第218話 魔王の声

 宝物庫から借りている部屋に戻ってきた。


 アウロラさんは事情は分からずとも俺がなんらかのショックを受けたことが分かったのか、一人にしてくれるようだ。何か言いたげな顔をしていたが、「落ち着いたら教えてください」と言って自室へ戻っていった。


 魔王以外は入れないという宝物庫、ソシャゲのタイトルで開くドアと、奥の書斎のような場所にあった紙の束、そして書かれていたキャラのプロフィール……正直、混乱する。


 とくにキャラのプロフィールの内容は前世で見たゲームの画面内容そのままだ。書かれていることも同じ。はっきり言って何がどうなっているのか分からない。


 可能性があるとすれば、魔王が転生者であるということ。俺と同じようにソシャゲをやっていて、それを紙に書いた。でも、書いた理由がまったくわからない。


 もう一つの可能性は魔王が俺がいた世界に干渉しているということ。なんでソシャゲで干渉しているのかという話だし、そもそもそんなことをしてどうするという疑問はある。


 聖剣の中身も俺と同じ世界、同じ時代くらいの転生者だが、ソシャゲのことは何も知らなかった。あのソシャゲがこの世界に転生する条件というわけでもなさそうだ。


『クロス様と聖剣は転生した事情が違うかもしれませんね』

『転生した事情が違うって?』

『聖剣の方は二番目の神のように、かなり低い確率で落ちてきた。ですが、クロス様は魔王によって強引にこの世界に呼ばれた』

『なんで?』

『それは魔王に聞いてみないと分かりません。私でも調べられないことなので』


 お金を使っても事情が分からないのはスキルよりも強い力が働いているらしい。スキルよりも強いってことになると、最初の神くらいしか思いつかないのだけど。


『ただ、分かることもあります。魔王は転生者ではありません』

『それは分かるのか』

『さすがにこの世界に落ちてきた魂かどうかくらいは分かります。魔王に別世界の魂は宿っていません。私が二番目の神にお願いされて作ったときのままです』


 可能性の一つが潰れたわけだ。ということはやっぱり魔王が何らかの形で俺がいた世界に干渉しているってことか。


 ……面倒くさいな。


 これからアギやヴァーミリオンと戦う必要があるのに、余計なことに気を取られたくない。宝物庫で金貨は手に入れたけど、モヤモヤを抱えたままで勝てるほど甘い相手じゃないんだけどな。


 よし、できるかどうかは分からないが、やってもらうか。


『なんとかして封印中の魔王と話せるか?』

『はい?』

『やれることがあるならやっておきたい。駄目なら諦めもつくだろうし』

『……分かりました。前回、何も分からないことが分かっていますが、もう一度その観点で試しましょうか。私としても色々とはっきりさせたいことがあるので』

『よし、ならすぐに試そう。アギたちとの戦いもあるからそこまで使えるわけじゃないが、今でも金貨にして十五億枚くらいはあるからな』


 宝物庫にあったものと今までも持っていたお金を合わせて金貨十五億枚くらいになった。減らしたくはないが、魔王をこのまま放置しても危険な気がする。気になることはすぐに対処だ。


 部屋を出て玉座の間へ向かう。


 昼間だが、今は解析班もいないようで、玉座の間の入り口は透き通った氷の壁で覆われている。


 そして玉座の間の中央には魔王がいた。サンディアとの戦闘が激しかったのか、玉座の間は荒れている。なのに魔王は腕を組んで立ったままだ。


 見た目は二十代前半。黒髪を短めのナチュラルヘアーにして、黒のレザージャケットとレザーズボン、さらには黒のブーツと基本、真っ黒。ただ、目だけは金色に輝いている。


 話せるかどうかはともかく、聞きたいことはいくつかある。


 ソシャゲのこと、アウロラさんのこと、もしかしたら俺をこの世界に呼んだ可能性があること、そしてそもそも何をしようとしているのか……他にも聞きたいことはあるけど、まずはこれだな。


 大きく息を吸ってから、氷の壁に触れる。相変わらず硬いが、冷たいということはない。後はスキルに任せよう。


『どうだ?』

『もう少しお待ちください……』


 しばらくそのままで待つ。

 ……はて? 微かに声が聞こえるような?


『……力を……得て……神が送り込ん……俺を……殺せ……お前なら……神の……力を……』

『何か言ったか?』

『まだ対処中です。もう少しお待ちください』

『……いや、もういい』

『どうされました?』

『多分だけど、魔王の声が聞こえた』

『え? まだ何もしてませんけど?』

『魔王から直接話しかけてきた』

『はぁ?』


 途切れ途切れだったから微妙に違うかもしれないが「力を得て俺を殺せ」、つまり魔王を殺せるほどの力を手に入れろという話だと思う。「神が送り込んだ」「神の力」この辺りはよく分からないが、神の力は残滓のことか?


 問題は「神が送り込んだ」だが、それは何に対して言っているんだろう。魔王自体が神が送り込んだモノという意味だろうか。それとも、俺のこと? 転生者だし。


 ただ、転生者ということなら、アウロラさんや聖剣という可能性もある。くそう、一番知りたい場所が聞き取れないってなんだよ。


 もう一度封印に触ったが特に何も聞こえない。透き通った氷の中で魔王がこっちを見ているだけだ。


『バランサーというのは二番目の神が作ったんだよな?』

『その認識であってます。そんなことよりもバランサーの声が聞こえたんですか?』

『一部だけどな。たぶん、殺してくれって意味だと思う』

『殺してくれ、ですか』

『他にも、神が送り込んだ、とか、神の力って言ってたけど、聞き取れなかったな』

『……神が送り込んだ……』

『気になることがあるのか?』

『この世界における神は二柱しかいません。一番目と二番目、そして二番目の神は人として普通に死に、今はこの世界の魂となりました。なら考えられるのは――』

『一番目の神か』

『可能性は高いと思います。それがバランサーかどうかは分かりませんが』

『なら俺は?』

『……ないと思います』

『……可能性はあるのか。でも、俺は別に神から何も言われてないけどな』

『それに一番目の神が誰かを送り込んだとしても、その理由が全く分かりません』

『そうだよな、それが魔王だとしても何のためにって話だ』


 とはいえ、魔王が自分を殺してくれと言っていた。嘘を言っているような声じゃなかったような気がする。それにあんなことを途切れ途切れの声でどうとでも解釈できる嘘をつく理由がない。


 そう考えると、送り込まれたのは魔王の可能性が高いのかもしれない。これまでのバランサーの行動と今の状況がよく分からないし。


 ただ、魔王の声を聞いてなんとなく思った。魔王に敵意はない。憶測でしかないが、この封印もわざと受けたように思える。あんなポーズで封印されるのは、馬鹿か余裕がある奴だけだ。


 ……結局、謎が増えただけか。でも、魔王が話ができそうな人ということだけは分かった。封印が解けたとしても、一方的に襲ってくる感じじゃないだけでも助かる。


 封印が解けるのは一年後。殺してくれといっているほどなんだから、戦いは避けられない気がする。それまでに色々と準備をしておこう。その前にアギとヴァーミリオンがいるけど。


 もともとアウロラさんを助けるまでの五年間は色々あるだろうと思ってた。思いのほか早く済んだけど、忙しさが最初の想定通りになっただけだ。


 部屋に帰ろうと思ったところで、アウロラさんがこっちにやってきた。


「こちらでしたか」

「どうされました?」

「そろそろお昼です。食事にしましょう」

「もうそんな時間でしたか。では、さっそく食堂に――」

「カラアゲを作ってみました。お試しください」


 アウロラさんは亜空間からカラアゲが乗った皿を取り出して俺に見せる。そして皿を持つその指にはいくつか包帯が巻かれていた。


「指に包帯を巻いているようですが、料理で怪我を?」

「はい」

「物理最強のくせに何言ってんですか。包丁くらいじゃ怪我しないでしょう」

「……オリハルコン製の包丁でしたので」

「そんなものはありません――なんで悔しそうな顔をしているんですか」

「こういう演出が大事だと聞きましたので。そういえば、怪我がばれたら、手を背中に回して否定したほうがいいと聞いてました。失敗ですね」

「演出とか失敗って言わないでください」


 たぶん、フランさん達の入れ知恵だろう。ろくなことを教えないな。

 でも、元気出た気がする。それに昔は厨房を破壊するほどだったのに、いつの間にか料理ができるくらいの腕になっているじゃないか。ヴァーミリオンに負けて治療のために寝てしまう前から練習していたわけだ。


 何も問題は解決していないし、謎は増えただけだが、頑張ろうという気持ちだけは出たな。それだけはアウロラさんに感謝だ。

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