない人ならそれでいい。ただ、魔王が神の遺産であることや、アウロラさんへやっていたこと、それに世界を滅ぼす予言のことなどを知っていると、本当に封印が解かれていいのかと心配になる。


 最終的に封印を解くつもりではいたが、こちらの準備がしっかり整ってからと考えていた。もし準備不足の状態で魔王と戦うことになったらどうするべきか。


 アギやヴァーミリオンとタラタラと戦っている場合じゃないな。アギの方はともかく、ヴァーミリオンに関してはできるだけ早めに決着をつけた方がいい。


 俺の戦いには金が必要だ。魔王の封印が解かれる前にもっと稼がないとな。


 おっと、そろそろ時間だ。アウロラさんとは宝物庫の前で待ち合わせをしているから、すぐに向かおう。




 宝物庫の前で扉を見上げているアウロラさんがいた。俺に気付くと頭を下げた。


「おはようございます、クロスさん」

「おはようございます、アウロラさん。もしかして待ちましたか?」

「いえ、今来たところです」


 なんか待ち合わせのカップルみたいなやり取りだな……一度目の世界で俺とアウロラさんが夫婦って本当かね。いまだに信じられん。


『本当ですよ』

『疑っているわけじゃないんだけど、想像できないんだよ』

『今と同じようにアウロラの押しに負けた感じでしょうか』

『それは想像できる』

『押しに弱い男ってどうなんですかね?』

『その押しが強い人の半分はお前だよな?』


 アウロラさんの魂を取り込んで作られた人格といえばいいのだろうか。神の遺産や残滓を集めてさらにその人格が前面に出てきたわけだが、相変わらず辛辣というか、アウロラさんを嫌っている。当然なのかもしれないけど、同じ魂なのに別人格だよな。


「クロスさん? どうされました?」

「いえ、すみません。アウロラさんは入ったことがないんですよね?」

「はい、ここには入ったことがありません」


 幅、三メートル、高さ五メートルくらいの扉。装飾が施された金属製の扉ではあるが、ミスリルとかオリハルコンで出来ているわけではない。何らかの魔力で保護されているのか、開けるどころか傷一つ付けられない状態だという。


 そんな扉には鍵穴などはなく、開くにはなんらかの言葉が必要とのことだ。セキュリティのパスワードみたいなものだろう。


「言葉ですか。開けゴマとか?」

「そういう類のものですが、それを魔王から聞いたことはありません。そもそも魔王がこの場所へ入るところも見たこともありませんが」

「なら仕方ありません。スキルの力で開けて――ん?」


 扉には装飾が施されているが、この模様はどこかで見たことがある。どこで見たのだろう?


「クロスさん、どうかされましたか?」

「この模様ってなんだか知ってますか? どこかで見たような記憶が……」

「いえ、私は記憶にありませんが」


 なんだ? どこで見た? 最近じゃない。もっと昔の……。


「あ!」


 思わず大きな声が出てしまった。アウロラさんが驚いた顔でこっちを見ている。


「どうされました?」

「い、いえ、ちょっと思い出したことがありまして……」


 これ、俺がやっていたソシャゲのタイトル画面にあった模様だ。初めてあのソシャゲをやった時、スクリーンショットを取って待ち受け画面にするくらい気に入っていた。


 ……なら言葉ってこれか?


「放棄世界の英雄譚」


 俺がそう言うと、宝物庫の中からガコンと何かが動く音がした。そして扉が真ん中で分かれ、左右にゆっくりとスライドして開いていく。


「クロスさん、どうして……?」

『クロス様、どういうことでしょうか?』


 アウロラさんとスキルから同時に聞かれたけど、知りたいのは俺の方だよ。中に俺が見ちゃいけない物とかないよな。なんだか心配になってきたぞ。


 宝物庫の中を確認すると、普通の宝物庫だった。


 金銀財宝というか、普通に金貨や宝石で部屋が埋まっている。管理をしていないのか、部屋の左右に山積みになっているだけで、整理整頓はされていないようだ。金貨換算なら十億枚くらいはあるか?


 それはそれでありがたいが、これだけ? 俺としてはもっとこう、大事な物があると思ったんだが。


「クロスさん、すごいですね」

「え? あ、ああ、結構なお金になりそうですね」

「いえ、そうではなく、扉を開く言葉を知っていることがすごいと言ったのですが。ああ、それもスキルの力ですか?」

「……そうですね。とりあえず、ここにあるものは貰ってもいいですか?」

「はい、クロスさんの物として回収してくれて構いません」


 言葉に関してはスキルのおかげということにしておこう。俺もなんであの模様がここにあるのかよく分からないし。無料で開けることができたからまあいいや。


『まさかそれで済ます気じゃないですよね? あの模様が何だというんです?』

『あれは俺が前世でやってたソシャゲのタイトル画面に出てた模様なんだよ』

『前世にあった模様がここにあったと?』

『そうなるな』

『……それは不思議ですね』


 スキルは黙ってしまった。何かを考えているようだから放っておこう。それよりもお金だ。戦いのためにもお金は必須。回収しないと。


 宝物庫の金貨や宝石、それに魔法の武具など特に確認することもなく亜空間へ入れていく。仕分けはスキルがやってくれるから俺は回収するだけだ。


 半分近く回収したところで、アウロラさんが驚いた声を出した。


「どうしました?」

「さっきまで財宝の陰で見えませんでしたが、奥にもう一つ扉があります」

「え?」


 アウロラさんが発見した扉を見ると、入り口にあった模様と同じものが描かれている。ただ、別に魔力で閉じているわけでもなく、普通に開けることができそうだ。


 罠があるかもと少し警戒しながら開けたが特に問題はない。なので、部屋の中を覗くとアウロラさんも同じように部屋の中を見た。


「ここは書斎でしょうか? 机の上には大量の紙が置かれていますが、一体何をしていたのでしょう?」


 アウロラさんがそう言いながら紙を一枚だけ手に取った。そして首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「なんで魔王がフランのことを知っているんでしょう?」

「え? フランさん?」


 アウロラさんが持っている紙を覗き込む。

 ……驚きすぎて一瞬どころか、数秒意識が飛んだ気がする。


 アウロラさんが持っている紙には「UR黒百合の騎士団長フランチェスカ」のイラストとキャラプロフィールが書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る