第220話 未練
聖国の北にある砦に到着したころはすでに夜になっていた。
今や激戦区になっているが、不死者たちに勝ち目はない。すでにいくつもの花火が上がり、戦場は明るく照らされて、ゾンビたちはそれを見上げているだけ。少々可哀想とも思えるが、そんな状態のゾンビたちを倒している。
死んでからも戦いに駆り出されている時点で可哀想なのは間違いない。すぐに倒すことが最高の供養だと教会は言っており、それに従って倒しているようだ。
今や戦い方が確立され、怪我人はいても死者はいないという。吸血鬼達は見なくなり、あらゆる種族のゾンビたちが愚直に突撃を繰り返しているだけだ。
そんな戦場の上空をメイド号改は飛んでいる。事前に連絡を入れているので、撃ち落とされるようなことはないが、可能な限り早めに砦の屋上へ着陸した方がいいだろう。
「アギがいる」
「え?」
珍しく竜人のワンナがしゃべったと思ったら、乗り物から上半身を外へ乗り出して下を見ていた。同じように身を乗り出して下を見ると、群れの中で円状にゾンビが近寄っていない場所がある。そこで誰かが戦っていた。
一人はアギ、もう一人は聖剣を持ったヴォルトだ。
二人がこちらに気付くと、なぜかアギの方はこっちに手を振った。テデムやワンナはともかく、俺は敵なんだけど、なんで友達みたいな感じなのだろうか。しかもそんな無防備な状態をヴォルトに攻撃されてるし。
「パンドラ、俺はここで飛び降りる。皆を砦まで運んでくれ」
「まかせろい」
「私も降ります」
「待て、俺も行く」
「俺もだ」
俺が降りるといったら、パンドラ以外の全員が降りると言った。別にいいけど、この高さから落ちても平気なのだろうか。
「それならあそこまで運びます。ゾンビたちを蹴散らして着陸しましょう」
「すまん、それで頼む」
パンドラが運転席から親指を立ててこちらに向けると、メイド号改は大きく旋回してからゾンビたちがいない場所へと高度を下げ始める。徐々に地面に近づき、一部のゾンビたちを跳ね飛ばしたが、これは仕方ないだろう。
ヴォルトとアギが戦っている場所へ到着する。二人は戦いを止めていたようで、お互いに距離をとった状態で立ったままだ。
「よー、お前ら久しぶりだな!」
吸血鬼だとしてもノリが変わらないというか、本当に久しぶりに会っただけの友達のように挨拶をしている。メイド号改から降りたテデムとワンナは大きくため息をつくと、呆れた顔になった。
「何やってんだ、お前は」
「気付いたら吸血鬼になってたぜ。なかなか笑える人生だな!」
「狼男が吸血鬼になるなんて笑い話にもならねぇんだよ」
テデムはそう言ってるが、砕けた話し方といい、少し嬉しそうに見える。それはワンナも同様で、こんなやり取りが以前にもあったのだろう。
三人で色々と話をしていたが、アギが俺の方を見た。
「よお、クロス、テデム達を連れてくる約束を守ってくれたんだな」
「そうだな。だからもう戦わなくていいか?」
「おいおい、メインイベントをせずに前座で終わったら暴動になるぜ?」
その暴動がアギ一人だけだったとしても、こっちは被害が馬鹿でかいんだよな。聖剣を持ったヴォルトともいい勝負をしていたみたいだし。しかもこいつ、ライカンスロープとして変身もしていない。余力はかなりあると見た。
「冗談だよ。だが、次の満月までは時間がある。その約束は守れよ」
「おお、もちろんだ。それまでに少しでも強くなってくれたら嬉しいぜ」
そんな簡単に強くなるわけないだろうに。とはいえ、戦うからには俺にも色々とメリットが欲しい。戦うだけなんてタダ働き、しかもこっちはスキルで金を減らす戦いなんてゴメンだ。どうしたものかな。
「そういや、アウロラも久しぶりだな。なんか、やばかったんだって?」
「久しぶりですね、アギさん。吸血鬼として生き返っていたとは驚きです」
「ヴァーミリオンの配下になっていることは気に入らねぇが、未練もあったし、まあ、ありがたい話さ」
未練? アギからそんな言葉が出てくるとは驚きだ。いつ死んでも満足そうな奴だったくせに。だが、ヴァーミリオンの配下か。どんな手段を使ったのかは分からないが、死んでから吸血鬼になったとしても、上位の吸血鬼の命令に従う必要はあるのだろう。
……配下。配下ね。そうだ、アギをこっちの味方にすることを考えていたんだ。そのためにテデム達を連れてくることを考えていたんじゃないか。
「アギ、お前、負けたらクロス魔王軍につけ」
「あん?」
「お前が負けたら俺の配下に加われって言ったんだよ。そっちの願いを叶えてやるんだからこっちの願いも叶えろ」
「今の俺は吸血鬼だ。悪いが吸血鬼の命令を無視することはできねぇんだって」
「俺がスキルの力で何とかしてやる」
さすがに吸血鬼から元に戻すと言うのは無理だろう。吸血鬼は不死者、死んだ奴を生き返らせるというなら、アウロラさんに掛かったくらいの金貨が必要になる。
でも、アギを吸血鬼にした奴の命令を無視できるようにするだけならどうだろう。それならそこまでお金はかからないと思うが。
『触ってみれば詳細に分かると思いますが、おそらく金貨十億枚くらいでしょう』
『それくらいなら持っている金貨で何とかなりそうだな』
少し希望が出た。そう思ったんだが、アギは呆れた顔をしている。
「つまらねぇこと言うなよ」
「つまらない?」
「俺は一度死んだ。俺の人生はもう終わってるんだよ。ヴァーミリオンの不意打ちだったかもしれねぇが、あんなのはやられた俺が悪いんだ。だが、未練があるから恥をさらしてるんだよ」
「恥? それにさっきも言ってた未練か。なら、その未練ってなんだ?」
「お前との決着をつけられなかったことに決まってんだろ。死んでも死にきれねぇ」
確かにアギとの戦いは途中だった。追い込んだところでアギが持っている残滓の力で満月が出た夜を疑似的に作り出していたが、直後にヴァーミリオンに殺されたからな。それがアギの未練か。
「俺は吸血鬼として生き返ったが、目的はお前と戦うことだけだ。それ以外のことはおまけでしかねぇよ。まあ、テデムやワンナに会えたのはありがてぇけどな!」
そう言ってアギは笑った。俺とあの時の戦いを続けたいだけであって、俺の下では働きたくないということか――いや、おまけの人生であまり欲張りたくないとかそういうことかもしれないな。潔いのか未練タラタラなのかよく分からんが。
「テデムやワンナも同じ意見?」
「負けて配下になるというのは良くある話だが、アギがそんなことをするとでも?」
「一度死んで吸血鬼として生き永らえるのは屈辱だと言ってもいいだろう」
死んでから吸血鬼として生きているのは屈辱、それが恥ってことだろう。それにテデムとワンナもアギを説得するつもりはないようだ。何らかの美学があるんだろうな。俺にはさっぱり分からないが、説得は無理ってことは分かった。
「なら、もう言わない。戦いの中で散らせてやる」
「クロスがそう言うのを待ってたぜ! だが、負けるつもりはねぇぞ!」
アギ、テデム、ワンナの三人は笑っている。戦闘狂の考えることは理解が難しいが、それを望んでいるならそうしてやろう。戦力としてもったいないように思えるけど、仕方ないな。
「満月の夜に戦ってやるんだから、手加減をするつもりはないぞ」
「いいねぇ、俺を相手に手加減とか言えるのはお前くらいだよ、クロス」
「ちなみに聖剣を持ってく。めちゃくちゃ小細工もするし、まともに戦ってもらえるとか思うなよ」
ヴォルトやアウロラさんも含めて全員が「え?」という顔をしている。
「言っておくが俺は強くない。スキルの力を使ってようやくお前らと戦えるくらいなんだから、これでもかってくらい小細工する。力と力の勝負なんてしないからな」
「お前、ひどくねぇか!?」
「配下にならないんだから、これくらい当然だ」
アギはギャーギャーと文句を言っているが、仲間にならない奴に気を使う必要はない。未練を断ち切れるくらいの勝負をしてやりたいが、そんなこと言ってたら勝てないからな。とにかく次の満月までに色々と準備をしておこう。
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