第219話 不死者の城
メイド号改に乗ったアウロラさん、パンドラ、テデム、ワンナ、そして俺の五人は、朝早くからヴァーミリオンの領地を上空を飛んでいる。
天気はいいのだが、この辺りは常に霧が立ち込めているようで、地上はあまりよく見えない。ただ、多くの不死者たちがどこかの戦場へと移動している動きだけは見える。
さすがに空までは攻撃してこないが、グリフォンやワイバーンなどの空を飛べるゾンビは襲ってきた。ただ、朝っぱらに吸血鬼はいないのか、攻撃が単調であり、テデムの魔法を躱すことなく受けて地上に墜とされていた。
テデムもここは任せろと言っているので、俺は特に何もしていない。ただ、色々と考えることはある。
魔王城では色々あったけど、気を取り直して目の前のことに集中することにした。結局何も分かっていないし、何も解決していないが、俺の心の中では色々と決着がついた……ような気がする。
色々な可能性がある。でも、それがなんだという話だ。魔王が何をしていようとも、一番目の神が何かしようとも俺には関係ない。転生者だったり、課金のスキルを持っていたりするが、ヴォルトのような勇者というわけでもないんだ。
未来を見据えずに準備不足で負けたなんてことなければそれでいい。もしかしたら魔王も俺が倒す必要はないかもしれない。勇者であるヴォルトがいるし、聖剣もある。そもそも一度目の世界ではアウロラさんが魔王を倒していた。
さすがに今の状態でそれはできないらしい。前の世界では魔王の封印がもっと長く続いたし、アウロラさんは俺が寿命で死んでから魔王を封印ごと破壊したらしいので、今よりももっと強かったとか。なので今のアウロラさんではできないそうだ。
一回目の世界と何がどう変わってきているのか、そのあたりはスキルもよく分かっていないが、今回の世界は前の世界よりもはるかに良くなっている。嘘か真か、それは俺が多くの人に関わっているからだと言う。
パンドラじゃないけど「よせやい」と言いたい。ただ、スキルは俺に期待しているようだ。
一回目はアウロラさんとスキルを残して世界は終わった。今度はそんなことにならないように別の未来が作られることを期待しているそうだ。
『神がいなくとも永遠に続く世界になってくれたら嬉しいですね』
昨日の夜、スキルはそんなことを言っていた。俺にも平凡に生きるという夢があるように、スキルにも夢があるのだろう。それが神がいなくても永遠に続く世界。
現実的にそれができるのかは分からないが、できれば、永遠に幸せが続く世界に夢を拡張してほしいところだ。生きている人が苦しいだけの世界じゃ嫌だしな。カラアゲとビールがない世界なんて御免だ。
「マスター、ヴァーミリオンがいる城が見えました」
「え? もう?」
考え事をしていたら、パンドラにそう声を掛けられた。いつの間にかそんなところまで移動していたようだ。
昔、ヴァーミリオンの手伝いというか、仕事を振られたことがある。それで一度だけ城に行ったことがあるんだけど、あの頃と同じようにデカいな。
霧で地面の方は良く見えないが、霧の上にそびえ立っているような城はかなり遠くからでも見ることができる。あの地下にあれだけのゾンビを入れるだけの巨大な古代迷宮があるとは驚きだ。
城の方を見ていると、テデムが俺の方を見た。
「クロスはヴァーミリオンの城に行ったことがあるんだよな?」
「一度だけな」
「ヴァーミリオンから仕事を任されたんだって?」
「よく知ってるな。そのとおりだけど、別に大した仕事じゃなかったよ」
誰でもできるような仕事だった。湿地帯にあるダンジョンの調査とかいう不死者たちにとって必要かどうか分からないような仕事だ。
なんで俺を指名したのかは不明だが、ジェラルドさんが俺のことを当時の四天王たちに色々と言っていたのだろう。ジェラルドさんを通してやりたくないと言ったんだけど聞いてくれないから仕方なくやった。
「仕事の方はいいんだが、クロスが仕事をした後、ヴァーミリオン軍から離脱する奴が多かったんだが、何をしたんだ?」
「なんだそれ? 俺は何もしてないぞ。なんで俺が何かしたことになってるんだ?」
「タイミング的にクロスが何かしたとしか思えないからだ」
そういえば、テデムって俺を調べたことがあるとか言ってたか。アギが俺に執着するから、俺を攻略するために色々と調査したとか。結構昔のことなんだけど、そんなことまで知ってるとは驚きだ。
しかし、離脱ね。おそらく不死者じゃない奴らだろう。今は知らないが、当時はヴァーミリオンにも吸血鬼でない魔族が仕えていた。吸血鬼になることを夢見ている魔族たちで、帝国の王族のように永遠の命とやらが目的だったのだろう。
……本当に何もしてないんだよな。当時はまだアウロラさんに殺されていないし、スキルも使ってなかった。目立つようなことは何もしてなかった気がする。
「何をしたんですか? 確かに状況的にはクロスさんがヴァーミリオンの仕事を受けてからの話です。当時は驚いたことを覚えています」
アウロラさんも興味津々という感じで俺の方を見ている。
期待されても困るけど、本当に何もしていないんだが。確かに俺一人ではなく、何人かと一緒にチームを組んで対処に当たった。話をしたのも十人くらいなんだけど。
『クロス様は吸血鬼になることのデメリットを話されてましたね』
『え?』
『夜しか出歩けないとか、カラアゲの味が変わるとか、ビールで酔えなくなるとか。極めつきは血を吸った吸血鬼の奴隷になるのがいいのかとチームメンバーと野宿している時に熱弁してました』
『熱弁? 俺が?』
『カラアゲのことを特に』
『……言ったかもしんない』
『アドバイスとして、かなり上位の吸血鬼に血を吸われた方がいいとも言ってました。できればヴァーミリオンに直接吸血鬼にしてもらうのがいいと』
俺って何をしているんだろうね。でも、当時は魔王も健在だったし、ヴァーミリオンも敵じゃない。それくらい言いそうだな。
「その顔は何かやったんだな?」
「吸血鬼になるデメリットを一緒に仕事をした奴らに言った気はする」
スキルが覚えていたことを説明すると、アウロラさんもテデム、そしてワンナとパンドラも呆れた顔をしている。
一番呆れた顔をしているのがテデムだ。
「言葉だけでヴァーミリオン軍から離脱者を出させたのか」
「そんなつもりはなかったんだよ。ただ、吸血鬼になるってそこまでいい事に思えなかったから言っただけでな」
「確かに永遠の命と引き換えに奴隷になるんじゃ割に合わないかもな」
「それに最近知ったんだが、吸血鬼って長く生きると記憶を失っていくらしいぞ」
「なんだそれ……いや、トレーディのことか。あの戦いのことはこっちの耳にも入ってる。それにパトリシアがヴァーミリオンと同じ吸血鬼の王とはな。クロスがアギやヴァーミリオンに執着されるのもよく分かるよ」
「運がいいだけだと思って欲しいんだけどな」
たぶん、執着されたのはソシャゲの知識とスキルのせいだよな。スキルが勝手に「クロスには関わるな」と警告してたらしいし。それが結局俺への関心になったみたいだけど。
「マスター、ヴァーミリオンの城はこのまま素通りでいいんですね?」
「もちろん。今度、ウィーグラプセンに頼んでブレスで城ごと破壊してもらうから、今日はこのまま素通りで」
「さすがマスター、やることがえげつない」
「え? そんなことないよな……? あれ?」
少なくともテデムとワンナは引いている。そしてアウロラさんは感心したように首を縦に振っていた。
「素晴らしい案ですね。軍師としてその案を推します」
「そこは魔王として推してください」
たぶん、ウィーグラプセンにいいお酒を渡せばやってくれるはず。古代の酒か東国の酒を渡そう。
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